ペンテコステ礼拝 2025年6月8日
説 明
教会にお集まりの皆さん、おはようございます。オンラインで配信を見ている方も、おはようございます。まもなく、10:30から礼拝が始まります。礼拝の最中は、携帯をマナーモードにしていただき、後から来た人も座れるように、席の譲り合いをお願いします。
礼拝の中で、立ち上がって賛美歌を歌うところや、立ち上がって祈りを合わせるところもありますが、体が不自由な方やお疲れの方は、座ったままで大丈夫です。賛美歌、聖書、交読文は、備え付けの籠からお使いください。それでは、もうしばらくお待ちください。
案 内
華陽教会では、讃美歌委員会と日本聖書協会の著作物使用許諾を得て、日曜日の礼拝を配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、神の招きにあずかりましょう。
前 奏
(*奏楽者は牧師の案内のあと、前奏を弾き始めます。司式者は前奏の終わり頃に講壇へ立ち、会衆を招く準備をします。招詞の聖書箇所は読み上げる必要はありません。網かけ部分は司会が読むところ、四角部分は会衆が立つところです。(かっこ)は会衆の様子を見て省けるときは省きます。)
招 詞
希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。(ローマの信徒への手紙5:5)
讃美歌
讃美歌二編26番「ちいさなかごに」を歌いましょう。最後のアーメンは、つけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)
お祈り
ご着席ください。共に祈りを合わせましょう。
◆聖霊の送り主である、私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の礼拝に集まることができ、感謝致します。どうか今、初めて来た人、久々に来た人、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。
◆私たちの神様。今日は、イエス様の弟子たちが、天から聖霊を受けて、教会の宣教の業が始まったことを記念する、ペンテコステの礼拝です。どうか今、ここに連なる一人一人も、あなたからの聖霊を豊かに受けて、新しく生きていくことができますように。
◆私たちの神様。今日は、礼拝の中で木村恵子さんの洗礼式を行います。どうか今、新しく信徒の群れに迎えられる姉妹に、あなたの祝福が豊かにありますように。そして、共に祈りを合わせる私たちも、一緒に新しくされていきますように。
◆私たちの神様。洗礼を受けようか迷っている人、洗礼の準備をしている人、これから、新しく出会う人たちにも、あなたの恵みがありますように。どうか今、私たちの思いと、言葉と、行いを通して、新しく神様と出会えるように、互いに遣わし、用いてください。
◆全ての者を新たにされる、イエス・キリストのお名前によって、祈ります。アーメン。
聖 書
聖書の言葉を聞きましょう。使徒言行録2:1〜11の新共同訳を朗読します。会衆席にある新約聖書214頁です。
同じく、ルカによる福音書24:44〜53の聖書協会共同訳を朗読します。新しい翻訳の210頁です。お持ちでない方は、新共同訳と読み比べながらお聞きください。
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*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。 |
交読文
詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編51:12〜19、新共同訳交読詩編の60頁です。
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『交読詩編』か『讃美歌21』の後ろの方をご覧ください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。(また、Aのところは牧師が、Bのところは会衆がお読みください。ご着席のままで大丈夫です。) |
讃美歌
讃美歌21の68番「愛するイェスよ」を歌いましょう。最後のアーメンは、つけて歌います。(差し支えない方はお立ちください)

メッセージ
今日は、イエス様の弟子たちが天から聖霊を受けて、他国の言葉で話し出し、世界中へキリストの教えと業を宣べ伝えるようになった「教会の誕生」を記念する、ペンテコステの日曜日です。過越祭にイエス様が十字架につけられ、3日目に復活してから50日目の出来事だったので「50」を表すペンテコステという名が冠されるようになりました。
この日、弟子たちは、復活したイエス様が天に昇ってから10日目を迎えていました。イエス様は、天に昇って見えなくなる前、40日にわたって弟子たちに現れ、「神の国」「天の国」について話されました。そして、食事を共にしているとき、「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい」と言われていました。
イエス様の父、神様が約束されたものとは、天から送られる聖霊のことでした。これまで、人々は聖なる神に受け入れられ、神の国に迎えられるために、頭から水をかぶって、罪を洗い浄めてもらう「悔い改めのバプテスマ」を受けていました。そして、かつての洗礼(バプテスマ)は、罪を洗い浄めるために、何度も授けてもらうことがありました。
一度や二度、水で洗い流したくらいでは浄められた気がしない……このままの自分では聖なる神様に受け入れてもらえない……そんな不安から、現代でも、既に洗礼を受けた人が「もう一度、洗礼を受けさせてもらえないか?」と頼みにくることがときどきあります。しかし、現代における洗礼は、一度受けても汚れが残り、何度も洗い流さなければならないような、そういう位置付けではありません。
弟子たちに対し、「父の約束されたものを待ちなさい」と言われたイエス様が、「ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によるバプテスマを受けるからである」と言ったように、現代の洗礼(バプテスマ)は、聖霊の炎によって、新しく生きる力を与えられ、罪の浄めを受け続ける、スタートでもあるからです。
イエス様から、聖霊を待つよう命じられた弟子たちは、同じ場所に集まって、一つになって祈っていました。本来、五旬祭は「七週の祭り」「刈り入れの祭り」とも言われるように、神様の恵みに感謝して、収穫したものをおささげするお祝いの日で、家の中に閉じこもっているような日ではありません。
けれども、死んだと思っていたイエス様が復活し、これからも一緒に過ごせると喜んでいた弟子たちは、10日前に、イエス様が天へ昇って姿を消してしまってから、再び、家の中に閉じこもってしまいました。
ルカによる福音書の最後の方では、イエス様が自分たちを祝福しながら天へ昇っていくのを見て、弟子たちは大喜びでエルサレムに戻り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた……と書かれていますが、使徒言行録ではもう、その面影は見えません。復活したイエス様が姿を消して、再びユダヤ人に狙われていることを思い出し、敵陣のど真ん中で神を賛美するような、無防備な行動ができなくなったのかもしれません。
そんな中、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から起こり、彼らが座っていた家中に響きました。まるで、敵の襲撃を受けたような物音です。さらに、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、弟子たち一人一人の上にとどまりました。激しい風と轟音と共に、頭上に現れる炎の描写は、まさに、爆撃を受けているような光景でした。
ところが、風と炎と爆音がもたらしたのは、弟子たちの命を奪う力ではありませんでした。彼らは聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、突然、他国の言葉で話し出します。ガリラヤの漁師や羊飼いに過ぎなかった彼らが、学んだことのない他国の言葉を話し出すという光景は、非常に不思議なものでした。
すると、この物音に驚いた大勢の人々が集まってきて、弟子たちの様子を目にします。どうやら、家の中にいたはずの弟子たちは、聖霊を受けると同時に外へ出たのか、あるいは、彼らの家の壁が崩れて、中が見えるようになったのか、集まってきた人々に向かってそれぞれの故郷の言葉で語りかけます。
このとき、エルサレムには天下のあらゆる国出身の信仰のあつい人々が住んでいました。おそらく、ディアスポラ(離散の民)と呼ばれるユダヤ人で、かつて、外国の捕虜として他国に連れて行かれたユダヤ人の子孫が、数世代かけて先祖の国イスラエルに戻ってきて、神殿のある首都エルサレムに移り住んだんでしょう。
それだけの財力と能力のある人たち……当然、その地方の共用語であったアラム語やギリシア語も話せたはずです。実は、あらゆる国出身の人々と言っても、もともと弟子たちが話しているアラム語を理解できないわけではありませんでした。わざわざ、彼らの故郷の言葉で話さなくても、弟子たちの言葉は、最初から彼らに通じていたんです。
だからこそ、天下のあらゆる国から移り住んできた人々は、なぜこの街で、自分たちの故郷の言葉が語られるのか不思議がります。信心深いユダヤ人にとって、外国で捕虜となったユダヤ人の子孫である自分たちの使う他国の言葉は、かつてイスラエルを滅ぼした国の言葉です。本当の神を信じない、異教の神を崇めている、敵対する人々の言葉です。
外国で生まれ、外国で育ち、数世代かけて、エルサレムまで戻ってきたディアスポラのユダヤ人には、生まれ故郷の懐かしい言葉ですが、外国へ捕虜として連れて行かれず、先祖代々、イスラエルで生活してきたユダヤ人にとっては、聞きたくもない、敵国の汚れた言葉に聞こえたでしょう。
それを、聖霊を受けた弟子たちが話している……忌み嫌われてきた、自分たちの故郷の言葉で、自分たちに話している。その内容は、イエス様が天に昇っていく前に、40日にわたって語られた「神の国」「天の国」についての教えでしょう。神の霊を受けた人が、神に背いた敵の言葉で、救いについて語っている。
もはや、彼らの故郷の言葉を使うことは、彼らの故郷の人々と関わることは、汚れることでも、忌み嫌われることでもないかのように……そう、この出来事は非常に不可解な話です。神の国について聞くために、一つの言葉、一つの言語を皆が理解するようになる、という話ではありません。皆がバラバラの言葉で、神の国について聞くんです。
アラム語が、ギリシャ語が、共用語が通じる相手に、もともと彼らが使っていた故郷の言葉で、聖霊は救いについて聞かせます。バラバラだった者たちが一つになるため、一致するために、無理やり、同じ言葉を聞かせたり、同じ言葉を語らせたりするのではありません。神様が約束された聖霊は、バラバラのまま、集まっている人々を一つにします。
華陽教会に迎えられた人たちもバラバラです。皆が同じように聖書を理解しているわけではありません。皆が同じように信仰生活を送っているわけでもありません。馴染みのある使徒信条の訳が違う人もいます。前にいた教会と賛美歌のテンポが違う人もいます。お祈りの癖もみんな違います。周りとの違いに、自分はこの教会にふさわしくないのかもしれない……と悩む人もいるでしょう。
みんなと同じように理解しなければ、みんなと同じように奉仕しなければ、みんなと同じように活動しなければ……そのように焦る人だっているでしょう。しかし、違っていいんです。そもそも、同じに見えているディアスポラのユダヤ人だって、みんな違う国、違う言葉で育ったように、あなたの周りにいる信仰者も、違う背景を持ち、違う育ち方をしています。
この群れに、あなたが加えられたことは、この群れをさらに豊かにする、神様の恵みに他なりません。聖霊を受けたあなた自身が、この教会にもたらされた風であり、炎であり、力です。私たちは互いに違う言葉で語り合い、違う経験を分かち合い、違う感覚を共有します。ここに必要とされ、ここに遣わされたあなたを迎えて、私たち教会は新しくされていきます。
驚き怪しむ人々が、喜びを分かち合うように、恐れ戸惑う人々が、神をほめたたえるように、新しく変えられた日を思い起こし、あなたも共に出発しましょう。主は言われます。「父がわたしを世にお遣わしになったように、わたしもあなたがたを世に遣わす」と……「平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え、救いを告げよ」アーメン。
讃美歌
オンライン賛美歌36番「さまよい出たこどもを」(©️柳本和良)を歌います。(差し支えない方はお立ちください)

洗礼式[1]
ご着席ください。ただ今より、洗礼式を行います。共に、洗礼の意味を確認しましょう。
序 詞
主イエス・キリストは、その全生涯、とりわけ死と復活によって人類の救いを成就され、この救いに、信じるすべての人をあずからせるために洗礼を制定されました。洗礼によって、神はわたしたちに聖霊の証印を押して、ご自分の民としてくださいます。また、死んでよみがえられたイエス・キリストに結び合わせ、罪と死から解放してくださいます。さらに、水と霊とによって新たに生まれ変わらせ、キリストのからだである教会の一員としてくださいます。こうして、わたしたちはキリストの宣教のみわざを受け継ぐ者とされるのです。洗礼を受ける者は、神と教会の前に信仰を告白し、教会の一員として誠実に生きることを約束します。また、先に洗礼を受けた者も、信仰の告白を新たにしましょう。
制定語
主イエス・キリストの制定の言葉を聞きましょう。
主は復活の後に弟子たちに命じて言われました。
「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:18〜20)
また、聖書で次のように言われています。
「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」(使徒言行録2:38〜39)
教会は、今、この御言葉にしたがい、神の招きを受けた方に洗礼を施します。役員の代表の方は、洗礼志願者の紹介をお願いします。
志願者の紹介
(*役員代表が受洗志願者を紹介する)
教会の役員会は、洗礼を願い出られた○○さんについて、そのこころざしを確かめ、このかたに洗礼を授けることに何の妨げもないと判断いたしました。
誓 約
ただ今より、洗礼を執り行います。受洗志願者の方は、こちらへお進みください。
(*洗礼盤の前へ洗礼志願者を案内する)
○○さん、あなたがたが洗礼を受けるに当たり、次の問いに答えてください。
<新生の約束>
司式者:あなた(がた)は、これまでの罪の道から離れ、洗礼を通して、この世を支配する悪の力を退けることを望みますか?
志願者:望みます。
司式者:あなた(がた)は、イエス・キリストを自分の主また救い主として受け入れ、その恵みと愛に依り頼むことを約束しますか?
志願者:約束します。
司式者:あなた(がた)は、キリストの忠実な弟子となって、その御言葉にしたがい、生涯キリストの愛の証人になることをこころざしますか?
志願者:神の助けによってこころざします。
<信仰告白と教会員としての約束>
司式者:あなた(がた)は、日本基督教団信仰告白を告白しますか?
志願者:告白します。
司式者:あなた(がた)は、聖餐を重んじて誠実にこれにあずかり、日本基督教団の教憲・教規にしたがい、この教会の会員として忠実にその責務を果たすことを約束しますか?
志願者:約束します。
<日本基督教団信仰告白>
一同で『日本基督教団信仰告白』を告白しましょう。オンライン賛美歌の後ろの方の2頁をご覧ください。差し支えない方は、お立ちください。
【文語訳】

【口語訳】

<使徒信条>

感謝聖別祷
ご着席ください。共に祈りを合わせましょう。
天地の造り主、全能の神よ。創造の初めに、あなたの霊は水のおもてを覆い、混沌の中から命と秩序を生み出してくださいました。ノアの時には、あなたは水によって悪を滅ぼし、水を経て救われた人々に、新しい始まりをもたらしてくださいました。イスラエルを奴隷の地から解放された時も、あなたはイスラエルを水の中を通して、約束の地へ導き出してくださいました。これらの出来事は洗礼の恵みをあらわすしるしでした。あなたの力ある働きを賛美いたします。
また、主イエスはヨルダン川の水で、ヨハネから洗礼を受け、あなたの霊の注ぎをお受けになりました。さらに主はご自身の死と復活という洗礼によって、罪と死からわたしたちを解き放ち、永遠の命の道を開いてくださいました。
神よ、今ここに洗礼の水を備えてくださったことを感謝いたします。この水の中で、洗礼を受ける者がキリストと共に死に、キリストと共に葬られ、この水の中から起き上がって、キリストと共によみがえりますように。
この洗礼の水の上にあなたの霊を送ってください。聖霊の力によって、この水が受洗者の救いと再生のみなもととなりますように。この水によって清められるすべての者に、罪の赦しを与えてください。そして、新しい命によみがえらせ、キリストのからだに結び合わせてください。ただひとりの神、父と子と聖霊に、賛美と誉れと栄光が今もとこしえまでもありますように。
一 同:アーメン。
洗 礼
受洗志願者の方は、ここへひざまずいてください。
○○さん、わたしは、
父と(水を注ぐ)
子と(水を注ぐ)
聖霊の(水を注ぐ)御名によって、あなたに洗礼を授けます。
按 手
華陽教会から、一緒に手を置いていただける方は、前へお越しください。
(教会員2名に、受洗者の肩へ手を置いてもらう)
(受洗者の頭に手を置く)
主よ、この(姉妹)に聖霊を満たし、知恵と識別、思慮と勇気、神を知り、畏れ敬う心をお与えください。今もとこしえまでも。(イザヤ11:2〜3)
会衆の参与
司式者:教会員の皆さんは、お立ちください。会衆の皆さんにも「約束しますか?」と尋ねるので、「約束します」と答えてください。
司式者:今、この(姉妹)は、洗礼を受けて、わたしたちの群れに加えられました。あなたがたはこの(姉妹)を、祈りによって支え、愛をもってその信仰の成長を助けることを約束しますか?
教会員:約束します。
司式者:あなたがたも、自分自身の洗礼の恵みを思い起こし、このとき言い表した信仰とこころざしを新たにしてください。キリストにおいて、あなたがたが共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなりますように。(エフェソ2:22)
一 同:アーメン。
紹 介
どうぞ、会衆の方をお向きください。新しく、華陽教会に迎えられた○○さんです。これから共に信仰生活を支え合う仲間として歓迎致します。○○さんの信仰生活が、これからも神に支えられ、導かれるよう、会衆一同で祈りを合わせ、共に愛餐にあずかりましょう。どうぞ、席へお戻りください。
主の祈り
イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5A。オンライン讃美歌の後ろの方の4頁をご覧ください。差し支えない方は、お立ちください。

聖 餐[2]
御着席ください。ただいまより、聖餐式を始めます。パンとグラスを取る際は、自分の手で触れたものだけを手に取って、他の人の分は触らないようにお願いします。
讃美歌
最初に、讃美歌21の81番「主の食卓を囲み」1節を歌いましょう。(ご着席いただいたままで大丈夫です)
主の食卓への招き
ようこそいらっしゃいました。今から神の民の祝宴が開かれます。主は言われました。「やがて人々は東から西から、北から南から来て、神の国で共に食卓に着く」
また、食事の席で、主は約束されました。「前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によるバプテスマを授けられる」
主は、弱っている者を励まし、閉じこもっている者を力づけ、ご自分が用意された祝宴にあずからせてくださいます。この方を信じ、その信仰を公に告白した方は、進んでこの食事にあずかりましょう。また、信仰を告白していない者、共に集った兄弟姉妹も、キリストのとりなしと祝福を受けましょう。
感謝と聖別の祈り
世界の創造者、また統治者である神よ、あなたはご自分にかたどって私たちを造り、あなたを愛し、あなたに仕え、全被造物と平和のうちに生きるために、この世界に住まわせられました。私たちがあなたに逆らい、信頼と服従を拒んだ時にも、あなたは私たちをお見捨てにならず、ご自分のものと呼んでくださいました。あなたは私たちを、ご自分の道に立ち返らせるため、御子イエス・キリストを世に遣わしてくださいました。
主イエスは、罪人と共に食事をし、その生き方を新たにし、信じない者を信じる者に、滅ぶべき者が永遠の命にあずかるために、十字架にかかってくださいました。そして、死という絶対的な隔たりを超えて、ご自分を見捨てた者たちに現れ、「あなたがたに平和があるように」と宣言してくださいました。
私たちの神よ、どうか、今ここにあるパンと杯を受け入れ、御言葉と聖霊によって、聖なるものとしてください。そして、これによって、御子イエス・キリストの尊い体と血にあずからせてください。これにあずかる者たちが、皆キリストの体と一つになり、永遠の命を受け継ぐことができますように。アーメン。
陪 餐
ただいまより、パンとぶどう液を配ります。誰でも洗礼を受けて信仰を告白し、この食事にあずかることができます。洗礼式はキリスト者になるための式で、この聖餐式はキリスト者であり続けるための式です。ですから、この食事には洗礼を受け、信仰を告白してからあずかることをお勧めします。
まだ、洗礼を受けておらず、信仰を告白していない方は、恐れ入りますが、しばらくお待ちください。皆さんの信仰の自由と、その決断とを尊重させていただきます。なお、洗礼を受けて信仰を告白した方は、進んでこの聖餐にあずかり、パンと杯を受けない方へ、神様の祝福と平和を祈りましょう。(*配餐者は手指の消毒をしてパンと杯を配る)
オンライン賛美歌の後ろをめくった「陪餐」のところをご覧ください。パンと杯を共に受けつつ、ここへ招かれた人のために、神の祝福を祈りましょう。
(パンを手に取る)
これは、あなたがたのために与えられた主イエス・キリストの体です。あなたのために主が命をささげられたことを覚え、感謝をもってこれを受け、御子イエス・キリストとの交わりにあずかりましょう。
パンを手にしている方は、パンを受け取っていない方へ、神様の祝福を祈りましょう。
「あなたの手が、キリストの愛と平和で満たされますように」
「アーメン」
食べなさない。あなたがキリストから受けて、あなたから分けられるように。
(杯を手に取る)
これは、あなたがたのために流された主イエス・キリストの血潮です。あなたのために主が血を流されたことを覚え、感謝をもってこれを受け、御子イエス・キリストとの交わりにあずかりましょう。
杯を手にしている方は、杯を受け取っていない方へ、神様の祝福を祈りましょう。
「あなたの手が、キリストの愛と祝福で満たされますように」
「アーメン」
飲みなさい。あなたがキリストから受けて、あなたから溢れ出るように。
陪餐後の感謝
共に、感謝の祈りをささげましょう。
愛と憐れみの主である全能の神よ、今日この場に、若者も年長者も、信仰を告白した者も告白していない者も、共にあなたが招いてくださったことを感謝致します。あなたは今、御子イエス・キリストの尊い体と血によって、私たちを養い、この場に連なる全ての者を結び合わせてくださいました。
あなたはこれによって、私たちに対する愛と恵みを示し、私たちがキリストの体の手足であること、神の国を受け継ぐ者であることを確かにしてくださいました。今、イエス・キリストを通して、自分の体を生きた聖なる供え物として献げます。どうか聖霊を注いで、私たちをこの世に遣わし、あなたが求めていることを行わせてください。主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
讃美歌
ご着席のまま、讃美歌81番の2節、3節を歌いましょう。
以上で、聖餐式を終わります。
献 金
感謝の献げ物として献金をします。クリアファイルに挟まれた封筒をご利用ください。献金に、金額に定めはありません。持ち合わせのない方は、空のまま封筒をお入れください。
献金の祈り(例)
憐れみ深い神様。私たちの生活の一部をおささげします。どうか、これらの献金を、困っている人のため、信仰生活を支えるため、教会の働きを続けるために用いてください。人と人との間におられる、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
讃美歌
献金の讃美歌512番「主よ、献げます」1節を歌いましょう。
讃美歌
讃美歌21の92番「主よ、わたしたちの主よ」を歌いましょう。
祝 福
共に、神様の祝福を受けましょう。
派 遣
だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイによる福音書28:19〜20)
祝 福
主があなた(がた)を祝福し、あなた(がた)を守られるように。主が御顔を向けてあなた(がた)を照らし/あなた(がた)に恵みを与えられるように。主が御顔をあなたに向けて/あなたに平安を賜るように。(民数記6:24〜26)
報 告
本日も教会に集まって、また配信を通して礼拝にご参加くださり、ありがとうございます。先週の日曜礼拝は、教会に集まった24名、同時に視聴された11名、計35名が参加されました。後から動画や原稿を通して祈りを合わせてくださった方も感謝致します。
礼拝後、受洗者の歓迎とペンテコステのお祝いをする祝会ランチを予定しています。時間のある方はぜひ、ご参加ください。
来週の日曜日は、『前もって選ばれた?』と題して、エフェソの信徒への手紙1:3〜14のお話をする予定です。次回もまた、祈りを合わせてご参加ください。それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に、神様の平和がありますように。
[1] 以下、「洗礼式」の式文は、日本基督教団信仰職制委員会 編『日本基督教団 式文(試用版Ⅱ)』日本キリスト教団出版局、2009、2015を参照し、一部手を加えて載せています。
[2] 以下、「聖餐式」の式文は、日本基督教団信仰職制委員会 編『日本基督教団 式文(試用版Ⅰ)』日本キリスト教団出版局、2006、2010を参照し、大きく手を加えたものを載せています。