ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『心を一つにできません!』 エゼキエル書37:15〜22、コリントの信徒への手紙一1:10〜17

日曜礼拝 2021年9月5日


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案 内

華陽教会では岐阜県の医療提供体制を受けて、会衆が集まる集会を休止し、配信等による在宅礼拝を行っています。共に今、自宅にいる人も、後から見る人も、聖書の言葉に耳を澄ませ、神の招きにあずかりましょう。(*前奏)

 

招 詞

また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。(マタイによる福音書18:19)

 

讃美歌

旧讃美歌365番「わが主イェスよ」を歌います。同居している方がいるところは、念のため、マスクをつけて歌われるか、心で賛美を合わせましょう。

 

お祈り

(ご着席ください)共に祈りを合わせましょう。

◆平和と希望と愛をもたらす、私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、在宅礼拝を始めることができ、感謝いたします。どうか今、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。

◆私たちの母なる神様。夏休みが終わり、新学期が始まる中、授業の再開ができないところや、オンラインでの講義に苦心している人たちがいます。どうか今、健康と安全を守りつつ、子どもたちが少しでも豊かな経験をできるように、私たちを助けてください。

◆私たちの父なる神様。子育てに悩み、介護に悩み、仕事に悩んでいる人たちに、あなたの慈しみがありますように。どうか今、一人一人を孤独や孤立から解放し、頼ること、休むことを可能にさせてください。

◆私たちの友なる神様。過保護や過干渉、虐待やネグレクト、障がいや依存症に苦しむ当事者とその家族、友人たちを守ってください。どうか今、避難する場所、相談する人、助けてくれる機関につながり、幸せな未来を見させてください。

◆私たちを支え起こす、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖 書

聖書の言葉を聞きましょう。エゼキエル書37:15〜22、コリントの信徒への手紙一1:10〜17(新共同訳より抜粋)

*当ブログ全体における聖書の引用を適切な範囲内で行うため、後ほど聖書箇所のみ記載し、本文をカットすることがあります。後からご覧になる方は、該当する聖書箇所を日本聖書協会の「聖書本文検索」か、手元に新共同訳聖書がある方はそちらからお読みください。

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交読文

詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編147:1〜7(新共同訳交読詩編より抜粋)

交読詩編付きの『讃美歌21』をお持ちの方は、後ろの方に載っています。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。(お立ちください)

 

讃美歌

讃美歌21の393番「こころを一つに」を歌います。同居している方がいるところは、念のため、マスクをつけて歌われるか、心で賛美を合わせましょう。

 

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congerdesignによるPixabayからの画像

メッセージ

感染症の流行によって、私たちの生活は一変しました。仕事でほとんど家にいなかった大人たちは、在宅ワークで家にいるようになりました。習い事や部活で帰りが遅かった子どもたちも、早々に帰宅するようになりました。日曜日、教会に行っていた連れ合いも、休みの日に、家族と同じ場所で過ごすようになりました。

 

バラバラだった家族が、家に集まるようになった。そういう家庭も増えたでしょう。朝は学校や仕事に出掛けていて、日中ほとんど顔を合わせなかった人たちと、長時間、顔を突き合わせるようになった。ここ数年、ろくに話していなかった人たちと、何度もテーブルを囲むようになった。だけど、それなのに、一つになった気がしない。

 

むしろ、同じ場所で過ごすようになってから、孤立、孤独を、いっそう強く感じている人も、いるかもしれません。どう接したらいいか分からない、何を話したらいいか分からない。一緒に過ごす時間が増えて、かえって喧嘩ばかりしている。沈黙が、ピリピリとした空気が漂い、居心地が悪くなっている。

 

そんな経験をしているとしたら、あなたはまさに「神の民」、イスラエルの人たち、初代教会の人たちと、同じ経験をしています。先ほど、私たちが読んだ聖書の言葉は、人々が一つになること、一致することを語っていましたが、どちらも最初に出て来るのは「分かたれた民」「分裂した民」の現実でした。

 

エゼキエル書では、イスラエル人が南王国ユダと北王国イスラエルに分かれていた現実を、コリントの信徒への手紙では、信徒たちがいくつもの派閥に分かれていた現実を描いています。「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」……まるで、どの政党を支持するか争っている市民のようです。

 

同じ国の人間なのに、同じ教会の信徒なのに、同じ家の家族なのに、私たちは一箇所に集まると、一つになれない現実を知らされます。離れたところから同じ場所に集まったくらいで、私たちは一致も連帯もできません。心を一つにすることができません。むしろ、バラバラであることが露わにされます。私とこの人は、こんなにも違ったんだ……。

 

どうしたら、心を合わせることができるだろう? どうしたら、みんなと分かり合えるだろう? そんな疑問を抱える私たちに、預言者エゼキエルは、二つの国を一つにする、分かたれた民を一つにする、王の到来を語ります。初代教会の人々は、これを、神の子である救い主イエス・キリストの予告であると捉えました。

 

メッセージ前の賛美歌も、まさにそういう歌でした。イエス様は、バラバラになった私たちを一つにしてくれる、愛と絆を強めてくれる、そういう希望を語っていました。しかし、初めてエゼキエルの言葉を聞いた人々は、どう思ったでしょう? 二つの国が一つにされる。でも、全てを支配するのは、どちらかの国の王ではなく、一人の王。

 

「自分の国の王こそ、正当な指導者だ」……そう考える人たちの間では、この預言は受け入れ難い話でしょう。皆さんも、自民党と共産党が一つされるって聞いたら、受け入れ難く感じるでしょう。どちらかがどちらかを吸収するのではなく、どちらかが正当だと評価されるのでもなく、そこに現れた指導者によって一つにされる。

 

どちら側の人間でもショックを受けるでしょう。コリントの教会で、それぞれの派閥を形成していた信徒たちもショックを受けたでしょう。手紙を送ってくれたパウロは、どの立場が正しいとも、どの立場に従いなさいとも答えてくれませんでした。むしろ、自分につくと言った人たちにさえ、仲違いせず、心を一つにするよう忠告してきます。

 

誰に従うのが正しいか、誰の言い分が正解かに、私たちは囚われてしまいますが、神様がもたらす一致は「一方が一方に従う」という形での決着をつけません。パウロは、キリストが自分を遣わされたのは、誰かを従わせるためではなく、福音を、「良い知らせ」を告げ知らせるためだと語ります。

 

誰かを敗者にする知らせではなく、みんなが喜ぶ知らせをもたらすために、イエス様も私もやって来た。神様が、あなたを愛し、あなたを赦し、あなたに新しい命と生き方を与えるために、キリストとあなたを出会わせた。あなたが一致できない者と、あなたが和解できない者と、一つになるよう、この方は間に入って、新しい関係を結ばせる。

 

そのことを、語り直しています。聖書は、教会に来れば一致できるとも、信じれば一つになれるとも言いません。むしろ、信じた人が、集まった人が、一つになれない現実を露わにしながら、そこにイエス様が居られることを語ります。この方は、私たちが仲違いするときも、勝手なことを言っているときも、私たちの間に立ち続けているんです。

 

私が誰かと仲違いして苦しむとき、この方は一緒に肉を裂かれ、血を流し、神に訴えているんです。自分が裏切られ、理解されず、見捨てられてしまったように、今苦しんでいる人たちに、癒しと回復がもたらされるよう、共についていてくれるんです。私自身が間違っていても、私の方が愚かな者でも、この方は本気でとりなしてくださいます。

 

誰もが信じられなかった主の復活と弟子たちの再会が実現したように、この方がついている私たちの間にも、和解と平和がもたらされます。その日が来るまで、天においても地においても、この方は立ち続けるからです。私たちを結び合わせるため、時間も、距離も、死の隔たりも超える力で、私たちの間に働きかけます。あなたの傍についています。

 

今日は、そのことを思い出す食事に、各家庭であずかりたいと思います。自分の居場所がない者に、人とのつながりがない者に、受け入れる人がない者に、この方が用意された食卓を囲みましょう。あなたも今、神の国に、神の家に、主の食卓に呼ばれていることを思い出し、一つになることを求めましょう。

 

讃美歌

オンライン賛美歌25番「住む家のないわたしたちに」(©️柳本和良)を歌います。同居している方がいるところは、念のためマスクをつけて歌われるか、心で賛美を合わせましょう。

 

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使徒信条

教会の信仰を告白しましょう。使徒信条(讃美歌21の93-4Aです)。

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり、かしこより来りて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体のよみがへり、永遠の生命を信ず。アーメン。(*着席のジェスチャー)

 

とりなし

神様から委ねられた、とりなしの務めを果たしましょう。

 

司会:神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、わたしたちがささげる祈りをお聞きください。

司会:世界の国民と政府のために祈ります。

会衆:主よ、政治に携わる人々に、知恵と勇気と良心を与え、全ての場所に、自由と平和をもたらしてください。

司会:世界に広がる全ての教会のために祈ります。

会衆:主よ、教会を聖霊によって力づけ、その信仰を新たにし、私たちの一致と結びつきを強めてください。

司会:教会員のために祈ります。

会衆:主よ、私たち全てを、御言葉によって豊かに養い、あなたの愛と平和を伝える者として送り出してください。

 

司会:今日ここに出席できなかった人のために祈ります。

会衆:主よ、病気や衰え、仕事や様々な事情のために、ここに見えない人たちを、あなたが癒し回復してください。

司会:身近な人のために祈ります。

会衆:主よ、私たちの家族や友人、仲間たちが、あなたの愛を知れますように、私自身を用いてください。

司会:幼稚園、教会学校、地域の子どもたちを覚えて祈ります。

会衆:主よ、子どもたちの健康と安全を守り、疲れを癒し、安らぎと成長をもたらしてください。

司会:苦しんでいる人のために祈ります。

会衆:主よ、病気や怪我、悩みや苦しみを抱える人たちに、あなたからの平安と、必要な助けを与えてください。

司会:今も生きておられ、とりなしてくださる方、主イエス・キリストのお名前によって祈ります。

一同:アーメン。

 

主の祈り

共に、イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5A。

天にまします我らの父よ。
願わくは御名をあがめさせたまえ。
御国を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を今日も与えたまえ。
我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。
我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。
国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。
アーメン。

 

 

愛 餐

本日は、各家庭で礼拝をささげる全ての人と、神の祝福を分かち合う愛餐式を行います。配信を見ながら礼拝をささげている方も、お家にあるパンと水を用意して、一緒にこの食事にあずかれます。用意するパンと水は特別なものではなく、普段の食卓に出てくるもので大丈夫です。共に、神様が備えてくださった見えない食卓にあずかりましょう。

 

讃美歌

最初に、讃美歌21の81番「主の食卓を囲み」1節を歌いましょう。同居している方がいるところは、念のため、マスクをつけて歌われるか、心で賛美を合わせましょう。

 

食卓への招き

かつて、私たちの主イエス・キリストは、パンを求めて集まってきた群衆に言われました。「わたしは命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。わたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。(ヨハネ 6:35、57より)」

 

また、主は水を求めてやって来たサマリアの女性に言われました。「わたしが与える水を飲む者は、決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。(ヨハネ 4:14)」

 

主は、少年から受け取ったわずかなパンを祝福し、空腹だった5千人以上の人に分けられ、全ての者が食べて満腹になりました。この食卓は、キリストが神の国のしるしとしてなされた、あの「5千人の給食」のように、主の祝福による神の国のしるしです。

 

信仰を告白した人があずかる聖餐式ではありませんので、神の祝福を分かち合いたい方は誰でも、パンと水を手に取って、共に食事を味わいましょう。

 

感謝の祈り

感謝の祈りをささげます。

 

恵みと祝福の源なる私たちの神様、あなたは私たちに「命のパン」「命の水」をお与えになります。足りないものを満たし、欠けている力を養います。あなたは私たちを死の恐れから解放するため、御子イエス・キリストを遣わされ、貧しい者、嫌われ者、負い目のある者たちと、共に食事にあずかりました。

 

様々なやましさや後ろめたさがある人も、悩みや葛藤がある人も、疑い迷いがある人も、あなたは隔たりなく近づかれ、同じテーブルにつかれます。あなたが与えるパンと水は、信じない者を信じる者に、悲しむ者を喜ぶ者に、争う者をとりなす者に変えられます。どうか今、あなたから受けた恵みと祝福を、私たちも互いに分け合う者とならせてください。あなたの愛と平和が豊かに現されますように。アーメン。

 

分かち合い

共に、パンと水を分け合いましょう。普段、聖餐を受けられない人も、このパンと水は、信仰を「告白している」「していない」にかかわらず、一緒にいただくことができます。どうぞ、用意しているパンと水を手に取って、神の祝福にあずかりましょう。

 

主は言われます。「わたしの父が天からまことのパンをお与えになる。(ヨハネ6:32)」

 

私たちもいただいたパンを食べましょう。あなたの内側から、生きた力が溢れ出るように。(*パンをいただく)

 

主は言われます。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。(ヨハネ7:37)」

 

私たちもいただいた水を飲みましょう。あなたの内側から、生きた水が流れ出るように。(*水をいただく)

 

感謝の祈り

感謝の祈りをささげましょう。

 

愛と平和の源である私たちの神様、今ここで、あなたの祝福を分かち合う食事にあずかれたことを感謝致します。日々、あなたがもたらされる日用の糧も、心を養う御言葉の糧も、必要なとき、必要な仕方で備えられてきました。

 

足りない者には与える者が、失くした者には見つける者が、一人の者にはつながる者が与えられます。どうか今、私自身も、あなたからいただくつながり、発見、恵みの数々を、共に分け合う者として、送り出してください。主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

讃美歌

讃美歌21の81番「主の食卓を囲み」2節、3節を歌いましょう。同居している方がいるところは、念のため、マスクをつけて歌われるか、心で賛美を合わせましょう。

 

献 金

感謝の献げ物として献金をします。配信を見ている教会員の方は、郵送する献金袋に入れて、後日来られたときにおささげいただくか、振替口座からおささげください。

 

献金の祈り(例)

変化と回復をもたらす私たちの神様、 あなたから受ける言葉によって、私たちは新しく生かされます。 今からのち、私自身の生き方が変えられるしるしとして、 ここにささげた供え物を受け入れてください。 主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

讃美歌

献金の讃美歌512番「主よ、献げます」を歌いましょう。同居している方がいるところは、念のため、マスクをつけて歌われるか、心で賛美を合わせましょう。

 

讃美歌

頌栄25番「父・子・聖霊に」を歌いましょう。

 

祝 福

共に、神様の祝福を受けましょう。

派 遣

兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧告します。皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。(コリントの信徒への手紙一1:10より)

祝 福

願わくは主があなたがたを祝福し、あなたがたを守られるように。願わくは主がみ顔をもって/あなたがたを照らし、あなたがたを恵まれるように。願わくは主がみ顔をあなたに向け、あなたに平安を賜るように。アーメン。(民数記6:24〜26参照)

 

報 告

本日も配信を通して、日曜礼拝にご参加くださり感謝致します。先週の日曜礼拝は、ライブ配信の奉仕者5名、同時に視聴された31名、計34名が参加されました。後から配信や原稿を見て、祈りを合わせてくださった方も感謝いたします。

 

来週も配信等による在宅礼拝を行います。会衆が集まる礼拝の再開は2週間毎に検討し、決定次第、教会員への連絡網とホームページ等でお伝えします。また日曜日まで、皆さん一人一人に神様の平和がありますように。