ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『神の掟を利用する?』 列王記上21:1〜16

聖書研究祈祷会 2020年12月9日


『神の掟を利用する?』聖書研究祈祷会 2020年12月16日

 

案 内

現在、華陽教会の聖書研究祈祷会は、配信に載せる第一部と、配信後、時間のある人と質問や感想を分かち合う第二部に分けて行っています。本日は2階集会室が使えないため、申し訳ありませんが、第二部の分かち合いを休止し、第一部のみ行わせていただきます。

 

讃美歌

それでは、第一部「聖書研究会」を始めます。最初に、讃美歌21の87番「罪なき小羊」を歌いましょう。飛沫感染を避けるため、マスクをしたままで歌います。

 

お祈り

ひと言お祈りをします。共に心を合わせましょう。

 

◆愛と平和の源である私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、水曜日の聖書研究祈祷会を始めることができ、感謝致します。どうか今、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を必要としている人を祝福してください。

◆私たちの神様、アドヴェント第3週目を迎え、今度の日曜日には、いよいよクリスマス礼拝が行われます。どうか今、感染症をはじめとする様々な危機からみんなを守り、共に喜びを分かち合うことができるよう、最後の準備をさせてください。

◆私たちの神様、幼稚園のクリスマス礼拝・祝会も、今度の土曜日に控えています。今年度は、感染症対策のため、3回に分けて少人数で行われますが、どうか子どもたち、先生がた、保護者の健康と安全を守り、豊かにこの時を迎えさせてください。

◆私たちの神様、中部学院大学では、今度の月曜日にクリスマス礼拝が行われます。学生たちも、多くの課題や就職活動で頭を悩ませる時期ですが、どうか今、一人一人に必要な気づきと励ましがもたらされるように、この時を豊かに用いてください。

◆私たちと共におられるイエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖書朗読

聖書の言葉を聞きましょう。列王記上21:1〜16(新共同訳より抜粋)

*当ブログ全体における聖書の引用を適切な範囲内で行うため、後ほど聖書箇所のみ記載し、本文をカットすることがあります。後からご覧になる方は、該当する聖書箇所を日本聖書協会の「聖書本文検索」か、手元に新共同訳聖書がある方はそちらからお読みください。

www.bible.or.jp

 

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succoによるPixabayからの画像

メッセージ

クリスマスを前にして、愉快な気持ちで聞けない話が度々耳に入ってきます。最近、私が見かけたのは、とある大学の医学部で、裏金に関する公益通報を行った教員に対し、暴行のでっち上げや担当講義の削減など、繰り返し報復が行われた事件です。

 

ちょうど、今日の聖書日課で指定された列王記の記事と重なります。法というルールに則って、適切に行動した人が、権力を持った人にはめられて、無実の罪で訴えられる。不当な手続きと虚偽の証言によって、為す術もなく、自分が悪者にされてしまう。

 

聞いているだけで、気分が悪くなりますよね? アドヴェント第3週目を迎え、キリストの誕生を祝うクリスマスまであと少し……というときに、進んで取り上げたい記事ではありません。特に、今回の聖書箇所は「正しい者が殺される」「悪者に命を奪われる」というアンハッピーな話です。

 

聖書によく親しんだ人は、最初に「アハブ王」という名前が出てきた時点で、もう嫌な予感がしたでしょう。何せ、彼は初めて登場するシーンから、「彼以前のだれよりも主の目に悪とされることを行った」と紹介され、自ら進んで異教の神バアルに仕え、偶像礼拝を国中にもたらした問題児として、非常に有名だからです。

 

けれども、数あるエピソードの中でも、今回の記事はアハブ以上に、その妻イゼベルの問題性を指摘する箇所と言われます。異国から嫁いだ彼女こそ、イスラエルの預言者を弾圧し、故郷の神バアルの預言者を優遇してきた女性です。

 

アハブが宮殿のそばにあるナボトのぶどう畑を買い取ることに失敗した際も、狡猾な手で土地の所有者を陥れ、夫に与えてしまいます。「悪女」という名がふさわしい人物と思われるかもしれません。しかし、イゼベルが夫のために土地を手に入れるプロセスは、極力イスラエルの律法に則ったものでした。

 

断食を布告し、民衆の前で裁判を公開し、2人以上の証人を立てて、神を冒涜した者への処罰を執行する……訴えが事実であるならば、かなりイスラエルの掟に基づいた行動です。よくよく考えてみると、彼女はシドン人の王の娘で、異教の神バアルを信仰する外国人。もともとイスラエルの律法を知っていたわけじゃありません。

 

けれども、食事も取らないほど不機嫌になった夫のために、彼らの律法を勉強し、極力それに準じた手続きを踏む……非常に賢い女性ですよね? また、イゼベルが訴状で「ナボトは神と王とを呪った」と主張する言葉は事実じゃありませんが、彼女が本当にそう思っていたことは推測できます。

 

なぜなら、夫アハブは、ナボトが畑を譲らなかった理由を妻に教えていないからです。「彼のぶどう畑をわたしに銀で買い取らせるか、あるいは望むなら代わりの畑と取り替えさせるか、いずれにしても譲ってくれと申し入れたが、畑は譲れないと言うのだ」……彼の言い分だけ聞くと、対等な交渉をしたにもかかわらず、無下にされたと聞こえます。

 

家に帰るなり、ベッドに伏せて、食事も取らないほど不機嫌になったアハブを見て、「ナボトが夫に無礼を働いた」と妻が思うのは当然です。実際は、神から与えられた土地として、基本的に譲渡が許されない財産、「嗣業の土地」であるから譲れない……という正当な理由があったのに、アハブはそれを隠して妻に伝え、妻は夫に忖度します。

 

アハブは、その土地を自分のものにすることは許されないと分かった上で、「ナボトのぶどう畑を手に入れましょう」と言い出す妻を止めません。エデンの園で「善悪の知識の実だけは取って食べるな」と言われていたにもかかわらず、目の前で妻が自分のために取るのを黙って見ていたアダムのようです。

 

自分の代わりに、誰かが掟を破るのを期待する。自分自身は、表面上認められた方法で欲しいものを手に入れる。人間社会で、よくあるやり口ですよね。政治家や組織の意思を汲み取って、周囲の人間が忖度する。ナボトのいる町では、長老も貴族も、王の妻から策略を持ちかけられ、言われるままに動いてしまいます。正しく行動したのはナボトだけ。

 

けれども、「神から与えられた嗣業の土地は譲れない」という素朴な掟を守った彼は、誰にも味方されず、あっさり殺されてしまいます。為す術もないまま、ほとんど抵抗できずに消えていく。キリスト教会の中でも、多くの人は記憶に留めていないでしょう。「ナボトって初めて聞きました」という人が大半だと思います。

 

こういう人って世の中にたくさんいますよね? みんなの記憶から消えていく、切り捨てられた人たち……正しく生きようとしたのに、誰かにはめられ、利用され、悪者にされて消えた人たち……さらに虚しいのは、本来、人々を守るはずの「神の掟」を利用して、法やルールに基づいて、こういう人たちが消されることです。

 

彼らの人生に意味はあったんだろうか? 犠牲になって終わりだなんて、救いがないにも程がある……でも実は、彼らと同じ、はめられ、利用され、悪者にされて消えていく者が、この世界を照らす救い主として、2000年前のクリスマスに、この世へ遣わされたんです。

 

「神を冒涜」した罪で裁判にかけられ、たくさんの人に嘘の証言をされ、罪人として十字架にかけられ、あっさり処刑されて死んだ人……大衆から蔑まれ、侮辱され、罵倒された末に、彼らを庇って死んだ人……仲間からもすぐ見捨てられ、再会しても、なかなか信じてもらえなかった人……そう、天から遣わされた神の独り子イエス・キリストです。

 

聖書には多くの犠牲になった人、無実の罪で殺された人や、虐殺の巻き添えになった子どもたちが出てきます。誰かに利用され、はめられ、神にすら忘れられたように思える、ひどい仕方で消えた人たち……でも、神様は、そういった人たちの存在を、そのままにしておかれません。忘れれたままにしておかれません。

 

彼らの姿は、絶望を希望に、悲しみを喜びに、死を命に変えられるイエス様の姿と重なるように、聖書の至る所で出てきます。何もできなかった、為す術もなかった人たちの姿が、救い主の購いを思い出させる存在として、今も私たちに訴えます。神様は、為す術もなかった小さな人々を、救いの業に、希望の光に、今も用いておられるんです。

 

そして、死んでから三日目に甦ったイエス様のように、神様は私たちが期待さえできない回復をもたらします。ありえない変化を起こされます。クリスマスまで、残り一週間……自分が消えていくような、小さくなっていくような苦しみの中にある人へ、この方の光が届きますように。

 

とりなし

共に、神様から与えられたとりなしの務めを果たしましょう。本日は『信徒の友』の「日毎の糧」で紹介されている(鳥取県八頭郡の八頭教会)のために、子どもたちのために、高齢者のために、医療従事者のために、祈りを合わせましょう。

 

◆神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、私たちがささげる祈りをお聞きください。

◆鳥取県八頭郡の八頭教会のために祈ります。この教会で、新しく受洗される人に、あなたの祝福が豊かにありますように。そして、母子生活支援施設と就労支援事業所の業が、ますます豊かに用いられ、教会と共に、地域の人たちと深く結ばれますように。

◆子どもたちのために祈ります。感染症の流行によって、遊べる場所や楽しみにしていた行事や大会が制限され、進路や就職で悩んでいる人たちに、あなたの憐れみがありますように。どうか、それぞれに新しい喜びと発見がもたらされますように。

◆高齢者のために祈ります。病気、怪我、衰えのため、心身が弱っている人たちに、あなたの励ましがありますように。特に、基礎疾患がある人や、家族、親戚、友人が近くにおられない人を守り、必要なつながりをもたらしてください。

◆医療従事者のために祈ります。新型コロナウイルスの第3波によって、各地でプレッシャーに苦しめられている医者、看護師、保健所の職員を、あなたが守り、助けてください。どうか、十分な人手と休息が与えられるように、誠実な仕組みを作らせてください。

◆今も生きておられ、私たちをとりなしてくださる方、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

讃美歌

オンライン賛美歌「歌い、踊り、跳ね、笑い、叫べ」(詞:柳本和良、曲:滝田真治)を歌いましょう。こちらも、飛沫感染を避けるため、マスクをしたままで歌います。

 

主の祈り

共に、イエス様が弟子たちに教えられた最も基本的な祈りを祈りましょう。主の祈り。

 

天にまします我らの父よ。

願わくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。

みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を今日も与えたまえ。

我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、 我らの罪をも赦したまえ。

我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。

国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。アーメン。

 

以上で第一部「聖書研究会」を終わります。本日は第二部の「分かち合い」を休止しますが、今度の日曜日は10時半からクリスマス礼拝が行われます。また、24日(木)は19時からクリスマス・イブ演奏礼拝を行います。ぜひ、みんなで心を合わせて、その日に備えたいと思います。