ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『人が見るようには見ない』サムエル記上16:1〜13

収穫感謝礼拝 2025年11月23日


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説 明

教会にお集まりの皆さん、おはようございます。オンラインで配信を見ている方も、おはようございます。まもなく、10:30から礼拝が始まります。礼拝の最中は、携帯をマナーモードにしていただき、後から来た人も座れるように、席の譲り合いをお願いします。

 

礼拝の中で、立ち上がって賛美歌を歌うところや、立ち上がって祈りを合わせるところもありますが、体が不自由な方やお疲れの方は、座ったままで大丈夫です。賛美歌、聖書、交読文は、備え付けの籠からお使いください。それでは、もうしばらくお待ちください。

 

案 内

華陽教会では、讃美歌委員会と日本聖書協会の著作物使用許諾を得て、日曜日の礼拝を配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、神の招きにあずかりましょう。

 

前 奏

(*奏楽者は牧師の案内のあと、前奏を弾き始めます。司式者は前奏の終わり頃に講壇へ立ち、会衆を招く準備をします。招詞の聖書箇所は読み上げる必要はありません。網かけ部分は司会が読むところ、四角部分は会衆が立つところです。(かっこ)は会衆の様子を見て省けるときは省きます。)

 

招 詞

イエスは彼らを見つめて言われた。「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ。」(マルコによる福音書10:27)

 

讃美歌

讃美歌二編172番「世界につげよ」を歌いましょう。最後のアーメンはつけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)

 

お祈り

ご着席ください。共に祈りを合わせましょう。

◆恵みの源である神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の礼拝に集まることができ、感謝致します。どうか今、初めて来た人、久々に来た人、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。

◆私たちの神様。今日は収穫感謝礼拝です。それぞれの家から持ち寄った、野菜や果物を講壇に飾り、あなたの恵みに感謝して賛美と祈りをささげます。どうか今、食べ物や着る者、住む場所や生活に困っている人たちと、共に恵みを分かち合うことができますように。

◆私たちの神様。戦争や貧困、事故や災害によって苦しめられている人へ、あなたの憐れみがありますように。どうか今、一刻も早く和解と平和、癒しと回復がもたらされ、新しい日々を歩むことができますように。

◆私たちの神様。明日、明後日には、岐阜地区の信徒大会が開かれます。それぞれの教会から歌や演奏を持ち寄って、あなたに賛美をささげます。どうか今、この交流が最初から最後まで導かれ、それぞれの課題を一緒に担い、支え合うことができますように。

◆一人一人を新たにされる、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖 書

聖書の言葉を聞きましょう。サムエル記上16:1〜13、会衆席にある旧約聖書453頁です。普段は、新共同訳と聖書協会共同訳を朗読していますが、今回は箇所が長いので、新共同訳のみ朗読します。

*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。

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交読文

詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編89:20〜30、新共同訳交読詩編の102頁です。

『交読詩編』か『讃美歌21』の後ろの方をご覧ください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。(また、Aのところは牧師が、Bのところは会衆がお読みください。ご着席のままで大丈夫です。)

 

讃美歌

讃美歌21の447番「神のみこころは」を歌いましょう。最後のアーメンはつけて歌います。(差し支えない方はお立ちください)

 

メッセージ

 今日は、収穫感謝礼拝です。毎年、この時期になると、それぞれの家庭から野菜や果物を持ち寄って、礼拝堂の前に飾り、神様から与えられた恵みに感謝し、賛美と祈りをささげます。教会によっては、持ち寄った野菜を使って豚汁を作ったり、それぞれが持ってきたものを交換したりして、みんなで恵みを分かち合います。

 ですが、ここに並べられた野菜や果物、穀物の中には、皆さんが苦手なものもあるでしょう。味が得意じゃなかったり、見た目が好きじゃなかったり、嫌いなものもあるでしょう。中には、教会へ持ってこようか迷ったけれど、見栄えがよくないように感じ、持ってくるのをやめたものもあるかもしれません。

 こんなものを飾ったら、みんなに注意されるかもしれない……周りのひんしゅくを買うかもしれない……他の野菜や果物と交換するのをためらうかもしれない……そんなふうに不安になって、ここへ持ってくるのに選ばなかった収穫物もあるでしょう。たとえ、自分が美味しいと思うものでも、自分が気に入っているものであっても、「みんなが選ばない」ものだったら、自分が選んでも意味がないと思われるかもしれません。

 しかし、神様は「みんなが選ばない」ものを平気で選び、「みんなが目に留めない」ものに目を留めて、「一緒に見なさい」と促されます。神の子であるイエス様も、ご自分に付き添う弟子として、同胞から嫌われていた徴税人のマタイを選び、みんなが関わるのをためらった熱心党のシモンを選び、教養があるように見えなかった漁師のペトロを選びました。

 「人を見た目で判断するな」「肩書きや外面で評価するな」とはよく言いますが、イエス様が選んだ弟子たちは、内面も立派だったとは言えません。ヤコブとヨハネは「ボアゲルネス(雷の子ら)」と呼ばれるほど性格の激しかった兄弟ですし、疑り深いとされるトマスは「ディディモ(双子)」と呼ばれるほど心情の変化が激しい人でした。

 ペトロはイエス様に「最後までついて行きます」と言いながら、自分の身が危うくなると、仲間であることを否定して、呪いの言葉まで吐く人でした。イスカリオテのユダに至っては、イエス様を裏切って、金で売り渡してしまう人でした。どうも、外面に捉われず内面を見て選ばれた……と言うには、不名誉なエピソードが多いです。

 最初に、サムエル記上16章の新共同訳を読みましたが、新しい翻訳の聖書協会共同訳では、イエス様の父なる神が、こう言っているのが書かれていました。「容姿や背丈に捕らわれてはならない」「私は人が見るようには見ない」「人は目に映るところを見るが、私は心を見る」……これを聞いて、皆さんはどう捉えるでしょうか?

 なるほど、神様は、見た目や外見が立派かどうかではなく、心や内面が立派かどうかで人を評価し、一緒にいるかどうか、ご自分の使命に用いるかどうか選ばれるんだな……と思ったでしょうか? でも、「神様が人の心を見る」というのは、「心が立派かどうかを見る」「内面が綺麗かどうかを見る」ということなんでしょうか?

 もしそうなら、最初に王として選ばれたサウルも、途中で神様に背いたり、神様から離れたりすることは、なかったんじゃないでしょうか? 思い返せば、サウルは誰よりも背が高かった一方、自分が王に選ばれると、みんなの前に出ていくのを嫌がって、荷物の間に隠れてしまうほど、臆病な人間でした。

 ならず者たちに「こんな男に我々が救えるか」と侮られても、何も言い返せない人間でした。彼が敵を打ち倒すことができたのは、いつも、神の霊が降ってきて、一緒に居てくれるときでした。神様がサウルを選んだのは、サウルの心が立派だったからでも、内面が綺麗だったからでもありませんでした。むしろ、最初から彼の弱さをよく知っていました。

 神様がサウル王に代わる新しい王として選んだダビデも、内面が立派だったかと言うとなかなかそうは言えません。ご存知のとおり、彼は王になってから、自分の部下の妻を召し出し、不倫を犯してしまいます。しかも、相手のお腹に子どもができると、罪が発覚するのを恐れ、相手の夫を前線に立たせて、故意に命を落とさせます。

 それは、かつて、自分に敵意を抱いたサウル王が、自分に対して企てたことでもありました。ダビデもサウル王によって、敵の手で葬られるよう、何度も前線へ送り出されました。それと同じことを自分の部下に行って、本当に相手を死なせてしまいます。さらに、彼は自分の子どもたちも正しく導くことができず、謀反を招いてしまいました。

 こうして見ると、ダビデはサウルより心が清かったとか、心が強かったというふうに、簡単に語ることはできません。人間の目から見たら、サウルもダビデも、神様の遣わす王として、ふさわしい存在に見えません。むしろ、選ぶべきではない、特別な使命に遣わしたいとは思えない存在に見えてきます。神様も、彼らの弱さを知っています。

 にもかかわらず、神様はためらうことなく彼らを選び、彼らを遣わし、彼らに付き合い続けます。サウルに代わって、ダビデを新しい王にすると言われた後も、最初から2人を敵対させるのではなく、サウルを助ける者として、ダビデのことを遣わします。サウルから「主(神)の霊が離れた」後も、サウルのもとに、「主の霊を受けた」ダビデが遣わされ、彼を一人にはしませんでした。

 結局、神様は最後まで、自分が選んだ者に出会い続けます。見た目だけでなく、内面も良くない状態に陥っても、この方は自分が選んだ者をその目で見るのをやめません。その人の心が変わるのを、立ち帰るのを期待して、目を離さずに見続けます。人は、目に映るところを見て、内面の変化を期待できずに失望し、相手から目を離しますが、神様は、人が見るようには見ないんです。期待を捨てずに、私たちを見続けるんです。

 私たち人間は、神様を信じたり、信じられなくなったり、揺れ動く毎日を過ごしますが、神様は、誰よりも私たちのことを信じ、期待を捨てずに見続けています。神様は、あなたが良い実を結ぶことを、あなた以上に信じています。あなた自身が、自分の内面に自信を持てなくても、自分の成長を期待できなくても、この方には、あなたが良い実を結ぶ姿が見えています。

 イエス様の弟子たちは、イエス様が十字架につけられる最後まで、一緒に居続けることができませんでした。どこまでもついていくという約束を破り、死んだあと3日目に復活するという約束を信じられず、決定的な瞬間に見捨てて、裏切ってしまいました。本来なら、実を結ばなかった者として、捨てられるはずの者たちでした。

 しかし、イエス様は約束どおり、死んでから3日目に復活し、自分を見捨てた弟子たちに訪れ、「あなたがたに平和があるように」と宣言されました。「わたしに従いなさい」ともう一度呼びかけられました。「わたしの主、わたしの神よ」と答えるまで、新しく、実を結ぶまで、出会い続けてくださいました。

 たとえ、人々に見放された者でも、もう手遅れだと切り捨てられた者でも、この方は、死を越えて、一人一人のもとを訪れ、目を離さずに導かれます。実をつけないまま、切り倒されることのないよう、新しい命を与えます。今日は、そんな神様の、大いなる恵みに感謝する日です。私たちが期待さえできない実を結ばせる、この方に感謝を表す日です。

 共に、賛美を歌い、祈りを合わせ、神様に感謝をささげましょう。一緒に遣わされる者と神の祝福を分け合いましょう。「私たちを御国の民とし、またご自分の父である神に仕える祭司としてくださった方に、栄光と力が世々限りなくありますように、アーメン。(ヨハネの黙示録1:6 聖書協会共同訳)」

 

讃美歌

オンライン賛美歌17番「祈れないときに」(©️柳本和良)を歌います。(差し支えない方はお立ちください)

使徒信条

教会の信仰を告白しましょう。「使徒信条」讃美歌21の93-4Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の2頁をご覧ください。

紹 介

本日も、初めて礼拝に来られた方、初めて配信を見られた方、久しぶりに参加された方と一緒に礼拝にあずかれたことを感謝致します。受付でご了承いただいた方のみ、配信終了後にご紹介させていただきます。ぜひ、これからも一緒に礼拝へ出られると嬉しいです。

 

とりなし

共に、神様から委ねられた、とりなしの務めを果たしましょう。オンライン讃美歌の後ろの方の1頁をご覧ください。

主の祈り

イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5A。オンライン讃美歌の後ろの方の4頁をご覧ください。差し支えない方は、お立ちください。

聖句と主題

御着席ください。今年度の年間聖句を心に留めて、今週も新しく遣わされましょう。

 

年間聖句

「子どもたちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである」

 

年間主題

華陽教会では、「信仰継承を考える」というテーマで、マルコによる福音書10:14を今年度の年間聖句にしています。

 

今週は、食べ物や着る物、住む場所や生活に困っている人のために祈り、神様からいただいた恵みを分かち合っていきましょう。

 

献 金

感謝の献げ物として献金をします。クリアファイルに挟まれた封筒をご利用ください。献金に、金額に定めはありません。持ち合わせのない方は、空のまま封筒をお入れください。

 

献金の祈り(例)

天の神様。今ここにささげたものは、あなたからいただいたものの一部です。あなたのご用のために用いてください。この足らざる祈り、主イエス・キリストのお名前をとおして祈ります。アーメン。

 

讃美歌

献金の讃美歌512番「主よ、献げます」4節を歌いましょう。

 

讃美歌

讃美歌21の29番「天のみ民も」を歌いましょう。(差し支えない方は、お立ちください)

 

祝 福

共に、神様の祝福を受けましょう。

 

派 遣

永遠の王、不滅で目に見えない唯一の神に、誉れと栄光が世々限りなくありますように、アーメン。(テモテへの手紙一1:17)

 

祝 福

平和の源である神があなたがた一同と共におられるように、アーメン。(ローマの信徒への手紙15:33)

 

報 告

本日も教会に集まって、また配信を通して礼拝にご参加くださり、ありがとうございます。先週の日曜礼拝は、教会に集まった17名、同時に視聴された8名、計25名の方が参加されました。後から動画や原稿を通して祈りを合わせてくださった方も感謝致します。

 

来週の日曜日は、神学生立証礼拝として、一昨年、夏期派遣実習へ来られた関西学院大学神学研究科2年の坂本子龍神学生がメッセージをしてくださいます。『キリストの土台に何を建てるか』と題して、創世記32:23〜31とコリントの信徒への手紙一3:10〜17のお話をされる予定です。

 

礼拝後、会堂の大掃除、ワックス掛け、クリスマスの飾りつけなどを予定しているので、お手伝いいただける方は、ご協力どうぞよろしくお願いします。それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に神様の平和がありますように。