聖書研究祈祷会 2024年10月2日
案 内
華陽教会では、讃美歌委員会の著作物使用許諾を得て、聖書研究祈祷会を配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、聖書の言葉を味わいましょう。
讃美歌
讃美歌21の504番「主よ、み手もて」を歌いしょう。最後の「アーメン」はつけずに歌います。
お祈り
ひと言お祈りをします。共に心を合わせましょう。
◆平和の源である神様。今日もまた、あなたによって守られて、聖書研究祈祷会を始めることができ、感謝致します。どうか今、ここに集まった人たちと、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を求めている人を導いてください。
◆私たちの神様。先日の日曜日は、前奏から後奏まで、一つ一つの要素を確認しながら恵みを味わうオープン礼拝を行った後、午後から礼拝研修会を開くことができました。どうか今、これらの学びが用いられ、華陽教会の礼拝が、ますます豊かになりますように。
◆私たちの神様。身内が怪我してしまった人、病気になってしまった人、だんだん衰えている人に、あなたの慰めがありますように。どうか今、それぞれの関係が支えられ、癒しと希望が新しくもたらされますように。
◆私たちの神様。先週から、オルガンの調子が悪くなり、なるべく早めに、修理が必要な自体となりました。どうか今、急遽、弾き方を変えたり、ピアノでご奉仕くださるそう学者の方々に、あなたの励ましがありますように。無事に、オルガンが直りますように。
◆一人一人を新たにされる、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
聖書朗読
聖書の言葉を聞きましょう。テモテへの手紙二1:15~2:7の新共同訳と聖書協会共同訳を朗読します。
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*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。 |

メッセージ
テモテへの手紙は、2世紀から3世紀頃に書かれた手紙と言われていますが、2世代、3世代前のパウロが生きていた頃に、教会の中でどのようなことが起こったか、弟子たちの手によって記されています。「あなたも知っているように、アジア州の人々は皆、わたしから離れ去りました。その中にはフィゲロとヘルモゲネスがいます」
けっこう具体的な名前が出てきましたね。フィゲロについては不明ですが、ヘルモゲネスは、200年頃に記された『パウロとテクラの行伝』という書物に出てきます。どうやらパウロの味方だった人が、最も困難な時期に裏切ってしまった出来事が背景になっているようです。
手紙の4章には、パウロが敵に捕まって、裁判にかけられてしまったとき、アジア州のキリスト者が、誰も助けてくれなかったことも言及されています。初代教会のキリスト者は、信仰に熱く、持ち物を共有し、裕福な者も貧しい者も、助け合っていたことが、使徒言行録2章に出てきますが、その状態は、長く続かなかったようです。
ヘブライ語を話すユダヤ人と、ギリシア語を話すユダヤ人の間で、日々の分配に格差がつけられ、ユダヤ人と異邦人の間で、生活スタイルの押し付けが起こり、それらを解消しようとしたパウロにも、怒りやヘイトが向けられました。エルサレムの使徒会議で、異邦人に対し、ユダヤ人の食物規定や、細かな掟を強制するのは止めましょうと決めたのに、地方の教会では、なかなかそれらの指導が受け入れられませんでした。
そのせいか、パウロやパウロが派遣した宣教者の指導をまともに聞かず、教師としてふさわしいか、自分たちの価値観で判断し、品定めするような会衆が、それぞれの教会にいたようです。もちろん、教師の言うことを鵜呑みにするのは間違っていますが、あからさまな好みや主観で教師を値踏みし、態度を変えるのも間違っています。
中には、教師の言うことを蔑ろにし、適切な手順を踏まないで、教会の方針を決定したり、誰かを勝手に要職につける人たちもいたのでしょう。テモテへの手紙一に出てきた、監督や奉仕者の資格についての言及は、選挙や重要な方針が、何かに基づいてではなく、声の大きい人によって、好き勝手決められる傾向があったからかもしれません。
そんな中、テモテへの手紙ニの文書には、会衆に対し、「キリスト・イエスの立派な兵士として、わたしと共に苦しみを忍びなさい」というパウロの言葉が、再び弟子たちによって記されます。優しく、穏やかで、平和なイメージのあるイエス様が、「兵士」という言葉と並んでいるのを目にすると、ちょっと抵抗を覚えるかもしれません。
けれども、フィリピの信徒への手紙や、フィレモンへの手紙など、パウロ自身が書いたとされる手紙には、同労者を「兵士」にたとえる表現が、好んで用いられています。兵士と言えば、それらの集まった「軍隊」が想起されるので、宗教団体でこの表現を使うのはあまり勧められません。
実際、自分が派遣する弟子たちや、教会の会衆に向けて「立派な兵士」のようになることを求めている発言は、武装する宗教カルトを思い起こさせ、ちょっと怯んでしまいますよね? もちろん、ここで言われている「キリスト・イエスの立派な兵士」というのは、物理的に武装したり、リーダーや団体にたてつくものを仕留めようとする兵士のことではありません。
信仰の戦いを立派に戦い抜くという意味での「兵士」であって、人間同士の争いを武力で解決することを「善」とした表現ではないんです。また、「兵役に服する者」「競技に参加する者」「農夫」という表現と、一緒に並んでいるように、「それぞれの務めや働きに対し。正当な報酬が与えられるべき同労者」という点が強調された表現です。
おそらく、2世紀から3世紀頃は、まだ、教会専従者に対する「謝儀」や「手当て」といった報酬制度が整ってはいませんでした。自分たちの気に入らない教師に対しては報酬を与えず、言うことを聞いてくれる教師に対しては報酬を出す……という不健全な運営が各地の教会で見られたんでしょう。
そのため、それぞれの教会に派遣される指導者、教師、宣教者は、命をかけてキリストに従う同労者であり、自分たちの好みや主観で彼らを値踏みし、蔑ろにすることは、非常に不誠実な態度であると、伝えたかったんだと思います。実は、教師の報酬に関する記述は、パウロの手紙に度々出てくる話題であり、非常に難しい問題でした。
悪戯に「隠された教えを与える」と言って、不当な報酬を得ようとする指導者が出てくる一方、会衆の好みや無関心で、正当な報酬が得られない指導者もおり、金銭に関しては初期の頃から色んな課題がありました。ある注解書には「金銭に関して無関心なように見えて、実は無責任なのが最も悪い」と書かれており、本当にそうだなと思わされます。
キリスト教会は、形式的な掟の遵守に支配され、神への愛と人への愛を蔑ろにしていた反省から、律法を字義通り形式的に守ろうとする態度から解放することを目指しました。一方で、律法をはじめとする様々な掟に従うこと、適切な手順や手続きに従うことを拒否する態度も現れ始め、極端な傾向が何度も発生していました。
その一つ一つに対処するため、パウロや彼の弟子たちは、教会で出てきた問題を、正直に、伏せずに、隠さずに手紙にしたため、後世の私たちへ注意と励ましを送りました。今私たちが直面する教会の課題も、恥ずかしいものとして見ないように、考えないようにするのではなく、彼らにならって、誠実に向き合っていきたいと思います。
とりなし
共に、神様から与えられたとりなしの務めを果たしましょう。本日は『信徒の友』の「日毎の糧」で紹介されている香川県坂出市の坂出大浜教会のために、岐阜地区の教会のために、在日大韓基督教会のために、フィリピン合同教会のために、祈りを合わせましょう。
◆神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、私たちがささげる祈りをお聞きください。
◆香川県坂出市の坂出大浜教会のために祈りましょう。何役もこなしておられる、役員の方々に、あなたの助けがありますように。教会員の中から新しい働き手が与えられ、互いに支え合うことができますように。
◆岐阜地区の教会のために祈りましょう。来週行われる岐阜地区合同礼拝で、それぞれの会衆と顔を合わせて、交流を深めることができますように。各々の教会が持つ課題と一緒に向き合っていくことができますように。
◆在日大韓基督教会のために祈りましょう。日本基督教団との宣教協約40周年を迎えた在日大韓基督教会に、これからも豊かな導きがありますように。岐阜地区をはじめ、全国の諸教会で、ますます豊かな宣教協力ができますように。
◆フィリピン合同教会のために祈りましょう。岐阜地区で2箇所に分かれて礼拝を行っているUCCP-Jの方々に、あなたの慈しみがありますように。日本での信仰と生活が支えられ、在日・滞日フィリピン人への牧会が、より豊かにされていきますように。
◆今も生きておられ、私たちをとりなしてくださる方、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
讃美歌
オンライン賛美歌2番「あなたの内なる人を」(©️柳本和良)を歌います。

主の祈り
共に、イエス様が弟子たちに教えられた最も基本的な祈りを祈りましょう。讃美歌21の93-5Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の4頁にも掲載しています。主の祈り……

報 告
本日も教会に集まって、また配信を通して、聖書研究祈祷会にご参加くださり、感謝致します。配信終了後、時間のある方は午後2時半まで、聖研の質問や感想、キリスト教について気になっていることなど自由に聞ける第二部「分かち合い」の時を開きます。
よかったらぜひ、ご参加ください。来週の水曜日は『キリストを否むなら』と題して、テモテへの手紙二2:8~13のお話しをします。申し訳ないのですが、来週は諸事情のため、30分早く、13時から開始させていただき、13時半で終了させていただきます。
来週のみ、13時半ではなく13時開始で30分早く終わりますので、ご迷惑かけますがよろしくお願いします。それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に、神様の平和がありますように。