ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

岐阜市の華陽教会にいる牧師個人のブログ

『私もあなたも憎まれる』 ヨハネによる福音書15:18〜27

在宅礼拝 2020年5月10日

 


『私もあなたも憎まれる』ヨハネによる福音書15:18〜27

 

 

招 詞

律法全体は、「隣人を自分のように愛しなさい」という一句によって全うされるからです。だが、互いにかみ合い、共食いしているのなら、互いに滅ぼされないように注意しなさい。

 

讃美歌

讃美歌419番「さあ、共に生きよう」を歌いましょう。(動画では著作権に配慮して歌いませんが、『讃美歌21』をお持ちの方はぜひ、この賛美を味わいつつ、御言葉を受け取る準備をしましょう)

 

お祈り

共に祈りを合わせましょう。

 

◆復活と希望の主である私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の朝を迎えました。どうか今、自宅で、職場で、施設で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。

◆主なる神よ、あなたはこの一週間、私たちの痛みを受けとめ、支えてくださいました。私たちが怒りをぶつけ、傷つけた相手のことも、あなたがとりなしてくださいます。どうか今、あなたの憐れみ、あなたの慈しみを覚え、感謝の応答をさせてください。

◆主なる神よ、今日は母の日礼拝です。本人と直接会って話すこと、感謝を伝えることが難しい人もたくさんいます。また、関係が壊れた親子もいます。どうか今、それぞれの間に立つあなたによって、必要な癒しと励ましがもたらされますように。

◆主なる神よ、子どもに先立たれた母親、母親に先立たれた子どもたちに、あなたの慰めと希望を与えてください。この日、この時、天においても地においても、共にあなたを礼拝していることを思い出させてください。

◆主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖 書

聖書の言葉を聞きましょう。ヨハネによる福音書15:18〜27

 

「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい。あなたがたが世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だが、あなたがたは世に属していない。わたしがあなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである。『僕は主人にまさりはしない』と、わたしが言った言葉を思い出しなさい。人々がわたしを迫害したのであれば、あなたがたをも迫害するだろう。わたしの言葉を守ったのであれば、あなたがたの言葉をも守るだろう。しかし人々は、わたしの名のゆえに、これらのことをみな、あなたがたにするようになる。わたしをお遣わしになった方を知らないからである。わたしが来て彼らに話さなかったなら、彼らに罪はなかったであろう。だが、今は、彼らは自分の罪について弁解の余地がない。わたしを憎む者は、わたしの父をも憎んでいる。だれも行ったことのない業を、わたしが彼らの間で行わなかったなら、彼らに罪はなかったであろう。だが今は、その業を見たうえで、わたしとわたしの父を憎んでいる。しかし、それは、『人々は理由もなく、わたしを憎んだ』と、彼らの律法に書いてある言葉が実現するためである。わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのだから、証しをするのである。

 

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Gerd AltmannによるPixabayからの画像

メッセージ

そんなこと言うな

「キリスト教を信じたら、みんなから嫌われるようになる」「イエス様を信じたら、世の中から憎まれるようになる」……牧師や神父がこんなこと言い始めたら、信徒の皆さんは焦るでしょう。「先生、私も家族に信じてほしくて一生懸命誘っているのに、そんなこと言わないでくださいよ」「親戚や友人が引いてしまうじゃないですか!」

 

そう、普通は信じてもらうために「聖書の言葉を受け入れれば、みんなから愛されるようになる」とか「イエス様の教えを守れば、色んなことが上手くいく」とか魅力を伝えるものでしょう。せっかくキリスト教に興味を持ってくれたのに、「イエス様の教えに従ったら、あなたも周りに嫌われる」なんて言うのは馬鹿げています。

 

それよりは「一緒に礼拝へ出ているうちに、あなたも心が清められ、悩みや問題が解決する」とか「人間関係に恵まれて多くの人から愛される」と宣伝する方がいいでしょう。実際、みんなから愛され、認められる人間になりたくて、聖書を手に取った人も多いんじゃないでしょうか?

 

でも正直に、胸へ手を当てて考えてみましょう。あなたはイエス様を信じ、神様を礼拝するようになって、みんなから愛されるようになりましたか? 世の中で上手くいくようになりましたか? 嫌われたり、憎まれたりすることがなくなりましたか? 正直に告白してみましょう。

 

牧師になって3年目の私から、正直に言わせてもらうなら、そんなことはありません。別に今、誰からも愛されてないってわけじゃないですよ。神様を信じ、イエス様に従って生きようとすれば、周りの愛を受けられるとは、必ずしも言えないことを知っているだけです。むしろ、こっちが上手く愛せないことだってしょっちゅうです。

 

現に今、家族との関係で悩んでいたり、まさに教会へ行くことで親戚と揉めている最中だったり、友人との間にトラブルを起こしてしまった人もいるでしょう。どれだけみんなを大切にしながら信仰を守ろうとしていても、自分の思いが先走り、愛されるどころか嫌われて、しまいには憎しみの関係にまで発展する。あるいは、それを恐れて黙り込む。

 

おかしいな……神様を信じれば、幸せな人生になるはずなのに。世の中を上手く歩めるはずなのに。いや、上手くいかないのは、嫌われるのは、ちゃんとイエス様に従えてない証拠かもしれない。だって、神様の教えを守れば失敗しないし、順調に行くし、ちゃんと成功するはずだから!

 

世の中に憎まれる

ところが、聖書はそんな都合良く、信仰の成果を示してくれません。むしろ、イエス様本人が、自分を信じる弟子たちに「わたしがあなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである」と言ってきます。自分に従う者は世の中から憎まれ、迫害され、苦しみに遭うことを予告します。あろうことか、今ついてきている弟子たちに!

 

実は聖書に出てくる神様に従った人たちも、驚くほど、世の中から愛されてきませんでした。旧約の時代、神様の言葉を人々に語り聞かせた預言者も、忠実に語れば語るほど、みんなから嫌われていきました。預言者のほぼ全員が、神様に従ったゆえに同胞たちから嫌われて、どんどん孤立していきました。

 

しかも、途中で挽回したり、後から人気が出てきたり、話を聞いてもらえた預言者なんて、9割9分出てきません。預言者のほとんどは「人々を悔い改めさせる」という使命に失敗し、誰からも認められないまま、挫折で人生が終わるんです。なんなら、家族関係が思いっきり破綻していた人もいる。

 

イエス様に従った弟子たちも、けっこうな確率で人々に嫌われ、疎まれ、憎まれていきました。ある国では訴えられ、ある国では投獄され、ある国では殺されてしまう弟子もいました。一般的な目から見て、「上手くいっている」「幸せな人生」とは言えない歩みがほとんどでした。

 

キリスト教を世界に広めたパウロでさえ、自分の乗った船が転覆したり、治らない病気に苦しめられたり、けっこう呪われた人生でした。仲間の弟子から決別されたり、教会員が離れ去ったり、伝道に「成功」したように見えて「失敗」したことの方が、実ははるかに多かったかもしれません。

 

憎まれるイエス様

でも、よく考えてみたら、イエス様こそ伝道に「失敗」してきた方でした。多くの人の反感を買い、何度も町から追い出され、奇跡を見せても信じられず、弟子たちには裏切られ、見捨てられ、全く理解されなかった人。最後は嘲りと唾を吐きかけられ、十字架にかかって死んでいく。

 

「愛される人生」「幸せな人生」の対極と言っても過言ではないかもしれません。全然上手くいってません。順調な伝道なんてできてません。まさに今、新型コロナのために会堂から追い出され、自宅で礼拝を守り、家族と信仰を共有できず、周りから白い目で見られている誰かのように。

 

本来なら、もっと上手く神様のことが伝えられて、もっと上手く人を愛することができて、もっと上手く自分も愛されて、信仰を分かち合えるはずだった。特に、自分の子どもと、自分の母親と、自分の父親と、それができているはずだった……でも、できていない私は、きっと神様に従えてない、イエス様の教えが守れていない人間なんだ……そう思っている人がなんて多いことでしょう!

 

いえ、私もそうなんです。不器用で、臆病で、買いたくもない憎しみを買い、抱えたくない敵意を持つ、愚かで情けない人間なんです。ところが、そんな私やあなたに、イエス様は言われます。「わたしも憎まれていたことを、わたしも非難されたことを、わたしも追い出されたことを思い出しなさい……」

 

残念ながら、キリスト教を信じれば、世の中から愛されるわけではありません。みんなから認められるわけでも、上手くいくわけでもありません。順調な人生は保証されない。むしろ、正義の呼びかけ、愛の訴えを無視できなくなり、あなたは人々の反感を買い、愚かにみられ、受け入れられない日々を過ごします。

 

もしも今、そんな不器用な人生を送っているなら、イエス様ははっきり言われるでしょう。「わたしがあなたを世から選び出した。あなたはこれまでもこれからも、私と一緒に歩んでいる」……キリストの弟子に召されたあなたの上に、神の祝福がありますように。

 

主の祈り

共に、主イエス・キリストが私たちに教えられた、最も基本的な祈りを祈りましょう。

 

天にまします我らの父よ。

願わくは御名をあがめさせたまえ。

御国を来たらせたまえ。

みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を今日も与えたまえ。

我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。

我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。

国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。

アーメン。

 

讃美歌

讃美歌406番「聖霊ゆたかに」を歌いましょう。(こちらも著作権に配慮して動画内では歌いませんが、『讃美歌21』をお持ちの方はぜひ、この賛美に込められた応答の思いに心を合わせましょう)

 

とりなし

神の祝福にあずかった者として、とりなしの務めを果たしましょう。

 

◆神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、わたしたちがささげる祈りをお聞きください。

◆世界の国民と政府のために祈ります。主よ、政治に携わる人々に、知恵と勇気と良心を与え、全ての場所に、自由と平和をもたらしてください。

◆世界に広がる全ての教会のために祈ります。主よ、教会を聖霊によって力づけ、その信仰を新たにし、私たちの一致と結びつきを強めてください。

◆教会員のために祈ります。主よ、私たち全てを、御言葉によって豊かに養い、あなたの愛と平和を伝える者として送り出してください。

◆一緒に礼拝できなかった人のために祈ります。主よ、病気や衰え、仕事や様々な事情のために、一緒に礼拝できない人たちを、あなたが癒し回復してください。

◆身近な人のために祈ります。主よ、私たちの家族や友人、仲間たちが、あなたの愛を知れますように、私自身を用いてください。

◆幼稚園、教会学校、地域の子どもたちを覚えて祈ります。主よ、子どもたちの健康と安全を守り、疲れを癒し、安らぎと成長をもたらしてください。

◆苦しんでいる人のために祈ります。主よ、病気や怪我、悩みや苦しみを抱える人たちに、あなたからの平安と、必要な助けを与えてください。

◆今も生きておられ、とりなしてくださる方、主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

祝 福

共に、神様の祝福を受けましょう。

 

願わくは主があなたがたを祝福し、あなたがたを守られるように。

願わくは主があなたがたを照らし、あなたがたを恵まれるように。

願わくは主がみ顔をあなたに向け、あなたに平安を賜るように。アーメン。

(民数記6:24〜26より)