ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

岐阜市の華陽教会にいる牧師個人のブログ

キリスト教の礼拝を解剖してみた。

礼拝の諸要素 2019年1月12日

 

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 「キリスト教の礼拝に出てみたけれど、意味がよく分からなかった」「招詞とか交読文とか言われても、何をやっているのか分からない」……初めて教会へ行ってみて、そんな経験をした方もけっこういるんじゃないでしょうか?

 

 「頌栄と賛美歌は違うもの?」「礼拝へ来たのに聖餐式は受けられないの?」「主の祈りって普通のお祈りと何が違うの?」「献金はいくらすればいいの?」……初めて来た人や知り合いに聞かれて、困った信徒もいると思います。

 

 「しばらく教会に来ているけれど、ぶっちゃけそんなの分かんない!」……実は、信仰歴の長いクリスチャンだって、わりとそんなものなんです。そこで、今回は礼拝における一つ一つの要素について、簡単に説明しながら見ていきたいと思います。

 

 なお、ここで紹介しているのは、私が牧師をしている岐阜市のプロテスタント教会(日本基督教団 華陽教会)で、新しい礼拝式順として提案しているプログラムです。

 

 主に、日本基督教団から発行されている試用版の式文をもとに、説明やコメントを書いています。

 

 今年度から、年の初めに前奏から後奏まで一つ一つ説明しながら礼拝を行い、午後から研修会を持ち、みんなで礼拝の諸要素、意味を確認していこう……という取り組みを始めています。

 

 せっかくなので、そこで共有したことを、こちらの記事でも紹介させていただこうと思います。

 

礼拝の大まかな流れ

 まず、礼拝の大まかな流れを説明します。礼拝の中心にあるのは「御言葉(神の言葉)」と「聖餐」です。

 

 神の言葉である聖書朗読とメッセージに対し、感謝の応答である賛美や祈り、信仰告白がなされます。その全体を表したのが、「神の招き→神の言葉→感謝の応答→派遣」という4つの流れです。

 

 ただし、日本における礼拝の多くは、4つの流れが整っているとは言い難く、私がいる教会の場合も「神の言葉」よりも「感謝の応答」が先に来たり、ちょっとゴチャゴチャしています。

 

 世界的な標準に基づいた礼拝式の場合、【神の招き】にあたる部分で、「罪の告白」や「赦しの言葉」を宣言し、神に憐れみを求めて御言葉を受け取る準備をします。

 

 【神の言葉】にあたる聖書朗読とメッセージは、文字通り、聖書を通して神の言葉を聞くときです。

 

 【感謝の応答】では、神の恵みに応えてキリスト教の基本的な信仰を告白します。そして、他の人のためにも神の恵みを求めて祈ります。このような他者のための「とりなし」は、信徒一人一人に与えられた大切な使命です。

 

 聖餐式はキリストの十字架と復活を思い起こし、信仰者が信仰者であり続けるための式です。自分自身を神にささげて、愛と平和のために用いられるしるしとして、献金をささげます。

 

 最後に【派遣】で、神の祝福が宣言され、礼拝に集った一人一人が、それぞれ必要とされている場所へ出て行きます。礼拝には、このように4つの大きな流れがあることを踏まえた上で、前奏から一つ一つ、見ていきたいと思います。

 

神の招き

【前奏】

 前奏は、礼拝の開始を告げる音楽です。奏楽者は、その日の教会暦や行事に合わせて曲を選び、会衆が礼拝へ参加しやすいように、その日に歌う讃美歌も、礼拝が始まる少し前から流しています。

 

 会衆は、その音楽を聞いて心を静め、礼拝に備えます。オルガンの他にピアノ、管楽器、弦楽器が用いられることもあります。

 

【招詞】

 招詞(招きの言葉)は、礼拝に集まった人たちへ、神の招きを告げる聖句です。礼拝の最初は神の言葉をもって始めるため、司式にあたる人は、必ずしも聖書箇所まで告げる必要はありません。

 

 この言葉は、その日の教会暦やメッセージに即したもの、あるいは、聖書日課で指定されている聖書箇所から選ばれます。『讃美歌21』の93-1に招詞の例が載っているので、ここから牧師が選ぶことも多いです。

 

【讃美歌】

 最初の讃美歌は、神の招きに対する応答の賛美です。礼拝委員会で季節毎にふさわしいものを選びます。

 

『讃美歌21』では、1〜21番がこの部分にちょうどいい歌として載せられています。メインで使用されている 讃美歌集以外から選ぶこともあります。

 

 多くの讃美歌で、最後につけられている「アーメン」という言葉は「本当にそうです」「本当にそうなりますように」という意味のヘブライ語です。

 

 日本語に訳される前は、もともとついていなかった讃美歌も多く、「アーメン」をつけると不自然な意味、不自然な曲になるものも出てきます。そのため、最近では全ての讃美歌に「アーメン」をつけて歌うとは限りません。

 

 讃美歌は立って歌われることが多いですが、体が不自由な方やしんどい方は、座ったままで大丈夫です。

 

【祈祷】

 開会の祈祷は、神の前に立った会衆がその言葉を受けとめるために、私のいる教会では、主に5つのことを祈っています。

 

① へりくだった心で神に向かい………罪の告白

② 憐れみを願い…………………………憐れみの賛歌(キリエ)

③ 神による罪の赦しを共に聞き………赦しの言葉

④ 神の栄光をたたえて…………………頌栄(グローリア)

⑤ 聖書から神の言葉を聞く準備をします……聖霊の導きを求める祈り

 

 また、憐れみの賛歌(キリエ)は『讃美歌21』の30〜35番、頌栄(グローリア)は36〜38番を用いることもあります。

 

神の言葉

【聖書朗読】

 聖書朗読は、神の語りかけを聞くときです。主に聖書日課で指定されている【旧約】【使徒書】【福音書】の中から選ばれます。礼拝の中心は神の言葉なので、できるだけ、この3つ全てを読むことが望ましいです。

 

 どれかを省略しなければならないときは、クリスマス前の日曜日には【旧約】が、クリスマスからペンテコステ前までは【福音書】が、ペンテコステからアドヴェント前までは【使徒書】か、それに準ずる新約の文書が、必ず読まれるようにしています。

 

 聖書についている見出しは、箇所を見つかりやすくするもので、礼拝の中では読み上げません。

 

【交読文】

 交読文は、聖書の言葉を聞いた会衆が祈りへ導かれるように、詩編の言葉を司式者と交互に唱えていくものです。聖書朗読の後か、旧約と新約の間に読まれます。

 

 詩編の箇所も、聖書日課で指定されているものを選んでいます。司式者は、会衆が読むところを間違えないように、テンポよく読むようにします。

 

【讃美歌】

 メッセージ前の讃美歌は、神の言葉を受けとめるため、教会暦や聖書箇所に即した歌が選ばれます。『讃美歌21』の50〜60番が、この部分でよく歌われます。

 

【メッセージ】

 メッセージは、朗読された聖書の意味を解き明かし、神の恵みと忠告を受け取る時間です。「説教」「宣教」とも呼ばれます。牧師は、聖書箇所の文脈や出てくる単語の意味を調べて、現代の会衆に語られているメッセージを伝えます。

 

 教会の信徒が信仰に至ったきっかけや、聖書の言葉に助けられた体験を話す【信仰の証(奨励)】をする場合もあります。

 

 礼拝の中で神の恵みを語るのは、説教者だけではありません。メッセージを聞いている信徒一人一人も、祈り、賛美、信仰告白、聖餐を受ける姿勢によって、集まった人たちに「神を証しする者」です。

 

 信仰者は、自分自身も伝道者・宣教者として立てられていることを覚え、礼拝中に助けが必要な人たちへ、できる範囲のサポートをするといいでしょう。

 

【讃美歌】

 メッセージ後の讃美歌は、神の言葉を締めくくるのにふさわしい歌を歌います。『讃美歌21』で「教会」「キリスト者の生活」「終末」がテーマになっている390〜580番も、この部分でよく歌われます。

 

感謝の応答

【使徒信条】

 使徒信条は、神の言葉に共鳴して、教会の信仰を告白するキリスト教会共通の信条です。信仰者が何を信じているのか表す便利な要約となっており、信徒一人一人が教会に集まった人々へ、神とキリストについて伝える時間でもあります。

 

 キリスト教に入信する洗礼式がある場合は、受洗者が自分の信仰を告白し、集まった人たちへ伝道する初めての機会となります。その性質上、なるべく自分たちからかけ離れてない、初めて来た人にも分かる言葉で、告白することが望ましいです。

 

【とりなし】

 とりなしの祈りは、神の言葉を受けた会衆が、世界のため、教会のため、信徒のため、出席できなかった人のため、身近な人のため、子どもたちのため、苦しんでいる人のために、神様のとりなしを求めて祈るものです。

 

 自分自身も、キリストのとりなしによって罪を赦されたことを覚え、周りのために祈ることは、信仰者の大切な使命です。

 

【主の祈り】

 主の祈りは、神の支配(神の国)の実現を願って祈り、聖餐式の陪餐に備えるものです。イエス様が「祈るときには、このように祈りなさい」と弟子たちに教えた祈りであり、現代でも、教会に集まった人たちへ、最初に教えられる最も基本的な祈りです。

 

 「祈り方の基本」を伝えるものでもあるため、なるべく、みんなに分かる言葉で唱えることが望ましいです。

 

【聖餐式】

 聖餐式は、感謝の応答の頂点で、キリストが私たちを救うため十字架にかかり、復活してくださった出来事を思い起こして、パンとぶどう液を互いに分け合う、信仰者の大切な務めです。

 

 同時に、イエス様が今も私たちのそばにいて、恵みを分け与えてくださることを思い出し、一人一人が失いかけた信仰を新たにする食事です。この食事も「目に見えるしるし」の一つとして、人々をご自分のもとへ招く神様を証しするものです。

 

 本来は毎週行うことが勧められており、少なくとも月一回、クリスマスやペンテコステ、イースターなどの重要な行事がある際には、できる限り持つようにしています。

 

 聖餐式は、信仰を告白した人が、キリスト者であり続けるための式ですが、信仰を告白していない人たちも、パンとぶどう液の代わりに、信徒一人一人にとりなされて、神の祝福を受け取ります。

 

 華陽教会の式文では、そのことを意識して、パンを受け取った人、杯を手にした人が、それらを受け取っていない人のために、神様の祝福を祈ります。

 

 「あなたの手が、愛と平和で満たされますように」「あなたの手が、愛と祝福で満たされますように」という部分は、ぜひ信徒一人一人が、近くにいる方と向き合って、牧師と一緒に唱えてほしい言葉です。

 

【献金】

 献金は、感謝の応答として献げ物をする時間です。自分の体(生き方)そのものをささげるしるしでもあるため「奉献」とも呼ばれます。

 

 初代教会では、信徒一人一人がパンや飲み物を持ち寄って祭壇にささげ、集まった食事を生活に困っている人たちへ分け与えていました。そのとき集められた一部を聖餐式に用いたため、献金と聖餐は、通常セットで行われます。

 

 現代では、集まった献金は教会の維持や運営のため、牧師の謝儀(給与)のため、地区・教区・教団の働きのため、福祉や慈善活動のため使われています。

 

 あくまで「恵みに対する感謝」としてささげるものなので、金額に定めはありません。もし、どうしても迷ったら「自分の一食分」+「他の人も食事ができる分」くらいで考えるといいでしょう。

 

 教会員の場合は、毎週の礼拝でささげる【自由献金】の他に、月毎に自分で定めた分をささげる【月定献金】があります。

 

 月定献金は、教会が一年を通して活動するための基本になってくる献金です。こちらも金額に決まりはなく、日常から喜びと楽しさが失われずに信仰生活を送れるだけの献げ物がいいでしょう。

 

派遣

【讃美歌】

 最後の讃美歌は、会衆が神の栄光をたたえて、礼拝から送り出されていくものです。神の栄光をたたえる頌栄の讃美歌が選ばれる他、祝福との関連で派遣をテーマにしたものが選ばれます。

 

 『讃美歌21』では、24〜29番、88〜92番がこの部分に適した讃美歌です。季節毎に礼拝委員会で話し合って決められます。

 

【祝福】

 派遣の言葉と祝福は、会衆一人一人が神を証しする生き方ができるように、神の祝福を宣言して日常へ送り出すものです。主に『讃美歌21』の93-6、93-7から選んでいます。

 

 祝福は立って受けることが多いですが、体の不自由な方やしんどい方は座ったままで大丈夫です。また、牧師が手を下げた後は、立っている方も座っていただいて大丈夫です。

 

【後奏】

 後奏は、神による派遣と祝福を静かに受けとめる時間です。奏楽者は、日常へ送り出されていく会衆のために、週毎にふさわしい曲を選んで弾いています。

 

【報告】

 報告は、礼拝後の交わりと奉仕に備えて、今後の予定や教会員の消息、新来者の紹介などをするところです。

 

 初めて来た人で紹介されるのが苦手な方は、受付の『新来者カード』で辞退することができます。受付と 司式にあたる人は、それぞれの意志が尊重されるように配慮します。

 

【参考資料】

日本基督教団信仰職制委員会 編『日本基督教団 式文(試用版)主日礼拝式・結婚式・葬儀諸式』日本キリスト教団出版局、2010年。

日本基督教団出版局聖書日課編集委員会 編『新しい教会暦と聖書日課ー4年サイクル主日聖書日課を用いるために』日本基督教団出版局、1999年。

日本基督教団讃美歌委員会 編『讃美歌21』日本基督教団出版局、2001年。

ウィリアム・ウィリモン著、越川弘英・岩見育子訳『礼拝論入門 説教と司式への実践的助言』新教出版社、1998年。

由木康『礼拝学概論 新版』新教出版社、2011年。