ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『何と呼びかけたらよいか?』イザヤ書40:1〜11

日曜礼拝 2025年12月14日


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説 明

教会にお集まりの皆さん、おはようございます。オンラインで配信を見ている方も、おはようございます。まもなく、10:30から礼拝が始まります。礼拝の最中は、携帯をマナーモードにしていただき、後から来た人も座れるように、席の譲り合いをお願いします。

 

礼拝の中で、立ち上がって賛美歌を歌うところや、立ち上がって祈りを合わせるところもありますが、体が不自由な方やお疲れの方は、座ったままで大丈夫です。賛美歌、聖書、交読文は、備え付けの籠からお使いください。それでは、もうしばらくお待ちください。

 

案 内

華陽教会では、讃美歌委員会と日本聖書協会の著作物使用許諾を得て、日曜日の礼拝を配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、神の招きにあずかりましょう。

 

前奏・点灯

(*奏楽者は牧師の案内のあと、前奏を弾き始めます。司式者は前奏の終わり頃に講壇へ立ち、会衆を招く準備をします。招詞の聖書箇所は読み上げる必要はありません。網かけ部分は司会が読むところ、四角部分は会衆が立つところです。(かっこ)は会衆の様子を見て省けるときは省きます。)

 

招 詞

預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。(マルコによる福音書1:2)

 

讃美歌

讃美歌二編172番「世界につげよ」を歌いましょう。最後のアーメンはつけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)

 

お祈り

ご着席ください。共に祈りを合わせましょう。

◆世界を創造し、完成される神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の礼拝に集まることができ、感謝致します。どうか今、初めて来た人、久々に来た人、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。

◆私たちの神様。キリストの誕生を記念するクリスマスを待ち侘びつつ、キリストが再びこの世に来られるときを待ち望むアドヴェント第3週目を迎えました。どうか今、私たちの間にある、不安や恐れを取り除き、共に、喜びを分かち合う日を迎えさせてください。

◆私たちの神様。今日は、礼拝後、午後から教会学校クリスマス礼拝・クリスマス祝会が開かれます。どうか今、子どもたちがたくさん集まり、みんなで救い主の誕生を祝い、恵みを分かち合えるように、私たち一人一人を用いてください。

◆私たちの神様。来週、華陽教会で洗礼を受ける人や、各務原教会で洗礼を受ける人に、あなたの導きが豊かにありますように。どうか今、ここに迎える私たちにも、必要な変化がもたらされ、一緒に新しい道を歩んでいくことができますように。

◆人と人との間におられる、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖 書

聖書の言葉を聞きましょう。イザヤ書40:1〜11の新共同訳を朗読します。会衆席にある旧約聖書1123頁です。

同じく、イザヤ書40:1〜11の聖書協会共同訳を朗読します。新しい翻訳の旧約聖書1107頁です。お持ちでない方は、新共同訳と読み比べながらお聞きください。

*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。

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交読文

詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編85:1〜14、新共同訳交読詩編の97頁です。

『交読詩編』か『讃美歌21』の後ろの方をご覧ください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。(また、Aのところは牧師が、Bのところは会衆がお読みください。ご着席のままで大丈夫です。)

 

讃美歌

讃美歌21の235番「久しく待ちにし」を歌いましょう。最後のアーメンはつけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)

 

メッセージ

 キリストの誕生を記念する、クリスマスの準備をしつつ、キリストが再び来られるときを待ち望む、アドヴェント第3週目を迎えました。アドヴェントクランツも、4本の蝋燭のうち3本に火が灯り、来週、4本目の蝋燭に火がつくと、いよいよクリスマスがやって来ます。

 今このとき、皆さんはクリスマスの訪れと共に、何を期待して待っているでしょうか? アドヴェントは、かつて救い主が訪れたことを思い起こすと共に、再びこの世へ訪れてくださることを信じて待ち望むときですが、救いを、良い知らせを待ち続けるって、なかなかエネルギーのいることです。

 ロシアとウクライナの戦争が始まって、5年目を迎えました。パレスチナとイスラエルの戦争が再び激化して、もうじき3年を迎えます。戦争が終わるのを、停戦に漕ぎ着けるのを待ち続け、もうこんなに経ってしまいました。今も、停戦に至りそうで至らない……停戦したと思ったら戦闘が再開される……何と呼びかけたらいいか分からない……そんな状況が続いています。

 救いはもう来ないんじゃないか? 自分が生きている間に、平和が来ることはないんじゃないか? むしろ、状況はどんどん悪化していく、救いのないまま世界が終わりに向かっていく……そんな不安を抱いている方が、現地だけでなく、私たちの周りにもいるかもしれません。

 紀元前587年に始まったバビロン捕囚で、母国イスラエルを滅ぼされ、バビロニアへ捕虜として連れて行かれたユダヤ人も、故郷エルサレムへ帰ることを許されないまま、長い時間が経っていきました。彼らは、半世紀に及ぶ苦難の中で、もはや自分たちに救いは訪れず、神様に見放されたんじゃないか? と絶望していました。

 エルサレムへ帰ることも、壊された街や神殿を建て直すこともできないまま、自分たちイスラエル民族は、ユダヤ人は滅んでいくんじゃないかと、救いが潰える恐怖を抱いていました。むしろ、期待を捨ててしまった方が、諦めて終わりを受け入れる方が良いようにさえ感じられました。

 しかし、そんな中、神様に遣わされた預言者イザヤが、人々にこんな言葉を告げ始めます。「慰めよ、わたしの民を慰めよと/あなたたちの神は言われる。エルサレムの心に語りかけ/彼女に呼びかけよ/苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを/主の御手から受けた、と。呼びかける声がある」……それは、苦しい日々に終わりが来る、これから救いがやって来る、という「良い知らせ」の言葉でした。

 その後に続く3節から5節の言葉は、バビロニアの首都バビロンからイスラエルの首都エルサレムへ帰るために、通らなければならない砂漠地帯が念頭に置かれています。故郷へ帰れない、神様も帰らせようとしてくれない……とうなだれていた人たちへ、他ならぬ神様が、帰る道を作らせてくれる……と宣言している言葉です。

 「主のために、荒れ野に道を備え/わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。主の栄光がこうして現れるのを/肉なる者は共に見る」

 後に、この言葉は、人々に救い主イエス・キリストを迎えるように準備させた、洗礼者ヨハネについて預言したものと考えられるようになりました。アドヴェントの時期によく読まれる、マルコによる福音書1章では、こう出てきます。

 預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」……これは、実際にはイザヤ書からの引用ではなく、マラキ書の3章1節に手を加えつつ引用されたものですが、おそらく、イザヤ書40章の3節から5節を意識して語られたものでもあるでしょう。

 聖書協会共同訳を見た方が、そのことが分かりやすいかもしれません。「荒れ野に主の道を備えよ。私たちの神のために/荒れ地に大路をまっすぐに通せ」……もともと、この言葉は、バビロンで捕虜となっていたユダヤ人が、故郷エルサレムへ帰還することを預言した、慰めと励ましの言葉でしたが、救いの良い知らせを受けたのは、その時代の人々だけに留まりませんでした。

 紀元前537年に、バビロニアを倒したペルシアの王キュロスによって、故郷への帰還を許されたユダヤ人は、イスラエルへ帰った後、今度はローマ帝国に支配され、長い苦しみが続きます。人々の拠り所であった神様の教えも、「掟を遵守した者こそが救われる」という歪んだ律法主義に陥り、病や貧困から抜け出せない人々へ、差別と偏見が増していきました。

 もう、自分たちは神様から見放され、見捨てられているんじゃないか? 何もできないまま、救いのないまま終わっていくんじゃないか? 再び絶望に陥る人々へ、今度は洗礼者ヨハネから、誰一人見捨てることなく、救いをもたらしてくださる主イエス・キリストの訪れが預言されるんです。

 かつて、救いが潰える恐怖に襲われていた人々へ神様がなさったことを思い出しなさい。このまま故郷へ帰ることも、街や神殿を再建することもできないまま、滅んでいくと思われたユダヤ人が、故郷へと導かれ、街と神殿を再建し、今も各地で生かされていることを思い出しなさい。

 自分たちに救いは来ないと思っていた人たちへ、神様は希望と慰めを与えました。それは、バビロン捕囚やローマ帝国の時代だけでなく、現代においても同じです。様々な苦しみを受けたユダヤ人だけでなく、現在苦しみを受けている異邦人も同じです。

 かつて、街や神殿を破壊され、バビロニアから故郷へ帰ることを許されなかったイスラエルが、今では逆に、パレスチナ人の家や畑を没収し、隔離壁の向こうから故郷へ帰ることを許さずにいます。かつて、故郷に帰れないまま、滅んでいくことを恐れていたイスラエルが、今では逆に、パレスチナ人を滅ぼし尽くす勢いで、報復を拡大させています。

 しかし、救いのないまま、滅ぼされていく人たちを、神様は放置なさいません。救い主イエス・キリストを最初に礼拝するよう招かれたのは、東の方からやってきた、占星術の学者たち、星を研究する博士たちでした。エルサレムから見た東とは、かつて、イスラエルと敵対していたバビロニアのあった地域です。

 占星術の学者という職業も、異教の神を信仰するバビロニアの祭司を思わせるものでした。現代でたとえるなら、イスラム教の国の人が、キリスト教の国へクリスマスのお祝いに呼ばれるようなものです。異教の国だから、異なる信仰の民だから、救いには関係ないと思われていたばかりでなく、むしろ、滅ぶべき民族とまで思われていた人たちを、神様はためらうことなく、独り子の誕生を祝う席へ招かれました。

 自らの救いを期待できない人たちにも、周りから救われることを期待されてない人たちにも、神様は繰り返し呼びかけて、救いの訪れを語ります。「救いのないまま終わることはない」「わたしはあなたに告げている」と、時を越え、場所を越え、神様は聖書から呼びかけて、私たちのもとへ訪れます。

 キリストの誕生を記念する、クリスマスまで、あと一週間……改めて、救いの訪れを信じて待ち望み、天には栄光、地には平和があるように、祈りを合わせていきたいと思います。「見よ、主なる神。彼は力を帯びて来られ/御腕をもって統治される。見よ、主のかち得られたものは御もとに従い/主の働きの実りは御前を進む」アーメン。

 

讃美歌

オンライン賛美歌42番「はじめに言があった」(©️柳本和良)を歌います。(差し支えない方はお立ちください)

使徒信条

教会の信仰を告白しましょう。「使徒信条」讃美歌21の93-4Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の2頁をご覧ください。

紹 介

本日も、初めて礼拝に来られた方、初めて配信を見られた方、久しぶりに参加された方と一緒に礼拝にあずかれたことを感謝致します。受付でご了承いただいた方のみ、配信終了後にご紹介させていただきます。ぜひ、これからも一緒に礼拝へ出られると嬉しいです。

 

とりなし

共に、神様から委ねられた、とりなしの務めを果たしましょう。オンライン讃美歌の後ろの方の1頁をご覧ください。

主の祈り

イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5A。オンライン讃美歌の後ろの方の4頁をご覧ください。差し支えない方は、お立ちください。

聖句と主題

御着席ください。今年度の年間聖句を心に留めて、今週も新しく遣わされましょう。

 

年間聖句

「子どもたちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである」

 

年間主題

華陽教会では、「信仰継承を考える」というテーマで、マルコによる福音書10:14を今年度の年間聖句にしています。

 

今週は、クリスマスに洗礼を受ける人や、教会に初めて来られる人、久しぶりに帰ってくる人のために祈り、共に喜びを分かち合うための準備をしていきましょう。

 

献 金

感謝の献げ物として献金をします。クリアファイルに挟まれた封筒をご利用ください。献金に、金額に定めはありません。持ち合わせのない方は、空のまま封筒をお入れください。

 

献金の祈り(例)

私たちの神さま。今日も、アドヴェント第3週目の礼拝にあずかることができ、感謝いたします。あなたからいただいたものを、まごころを込めてここにおささげします。主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

讃美歌

献金の讃美歌512番「主よ、献げます」3節を歌いましょう。

 

讃美歌

讃美歌21の29番「天のみ民も」を歌いましょう。(差し支えない方は、お立ちください)

 

祝 福

共に、神様の祝福を受けましょう。

 

派 遣

見よ、主なる神。彼は力を帯びて来られ/御腕をもって統治される。見よ、主のかち得られたものは御もとに従い/主の働きの実りは御前を進む。(イザヤ書40:10)

 

祝 福

主がすべての災いを遠ざけて/あなたを見守り/あなたの魂を見守ってくださるように。あなたの出で立つのも帰るのも/主が見守ってくださるように。今も、そしてとこしえに。(詩編121:7〜8)

 

報 告

本日も教会に集まって、また配信を通して礼拝にご参加くださり、ありがとうございます。先週の日曜礼拝は、教会に集まった19名、同時に視聴された12名、計31名の方が参加されました。後から動画や原稿を通して祈りを合わせてくださった方も感謝致します。

 

この後、13:30〜15:00に教会学校こども会のクリスマス礼拝・祝会を行います。2階礼拝堂に集まって、礼拝、絵本の読み聞かせ、ゲームなどを行う予定です。ぜひ、子どもたちのためにお祈りください。

 

来週は、キリストの誕生を記念するクリスマス礼拝です。『不安と喜び』と題して、サムエル記上2:1〜10とルカによる福音書1:46〜56のお話をする予定です。礼拝の中で洗礼式と愛餐式を行い、午後から中部学院大学・短期大学聖歌隊による賛美や、食事のときを持ちたいと思います。

 

皆さんが来られるのを、ぜひぜひお待ちしています。なお、24日の夜7時から、クリスマス聖夜礼拝(演奏礼拝)も行います。こちらもぜひ、祈りを合わせてお越しください。それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に神様の平和がありますように。