ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

岐阜市の華陽教会にいる牧師個人のブログ

教会がカルト化する運動と神学(2)

2019年5月10日

 

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前回、『教会がカルト化する運動と神学(1)』という記事をUPしましたが、今回はそのとき載せ切れなかった分を投稿しようと思います。

  

bokushiblog.hatenablog.com

 

なお、ここで取り上げる運動・神学も、単に「正統的教義・教理から逸脱したもの」ではなく「採用した教会が破壊的傾向を増し、カルト化してしまう危険がある」という点から紹介しています。

 

それぞれの詳しい内容はぜひ、各項目の【参照・引用元リンク】からご覧ください。(こちらで引用した記事も各項目の参考になると判断したもので、サイト全体の主張を支持するものではありません)

 

【目次】

 

【弟子訓練・小牧者訓練】

弟子訓練は、1980年代から流行し、様々な問題を起こしてきたキリスト教会の運動です。表向きは「キリストの弟子」を養成する目的で、実際にはどんな命令にも服従する「牧師の弟子」を養成するところが多いです。

 

この運動では、信徒に「ディサイプラー」「バイブルトークリーダー」「筍長」「補助筍長」など、いくつものステータスを設けて支配、管理する体制が作られ、牧師に対する絶対的な服従が求められます。

 

弟子たちは、家族や友人と連絡した内容など、プライバシーを含むあらゆることを上司に報告し、指示を仰がなければなりません。

 

信徒獲得のための伝道や教会の運営資金を集めるために長時間奉仕へ駆り出され、上司の命令を聞けなかった弟子には、繰り返し体罰や罵倒が行われます。

 

また、この過程で多くの人は、肉体的・精神的疲労と睡眠不足のため、自分の頭で考える機能が衰弱し、牧師のマインド・コントロールから逃れられなくなります。

 

ブラック企業に勤めて命を絶っていく人たちのように、自分から組織を抜け出す力まで奪われてしまうのです。

 

前回紹介したNAR(新使徒的改革)と同じく、弟子訓練を取り入れた教会は短期間で多くの信徒を獲得しますが、同時に牧師の独裁化を強め、信徒の自由と尊厳、個人資産を奪うようになります。

 

日本においても、この運動によってパワハラ、セクハラ、性的虐待を受けた信徒の被害が報告されており、無批判に採用するべきではありません。

 

【参照・引用元リンク】

川島堅二のカルト・セクト・宗教情報センター

maranatha.exblog.jpこちらの記事では、弟子訓練と混同されやすいメンタリングとの違いを分かりやすく説明してくれています。教会における健全な人材育成を考える際、参考になる話です。(↓)

fuminaru.blogspot.com

 

【トレスディアス】

トレスディアスは、超教派で行われる教会員対象の研修会で、だいたい2泊3日で行われます。マインド・コントロールと霊感商法の被害で有名な統一協会の「修練会」によく似ていると指摘されており、注意するべき運動です。

 

参加者の中には、所属教会から強引に出席を促される人もおり、プログラム内容を一切知らされないまま会場に到着すると「時計を見ること」が禁じられ、3日間時間の観念を奪われます。

 

また、一日目の集会後、次の日のプログラムまで言葉を発することが禁じられ、参加者同士で不安や違和感を共有することもできなくなります。

 

その後、聖書に関して一日2〜3回の講義が行われていきますが、食事の時に「ジョークタイム」があったり、起床時に「どっきり」のごとくバンドが起こしにくるなど、硬軟合わせ持つ「飴と鞭」のプログラムが進められていき、参加者は徐々に冷静な判断ができなくなります。

 

やがて、「自分で判断することをしなくなる」よう誘導され、最終日には、多くの人がトランス状態に陥った中で牧師から頭に手を置かれ、泣き叫びながら倒れていきます。

 

これによって、「聖霊体験」をした「牧師に従順な信徒」が各教会へ送り返されていくことになるのです。

 

もしも、所属教会の信徒をトレスディアスへ送り出そうとしている場合は、もう一度この運動について検証する機会を持った方がいいでしょう。弟子訓練と同じく、従順な信徒の養成によって牧師の独裁化を進めてしまうからです。

 

【参照・引用元リンク】

blog.goo.ne.jp

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

blog.livedoor.jp

 

【タラッパン運動】

タラッパン運動は、1987年に韓国で始まった運動で、既存教会にしばしば分裂・混乱を引き起こしており、国内外のキリスト教会から警戒が呼びかけられています。

 

日本でも、牧師・信徒がこの集会に参加し始めたことをきっかけに、いくつかの教会に深刻な被害がもたらされました。

 

この運動の集会では、キリスト教の教えを学び直すための様々な資料が用いられます。「聖書だけを読んでいると自分勝手な読み方をする」という理由から、聖書そのものではなく『福音の手紙』という資料を繰り返し学ぶことが奨励され、「サタンによる呪い」という概念が強調されます。

 

ここでは、人間の罪の責任が悪魔に転嫁され、キリストは十字架にかかって罪に勝利したのではなく、悪魔がキリストを十字架に追いやったという主張がなされます。これは、統一協会が教理の基盤にしている内容と酷似した教えです。

 

そして、目に見えない次元である「霊の戦い」が強調され、サタンによる呪いを恐れた牧師、信徒を取り込んでいき、職場、家庭、地域へと伝道の範囲を広げていくのです。

 

問題なのは、サタンに勝つための伝道が第一優先とされ、普段の礼拝、行事、仕事などがおろそかにされていくことです。

 

また、タラッパン運動では「本当の福音(聖書が教える救い)を持っているのは自分たちだけである」という意識が刷り込まれ、既に信仰を持っているキリスト教徒も伝道の対象とされてしまいます。

 

そのため、タラッパンが入り込んできた教会では、信徒と信徒の間に分裂が起き、礼拝する場所を失ったり奪われたりする人たちが続出するのです。

 

タラッパン運動によるマインド・コントロールは、他の破壊的運動・団体に比べるとそこまで強力ではありません。早い段階で対処することができれば、もたらされる被害も小さくなります。

 

もしも、自分の教会にこの運動が入り込んできたときは、落ち着いて問題を共有し、外部へ助けを求めましょう。

 

【参照・引用元リンク】

web.archive.org

itan-cult.jccj.info

 

【インナーヒーリング 】

インナーヒーリングは、前回紹介した「聖霊の第三の波」からもたらされたカウンセリング方法で、「内なる癒し」に焦点を当てた活動です。

 

簡単に言うと、相談者の過去、特に幼少期に戻ってその人のトラウマを探り出し、原因となった出来事や人間関係を祈りによって「ゆるす」「断ち切る」「手放す」ことで、苦しみや生きづらさから解放するというものです。

 

この「幼少期のトラウマ」を暴くために、「あなたが覚えていないだけで、小さい頃に性的虐待や辛い経験をしたはずだ」という質問が繰り返し行われ、「そういえば、添い寝していた父親に後ろから抱きしめられたような……」といった「記憶」が引き出されます。

 

場合によっては、「チャネリングやサイコメトリーのような力を持った牧師」が相談者の「記憶」を覗き、「やっぱりあなたは父親から性暴力を受けていた」と言ってきます。ただし、無理やり引き出された「記憶」が正しいと証明する方法はありません。

 

このように、多くはその人の肉親が悪者にされ、彼らを祈りによってゆるすこと、関係を断ち切ることで苦しみから解放されると言われます。

 

しかし、それでも癒されないと、「祈りが足りない」「ちゃんとゆるせていない」「過去を手放せていない」と責められ、治療法ではなく相談者のせいにされてしまいます。

 

実は、こういったカウンセリング方法(抑圧された記憶/記憶回復運動)は、かつて精神医学の世界で流行ったもので、欧米で精神科にかかった娘・息子たちから多くの親が訴えられました。

 

しかしその後、幼少期のトラウマを探るカウンセリングは、虚構の記憶を植えつけるばかりで効果がないと言われるようになり、逆にいい加減なカウンセリングを行った精神科医が訴えられるようになりました。

 

つまり、この手法を採用するインナーヒーリングも、虚構の記憶を植え付ける場合が多く、実際には問題解決されません。一時的に「よくなった」「気持ちが晴れやかになった」と感じても、代わりに肉親への不信感が増してしまいます。

 

また、インナーヒーリングを採用する教会の中には、「薬や医者に頼るのは信じきれていないからだ」と信徒に医療行為を拒否させ、深刻な被害をもたらしたところもあります。

 

家族関係の断絶、牧師への絶対服従を促すこの運動も、教会のカルト化を促進させてしまうでしょう。

 

【参照・引用元リンク】

fuminaru.blogspot.com

maranatha.exblog.jp

 

【ニューソート】

最後に、『教会がカルト化する運動と神学』の多くに取り込まれている「ニューソート」について取り上げたいと思います。

 

ニューソートは、19世紀にアメリカで始まった霊性運動の一つで、現世利益の追求を戒めるキリスト教カルヴァン主義への反発から生まれました。

 

気持ちを明るく保つことで運命が開けるという「ポジティブ・シンキング」や、成功者の思想や行動を模倣することで同じ効果が得られるという「成功法則」「成功哲学」もその一環です。

 

病気や貧困は心のあり方に起因しており、その人が心を正せば病気は癒され、成功がもたらされるという「引き寄せの法則」もニューソートがもたらした考えです。

 

このような「思いは現実になる」という考え方、前向きに考えれば何でもうまくいくという捉え方は、ニューエイジや現在の自己啓発のルーツにもなっています。

 

一方で、最近の心理学では、ポジティブな自己暗示はむしろ逆効果を生み出すと言われており、不安や恐怖といったネガティブな感情は、新しいことを始める準備や対処に必要不可欠であることが分かっています。

 

しかし、ニューソートの主張は非常にシンプルで分かりやすいため、日本でも多くの人がスピリチュアルやニセ科学を通して影響を受けています。

 

このようにして入ってきた考えは、ネガティブな思考を極端に避け、自己責任を強調し、何でも心の問題にしてしまう虐待的傾向を持っています。

 

また、自己変革を謳う「自己啓発セミナー」やマルチ商法などの商業カルトもニューソートに端を発しますが、金銭トラブルや暴力事件、受講者を死亡させるケースが報告されています。

 

前回取り上げた「繁栄の福音」「ワード・オブ・フェイス」も、ニューソートの影響が強く見られる運動です。この思想が色濃く残っている団体には、注意した方がいいでしょう。

 

【参照・引用元リンク】

 

ja.wikipedia.org

cult-sos.jp

 

www.n-seiryo.ac.jp

 

daigoblog.jp

 

以上が、前回載せきらなかった問題ある運動をまとめたものです。いずれも最初は、教会を盛り上げる画期的な方法に見えますが、牧師の独裁化や人間関係の断絶、虐待、性暴力、金銭トラブルなどを引き起こしてきた運動です。

 

ここに出てきたキーワードを使えば、ネットや新聞、書籍を通してそれらの事件を調べることもできます。

 

教会成長のために、伝道のために、超教派のために、無批判にこれらを支持するのではなく、被害者の証言や専門家の分析から新しい伝道を考える方が、誠実で御心に適った方法だと思います。

 

ぜひ、色々な方に共有していただければ幸いです。