聖書研究祈祷会 2025年7月16日
案 内
華陽教会では、讃美歌委員会と日本聖書協会の著作物使用許諾を得て、聖書研究祈祷会を配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、聖書の言葉を味わいましょう。
讃美歌
讃美歌21の503番「ひかりにいます主」を歌いしょう。最後の「アーメン」はつけずに歌います。
お祈り
ひと言お祈りをします。共に心を合わせましょう。
◆いつも一緒に居てくださる神様。今日もまた、あなたによって守られて、聖書研究祈祷会を始めることができ、感謝致します。どうか今、ここに集まった人たちと、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を求めている人に、祝福がありますように。
◆私たちの神様。先日の日曜日は、岐阜地区の交換講壇で、各教会の信徒・牧師と交流の時を持つことができました。どうか今、それぞれの教会の課題と痛み、発見と喜びを共有し、互いに支え合って、豊かな宣教を展開していくことができますように。
◆私たちの神様。聖書研究祈祷会や、日曜礼拝に来ることを願いながら、病気や怪我、治療やリハビリ、仕事や介護など、様々な事情で来られない人たちに、あなたの慈しみがありますように。どうか今、新たな機会と良い環境を整えさせてください。
◆私たちの神様。今度の土曜日には、芽含幼稚園の卒園生と華陽教会の教会学校の子どもたちの同窓会&夏祭りが開かれます。どうか今、久しぶりに会う子どもたちと暖かい時間が持てるように、私たちの準備を導いてください。
◆全ての者を新たにされる、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
聖書朗読
聖書の言葉を聞きましょう。創世記 6:11~22の新共同訳を朗読します。会衆席にある新約聖書8頁です。
同じく、創世記 6:11~22の聖書協会共同訳を朗読します。新しい翻訳の新約聖書8頁です。お持ちでない方は、新共同訳と読み比べながらお聞きください。
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*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。 |

メッセージ
今年度の聖書研究祈祷会は「信仰継承を考える」という華陽教会の年間主題に沿って、「カルトの教えとキリスト教」というテーマで聖書を読むときの注意点について共有しています。今回は「従わないと裁かれる?」というトピックについて、洪水による裁きが出てくる、創世記 6:11~22に焦点を当てて、話していこうと思います。
ノアの洪水は、聖書の中でも有名な話で、キリスト教徒でない人にもよく知られている話です。世界が造られて間もない頃、地上に人が増え始め、人の悪がはびこるようになったのを見て、神様が人間を造ったことを後悔した話が出てきます。ご存知のとおり、神様は地上の悪を一掃するため、洪水で全てを洗い流し、全生物を滅ぼすことにされました。
しかし、ノアだけは神の前に正しい人と認められ、箱舟を造って、家族と共に洪水から生き延びるよう命じられます。こうして、ノアは言われたとおり箱舟を造り、自分の家族と全ての生き物を2匹ずつ、雄と雌を乗せて、洪水による裁きを免れることができました。このエピソードから「信じて従う者は救われ、信じないで従わなかった者は裁かれる」というメッセージが語られることは、キリスト教会の中でも珍しいことではありません。
ただし、キリスト教系の破壊的カルトでは、これに加えて、どういう行為が罪とされ、厳しく裁かれてしまうのか、独特な聖書解釈で細かく教え、信者を恐怖でコントロールしようとしてきます。たとえば、アダムとエバが神様との約束を破って、「取って食べるな」と言われた木の実を食べた罪は、「原罪」という人類最初の罪として有名です。
しかし、一部の破壊的カルトでは、この罪を、単に神様との約束を破った罪ではなく、「結婚してない相手と性行為を持ったこと」と解釈し、神様に認められてない関係を持ってはダメだと強調し、「教祖や教団に認められた婚姻関係以外は罪になる」と教えるところが存在します。
信者以外と結婚すること、組織の監視を受けずに交際すること、誰かに恋愛感情を抱くことまで「重い罪」だと捉えられ、自由に人を好きになることがダメだと思わされます。そのようにして、婚姻関係を信者同士に限定し、信者以外の関係性を排除して、コンロールしやすくするんです。
けれども、アダムとエバが「取って食べるな」と言われた木の実を食べたエピソードを「2人が性的な関係を持ったことの比喩である」と捉える解釈や「エバがサタンと性的な関係を持ったことの比喩である」と捉える解釈は、現代では根拠不十分で無理がある解釈と言われています。
実際、旧約聖書で、性的な関係を示す表現として用いられるのは、人が人を「知る」という表現で、「食べる」という表現ではありません。アダムとエバが善悪の知識の木の実を食べたあと、自分たちが裸であることを知り、いちじくの葉で腰を覆ったというエピソードも、いきなり「性的な関係を持った比喩」として捉えるのは飛躍しています。
また、ノアの洪水の話では、創世記6章以下に、「神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした」という記述の後に、「地上に人の悪が増し」と出てきます。そのため、あるキリスト教系のカルトでは、「神の子」と書かれているのは「神様を信じる者たち」で、「人の娘」と書かれているのは「神様を信じない異邦人」と捉え、神様を信じる者が、神様を信じない者と勝手に結婚したことで、罪が増えたと教えます。
確かに、聖書の中で「神の子」という表現が「神を信じる者」という意味で使われていることはよくあります。しかし、「人の娘」が「神を信じない者」や「異邦人」という意味で使われていることは、思いつく限りありません。むしろ、「人の娘」という言葉は、神を信じる者にも、信じない者にも、イスラエルの民にも、異邦人にも、関係なく使われていると思います。したがって、この比喩の捉え方はかなり乱暴だと言えるでしょう。
しかし、「アダムとエバや、神を信じる者たちが、ふさわしくない性的な関係を持ったことで、人類全体に罪が遺伝するようになった」という解釈は、「神に選ばれた教祖から、性的な関係を持たれることは、先祖代々受け継がれてきた性的な罪が浄化され、清められることだ」という論理に結び付けられ、信者への性暴力の正当化に、利用されやすい教えになっています。
また、「教祖や教団が命じる相手、信者同士で結婚することこそ、人類全体の罪から脱け出す手段である」という論理にもつなげやすく、複数の破壊的カルトで使い回されている教えなんです。このように、教祖や教団が信者をコントロールし、虐待を正当化するために、「罪」の種類や段階を、細かく設定することが、色々なカルトで行われています。
ようするに、聖書に出てくる掟を使って、「教祖・教団の教えに従わないと裁かれる」という論理を作り出すため、様々な罪の設定を試みるわけです。そして、神様は自分が定めた法を守らない人間には、容赦無く裁きを下される……と強調し、「これも罪になる」「あれも罪になる」と様々なルールを刷り込みます。
実際には、聖書で禁じられているわけではないのに、酒を飲むことが禁じられたり、テレビを見たり、ゲームをすることが禁じられたり、組織を脱けた人や去った人と話をすることが禁じられたり、様々な掟が課せられます。それらを守っていると、外の社会で孤立していき、人間関係が制限され、組織に対する批判的なニュースに触れなくなって、どんどん組織以外の居場所が失われていってしまいます。
このように、「従わないと裁かれる」という教えの裏には、組織以外の居場所を失わせ、信者を自分たちに依存させる仕組みが隠れていることがあります。けれども、実際の神様は、神の民が孤立するようにではなく、異邦人(異なる信仰の人々)とも隣人となるように、社会と対話して異邦人の間へ広がっていくように、働きかけてこられました。
最後まで従わなかった弟子たちに見捨てられ、十字架にかかったイエス様も、復活して彼らと再会したとき、自分を知らないと言ったペトロを「わたしもあなたを知らない」とは言わず、「わたしに従いなさい」という言葉に応えるまで、呼びかけ続けていきました。神様は、「従わなければ裁かれる」というより、「従うようになるまで根気良く付き合い続ける」方なんです。
ですから、聖書の言葉を乱暴に扱って、歪んだ解釈で都合の良い教えを作り、信者をコントロールすることにならないよう、私たちも、憐れみ深い神様の姿勢を思い起こして、自分を正していきましょう。罪の概念や裁きを利用し、恐怖によって人を支配するカルトに陥らないように、丁寧に、聖書の言葉を受け取っていきましょう。
とりなし
共に、神様から与えられたとりなしの務めを果たしましょう。本日は『信徒の友』の「日毎の糧」で紹介されている大阪府八尾市の久宝教会のために、岐阜地区の諸教会のために、中部教区の諸教会のために、全国の諸教会のために、祈りを合わせましょう。
◆神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、私たちがささげる祈りをお聞きください。
◆大阪府八尾市の久宝教会のために祈ります。この教会の会衆、信徒、牧師が守られ、こども園の卒園児や、地域の方々が安心して暮らせるよう、世界の平和が実現されますように。戦争がなくなるようにという教会の祈りが叶えられますように。
◆岐阜地区の諸教会のために祈ります。田瀬、付知、坂下、蘇原、飛騨高山、中濃、各務原の教会と、在日大韓基督教会岐阜教会と大垣教会、フィリピン合同教会の働きが、これからも守られますように。互いの交流が導かれ、一緒に課題を解決できますように。
◆中部教区の諸教会のために祈ります。富山、石川、福井、岐阜、愛知西、愛知東、三重の7地区の教会が、互いに支え合っていけますように。特に、運営が厳しい小さな教会や伝道所に、あなたの助けが豊かにあって、共に伝道を続けていくことができますように。
◆全国の諸教会のために祈ります。日本基督教団をはじめ、各教派、各教団の教会と教会関連施設の働きが、誠実に、豊かに展開されますように。足りないものが満たされ、変えるべきものが変えられて、守るべきものを守っていくことができますように。
◆今も生きておられ、私たちをとりなしてくださる方、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
讃美歌
オンライン賛美歌24番「イェスは今日あなたを」(©️柳本和良)を歌います。

主の祈り
共に、イエス様が弟子たちに教えられた最も基本的な祈りを祈りましょう。讃美歌21の93-5Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の4頁にも掲載しています。主の祈り……

報 告
本日も教会に集まって、また配信を通して、聖書研究祈祷会にご参加くださり、ありがとうございます。配信終了後、時間のある方は午後2時半まで、聖研の質問や感想、キリスト教について気になっていることなど自由に聞ける第二部「分かち合い」の時を開きます。
よかったらぜひ、ご参加ください。来週の水曜日は、牧師の臨時休暇のためお休みです。次回の聖書研究祈祷会は、7月30日(水)に『救いの予定と人の努力』と題して、エフェソの信徒への手紙1:3〜12のお話しをします。
お間違えのないようご注意ください。それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に、神様の平和がありますように。