ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

岐阜市の華陽教会にいる牧師個人のブログ

『顔を見たいのに』 テサロニケの信徒への手紙一2:17〜20

在宅聖研祈祷会 2020年4月29日

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Michal JarmolukによるPixabayからの画像

讃美歌

ただいまより、在宅聖研祈祷会を始めます。最初に、讃美歌(43-3)番「主よ、おいでください」を歌いましょう。動画では、権利関係に配慮して歌いませんが、『讃美歌21』をお持ちの方はぜひ、この賛美を味わいつつ、御言葉を受け取る準備をしましょう。

 

お祈り

ひと言お祈りをします。共に心を合わせましょう。

 

◆復活と希望の主である私たちの神様。4月最後の水曜日、聖書の言葉を共に味わい、共に祈るときを持たせてくださり、感謝いたします。

◆全国で外出や集会が自粛され、学校や幼稚園、公共の施設も閉鎖した中、5月を迎えようとしています。

◆私たちの教会も、在宅礼拝が延長され、もうしばらく、みんなと顔を合わせられない日々が続きます。

◆色んなものが通常通り初められず、目に見えるつながりが薄れ、友人とも家族とも会えない人が大勢います。

◆しかしあなたは、見えないつながり、見えない結びつきをもたらす方です。私たちの間にあって、悲しみも喜びも共有する方。

◆どうか主よ、あなたの癒しと回復が、気づきと発見が、希望と喜びが、一人一人を包みますように。今日も、御言葉によって力をください。

◆主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖書朗読

聖書の言葉を聞きましょう。テサロニケの信徒への手紙一2:17〜20

 

兄弟たち、わたしたちは、あなたがたからしばらく引き離されていたので、――顔を見ないというだけで、心が離れていたわけではないのですが――なおさら、あなたがたの顔を見たいと切に望みました。だから、そちらへ行こうと思いました。殊に、わたしパウロは一度ならず行こうとしたのですが、サタンによって妨げられました。わたしたちの主イエスが来られるとき、その御前でいったいあなたがた以外のだれが、わたしたちの希望、喜び、そして誇るべき冠でしょうか。実に、あなたがたこそ、わたしたちの誉れであり、喜びなのです。

 

メッセージ

引き離された状態

緊急事態宣言が出されてから2週間が経とうとしています。人と人との接触を控え、外出を自粛しなければならない中、多くの人が引き離された状態です。教会に集まっていた人は、互いに顔を合わせることができなくなり、幼稚園の先生は、4月から一度も顔を見てない子さえいます。

 

医療従事者の中には、自分から感染しないように家族と距離を置いている人がいます。私も愛知の実家に、だいぶ長いこと帰ってません。生まれたばかりの孫の顔、施設で過ごす親の顔も見れない人が、周りに何人もおられます。一度ならず、二度も三度も訪問の機会を伺い、会いに行こうとしたけど、できなかった。

 

そんな中、パウロがテサロニケの人たちへ書いた手紙を読むと、けっこう心にくるものがあります。「兄弟たち、わたしたちは、あなたがたからしばらく引き離されていたので、なおさら、あなたがたの顔を見たいと切に望みました(顔を見ないというだけで、心が離れていたわけではないのですが……)」

 

当然、パウロは祈ったはずです。神様、どうか彼らに会わせてください。私とテサロニケの人たちを再会させてください。復活したイエス様の幻と出会い、キリスト者を迫害する者から広める者へと180度転換したあのパウロなら、神様も祈りを聞いてくれるに違いない……そんな期待もむなしく、彼の落胆した言葉が続きます。

 

「殊に、わたしパウロは一度ならず行こうとしたのですが、サタンによって妨げられました」……パウロさん、あなたがサタンに負けちゃダメでしょう。それじゃ、私たちみんな勝てないじゃないですか? 神様、何でこのとき、心から願っていることをパウロに、私たちに、させてくださらないんです?

 

再訪できない状況

先日、4月最後の日曜日、華陽教会では会衆が集まる礼拝を再開できないか、役員だけで話し合いました。できれば5月3日からまた集まりたい、それが無理なら10日から、せめて31日のペンテコステには集まりたい。

 

けれども、全国の状況を見てみれば、5月いっぱい、礼拝堂を開くことは難しいかもしれません。一度ならず、二度も三度も検討した結果、やっぱり教会のみんなと再会できない。一人一人訪ねたくてもそれができない。今ほどパウロに共感できることは、なかなかないでしょう。

 

顔を見たいのに見れない人、再訪したいのにできない場所が、ほぼ全員に思い浮かぶ。家庭から、学校から、サークルから、職場から、私たちは今、引き離されている。たとえ信心深く、誠実に生きてきた人が祈っても、パウロが祈ったときのように、再訪は叶えてもらえない。

 

この期間、この時間に、今まで築いてきた関係が、一緒に育んできたものが、無駄になってしまうんじゃないか? パウロもそれを心配していました。せっかく信仰が育まれたのに、私が彼らと会えない間、また元に戻ってしまうんじゃないか? しかも、どういうわけか神様は、この状況を一挙に解決してくれない。

 

彼は非常に焦りました。そこで「直接行けないなら」と、いくつも手紙を書き始めます。そう、この手紙、実はパウロが最も初期に書いた手紙です。新約聖書の4分の1を占めるパウロの手紙ができたきっかけは、まさに今、私たちが遭遇しているのと同じ状況があったからです。顔を見たいのに顔を見れない、話したいのに話せない、会いたいのに会えない状況があったから。

 

届かないはずの所へ

誰が想像できたでしょう? 迫害によってか、病気によってか、様々な事柄に邪魔されて、みんなに会えなくなったパウロの状況が、2000年という時を超え、現代の私たちまで届く大切な言葉を届けさせると……本来、私たちの手元にあるこの手紙は、届くはずがなかったんです。もともと私たちに宛てるつもりはなかったんですから。

 

誰が想像できたでしょう? コロナによって、自粛によって、みんなに会えなくなった私たちの現実が、届くはずのない人へ、私たちの信仰を届けることになるなんて……動画を始めて、色んな人から言われました。「家族が見るようになりました」「今、友人に見せています」……学生時代の友人まで、数人そう言ってくるなんて思わないでしょう?

 

白状します。私はそこまで考えていませんでした。「この人にも、あの人にも届けよう」なんて思わずに、まずは自宅待機している信徒のために、この動画を始めました。でも皆さんは、私の手が及ばなかったところへ、想像もしていなかった場所へ、自分自身の受けた希望や励ましを届けていきます。

 

本当に、わたしたちの主イエスが来られるとき、その御前でいったいあなたがた以外のだれが、わたしたちの希望、喜び、そして誇るべき冠でしょうか? 心からパウロに共感します。実に、あなたがたこそ、わたしたちの誉れであり、喜びです。悲しみもしんどさも超える恵みを、あなたが与えてくれました。

 

「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する」……今年度、華陽教会の年間聖句となったイエス様の言葉は、当初、皮肉にしか聞こえませんでした。今の状況では、町や村へ行くこと自体、自粛しなければならないから。

 

でも、今は知っています。復活の主は不可能を可能にする方です。外へ出られない私たちを、思ってもみない方法で出て行かせ、再会できない人たちを喜びであふれさせる方。だから、私もあなたも出て行きます。パウロがペンを取ったように、あなたの手が取ったものを、神様が豊かに用いますように。

 

とりなし

共に主イエス・キリストが与えられた、とりなしの務めを果たしましょう。本日は、『信徒の友』の「日毎の糧」で紹介されている(大分県別府市の別府不老町教会)のために、郵便や配達で働く人たちのために、薬局やスーパーで働く人たちのために、検査や分析をしている人たちのために、4月に誕生日を迎えた人たちのために祈りを合わせます。

 

◆神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、私たちがささげる祈りをお聞きください。

 

◆大分県別府市の別府不老町教会のために祈ります。主よ、この教会に新しく赴任した牧師を支え、信徒を守り、求道者・受洗者が招かれ、支えられるよう導いてください。

 

◆郵便や配達で働く人たちのために祈ります。主よ、多くの人が家から出られない中、様々な手紙や物資を運んでおられる人たちに、あなたのお守りと祝福が豊かにありますように。

 

◆薬局やスーパーで働く人たちのために祈ります。主よ、私たちの生活に必要なものを用意し、提供している人たちに、あなたのお守りと祝福が豊かにありますように。

 

◆検査や分析をしている人たちのために祈ります。主よ、感染のリスクにさらされながら、限られた人員で検査や分析を担う人に、あなたのお守りと祝福が豊かにありますように。

 

◆4月に誕生日を迎えた人たちのために祈ります。主よ、今月顔を合わせて誕生日をお祝いすることができなかった人たちに、あなたの祝福と喜びが豊かに注がれますように。

 

◆今も生きておられ、とりなしてくださる方、主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

讃美歌

讃美歌(20)番「主に向かってよろこび歌おう」を歌いましょう。こちらも権利関係に配慮して動画内では歌いませんが、『讃美歌21』をお持ちの方はぜひ、この賛美の応答の思いに心を合わせましょう。

 

主の祈り

共に、主イエス・キリストが弟子たちに教えられた最も基本的な祈りを祈りましょう。

天にまします我らの父よ。

願わくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。

みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を今日も与えたまえ。

我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、 我らの罪をも赦したまえ。

我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。

国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。アーメン。

 

以上で聖書研究祈祷会を終わります。また日曜日まで、あなたの一日一日が支えられますように。

 


『顔を見たいのに』テサロニケの信徒への手紙一2:17〜20