クリスマス礼拝 2025年12月21日
説 明
教会にお集まりの皆さん、おはようございます。オンラインで配信を見ている方も、おはようございます。まもなく、10:30から礼拝が始まります。礼拝の最中は、携帯をマナーモードにしていただき、後から来た人も座れるように、席の譲り合いをお願いします。
礼拝の中で、立ち上がって賛美歌を歌うところや、立ち上がって祈りを合わせるところもありますが、体が不自由な方やお疲れの方は、座ったままで大丈夫です。本日は、聖書も賛美歌も、式次第の冊子に全て載っていますので、そちらをご覧ください。それでは、もうしばらくお待ちください。
案 内
華陽教会では、讃美歌委員会と日本聖書協会の著作物使用許諾を得て、日曜日の礼拝を配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、神の招きにあずかりましょう。
前奏・点灯
(*奏楽者は牧師の案内のあと、前奏を弾き始めます。司式者は前奏の終わり頃に講壇へ立ち、会衆を招く準備をします。招詞の聖書箇所は読み上げる必要はありません。網かけ部分は司会が読むところ、四角部分は会衆が立つところです。(かっこ)は会衆の様子を見て省けるときは省きます。)
招 詞
御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められたのです。この方が、わたしたちの主イエス・キリストです。(ローマの信徒への手紙1:3b〜4)
讃美歌
讃美歌二編172番「世界につげよ」を歌いましょう。お手元の式次第の2頁です。最後のアーメンはつけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)
お祈り
ご着席ください。共に祈りを合わせましょう。
◆救い主イエス・キリストの父なる神様。今日もまた、あなたによって守られて日曜日の礼拝に集まることができ、感謝致します。どうか今、初めて来た人、久々に来た人、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。
◆私たちの母なる神様。キリストの誕生を記念するクリスマスを待ち侘びつつ、キリストが再びこの世に来られるときを待ち望むアドヴェント第4週目を迎えました。どうか今、救い主が生まれたことをお祝いする今日、あなたの栄光が、豊かに現されますように。
◆私たちの子なる神様。2千年前、貧しい大工の家に生まれ、飼い葉桶の中に寝かされた神の子イエス・キリストが、今も、私たち一人一人を必要としてくださることを覚えます。どうか今、全ての者に、あなたの身内となる喜びが、告げ知らされますように。
◆私たちの友なる神様。今日は、礼拝の中で洗礼式が行われ、神の祝福を分かち合う愛餐式が開かれます。どうか今、新しく、神の民に迎えられるメンバーと、ここへ招かれた人たちに、あなたの恵みが豊かにあって、共に、希望を分かち合うことができますように。
◆私たちの王なる主、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
聖 書
聖書の言葉を聞きましょう。サムエル記上2:1〜10の新共同訳を朗読します。式次第の3頁です。聖書を開きたい方は、会衆席にある旧約聖書429頁です。
もう一箇所、ルカによる福音書1:46〜56の新共同訳を朗読します。式次第の続きをご覧ください。聖書を開きたい方は、会衆席にある新約聖書101頁です。
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*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。 |
交読文
詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編113:1〜9、式次第の4頁です。
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『交読詩編』か『讃美歌21』の後ろの方をご覧ください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。(また、Aのところは牧師が、Bのところは会衆がお読みください。ご着席のままで大丈夫です。) |
讃美歌
讃美歌21の260番「いざ歌え、いざ祝え」を歌いましょう。式次第の5頁です。最後のアーメンはつけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)

メッセージ
キリストの誕生をお祝いする準備をしつつ、イエス様が再びこの世に来られる時を待ち望む、アドヴェント第4週目を迎えました。今週の水曜日、12月24日の夕方には、いよいよクリスマスが始まります。アドヴェントクランツの蝋燭にも4本の明かりが灯り、救い主の訪れを記念して、喜びを分かち合うときがやってきました。
そう、クリスマスは喜びを分かち合うときです。神の子である救い主イエス・キリストの誕生を告げ知らせ、希望を確かめ合うときです。「インマヌエル」(主/神は我らと共に居られる)という名で呼ばれた方が、今も、私たち一人一人に訪れ、出会ってくださることを思い出す日です。
しかし、私たちの耳には、喜べない知らせも入ってきます。本当に、神様が一緒に居られるのか、疑いたくなる出来事があります。日本と中国の関係が悪化していく、アメリカとベネズエラが戦争になるかもしれない、ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナの戦闘が続き、さらに犠牲者が増えている……。
そんな中、神の子の誕生を、救い主の到来を、クリスマスをお祝いする気分になかなかなれないという人は、去年も、一昨年も、居たでしょう。綺麗なイルミネーションやクリスマスソングを見聞きしながら、安全な場所で浮かれていいのか迷ってしまい、罪悪感を覚える人もいるでしょう。
自分の身の回りでも、クリスマスの訪れを素直に喜べない出来事が起こっているかもしれません。病気の進行、身内の衰え、仕事の喪失、家庭の不和……昨日、幼稚園で行われたクリスマス会でも、胃腸風邪の流行で、お休みしなければならない子どもたちが4名も出てしまいました。
楽しみにしていたクリスマス会に、一生懸命練習してきたダンスや歌に、参加できなかった子どもたちへ、どう声をかけたらいいか分からなかったお母さんやお父さんも居たんじゃないかと思います。24日を迎えるまでに、お腹の調子は治るだろうか? この子の好きなケーキを食べさせてあげられるだろうか? このまま不調が続いたらどうしよう?
むしろ、アドヴェント第4週目を迎えた今日も、喜びではなく、不安の方が次々と訪れている……という方が、多いかもしれません。神様に対して、感謝や敬意よりも、不満や疑念の方が優ってしまう人も、いるかもしれません。みんなは、喜びを分かち合おうとしているのに、自分は、不安や心配を誰かと共有したくて仕方ない……。
どうして、クリスマスを迎えるのに、素直に喜ばせてくれないんですか? 不安が募るようなことを放置し続けるんですか? 早く平和をもたらしてください! 私と家族を回復させてください! 将来への不安を取り除いてください! そんなふうに、痛みを吐き出したくなる方が、いるかもしれません。
でも、クリスマスはそんな日じゃない。痛みを押し込めて、不安を抑え込んで、みんなが喜びを分かち合うのを、邪魔しないようにしなきゃいけない……皆さんも、そう思っておられるでしょうか? この日に分かち合うのは、楽しいこと、嬉しいことであって、悲しいこと、辛いことではないと思っているでしょうか?
違うんです。クリスマスって、取り繕った喜びを共有する日じゃないんです。むしろ、自分の恐れを隠せなかった人たちが、不安や心配を吐き出した人たちが、その痛みを神様と、隣人と共有して、本当に恐れを取り払われ、心から喜べるようになった始まりの日なんです。
最初に読んだ、サムエル記上2章の祈りは「ハンナの祈り」と呼ばれているものです。ハンナという女性は長い間、自分に子どもを与えられることを願っていました。しかし、どんなに祈っても、自分と夫の間に子どもができなかったので、神様は、自分と共に居てくださらないのではないか? 自分の祈りを聞いていないのではないか? と不安を抱いていました。
「主はあなたに子どもお授けにならない」「あなたは神様に嫌われている」と吹き込む人もいたためか、余計に彼女は苦しめられます。しかし、あるとき、神殿で彼女があまりにも長い間祈っているので、エリという祭司が、事情を尋ねてきました。その日、ハンナはエリに向かって、訴えたいこと、苦しいことが多くあるから祈っていることを伝えました。
神殿の祭司に、神様への感謝でも敬意でもなく、神様に訴えを聞いてもらえない苦しみを共有し、心から願っていることを吐き出しました。それを聞いたエリは「そんなこと言ってはいけない」「嘆いてばかりではいけない」なんて言いませんでした。むしろ、「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と一緒に祈り、とりなしてくれました。
家に帰ったハンナは、エリに祈ってもらったとおり、神様に願いを叶えられ、子どもを授かることができました。「ハンナの祈り」は、まさに、聞いてもらえなかった訴えを聞いてもらえた、自分にも神様が居てくださることを知ったハンナが、心からの喜びと感謝を言い表した祈りです。
そして、彼女から生まれたサムエルによって、油注がれた王ダビデの子孫から誕生したのが、救い主イエス・キリストでもありました。2つ目に読んだ、ルカによる福音書1章の後半は、イエス様を産んだ母マリアが歌った賛歌です。マリアは、天使ガブリエルによって、自分のお腹に、神様の子どもが身ごもっていることを知らされます。
しかし、マリアはヨセフと婚約期間中で、また結婚していませんでした。マリアには、子どもができる心当たりはありませんでしたが、天使は彼女に、聖霊によって子どもができたことを伝えます。けれども、婚約者のヨセフや周りの人には、マリアが浮気して妊娠したように見えてしまいます。
天使は「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる!」と言ってきますが、マリアは素直に喜べません。不安と恐れがそのまま顔に出てしまいます。しかし、天使は「なぜ、そんな顔をするのか?」「なぜ、喜ばないのか?」なんて言いません。彼女の不安を受け取って「マリア、恐れることはない」と安心させようとします。
マリアにとって、「聖霊によって救い主を身ごもった」という知らせは、喜びよりも不安が募ってくるものでした。婚約者にどう説明したらいいだろう? 周りは信じてくれるだろうか? それよりも、神の子を産むなんてどうしたらいいんだろう? 神の子を育てるなんて、果たして自分にできるだろうか?
たとえ「あなたは神から恵みをいただいた」と言われても、不安は簡単になくなりません。恵みをもらえた感謝よりも「どうして、そのようなことがありえましょうか」という疑いを口にしてしまいます。すると、天使は言いました。「あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六ヶ月になっている。神にできないことは何一つない。」
それを聞いて、マリアは彼女へ会いに行きました。自分と同じく、神様によって身ごもった女性が親戚にいる。しかも、年をとっていて、今から子どもを産むには、色んな心配がつきまとう人です。きっと自分以上に不安なことや怖がっていることがあるに違いありません。マリアは不安を共有する相手が与えられました。「これからどうしよう」と一緒に話す隣人が与えられました。
ところが、いざ2人が出会ってみると、思いもしないことが起きました。マリアがエリサベトに挨拶した瞬間、エリサベトのお腹の子が胎内でおどって、救い主の母親が来たことを知らせたんです。エリサベトは自分へ会いに来たマリアに向かって、声高らかに驚きと喜びを口にしました。
すると、マリアも彼女の反応を見て、心の内から神様を信頼する歌があふれてきます。「マリアの賛歌」は、まさに、不安を分かち合う相手と出会い、何でも話せる隣人を与えられたマリアが、心からの喜びと感謝を言い表した賛美です。マリアは3ヶ月間、エリサベトと一緒に過ごした後、自分も赤ちゃんを産むために家へ帰って行きました。
実は、神様から恵みをいただいたとき、救い主の誕生を知らされたとき、喜びを分かち合った人たちは、まず、不安を、痛みを、分かち合う相手が与えられていました。ハンナはエリに、マリアは天使に、エリサベトに、訴えたいこと、苦しいこと、恐れていること、信じられないことを分かち合い、神様への信頼が、心からの喜びが生まれていきました。
もし、クリスマスを迎える週の初めに、喜びを分かち合う前に、不安なこと、苦しいことがあって、それを誰かと共有したいなら、それはふさわしいことです。不安を分かち合うことは、喜びを分かち合うことを邪魔するものではないんです。むしろ、神様は、恐れと不安を吐き出した者に、痛みを分かち合った者に、安心と喜びをもたらしてきました。
今日は、この後、礼拝の中で洗礼式が行われます。既に洗礼を受けられた方も、かつて自分が洗礼を受けるとき、喜びだけでなく、色んな不安が出てきたことを思い出すでしょう。洗礼という喜ばしい日なのに、こんな思いでいいんだろうか? 「嬉しい」という思い以外を共有してもいいんだろうか?
もしかしたら、これから洗礼を受ける方も、「洗礼を受けて嬉しいです」以外の言葉を、みんなと共有することがためらわれるかもしれません。しかし、安心してください。洗礼を受けたこと、信仰生活を送ることへの不安を共有したくらいで、私たちの関係は壊れません。むしろ、不安や痛みを分かち合うことは、私たちと心からの喜びを分かち合うことにつながっているんです。
だから、改めて、私からも言いましょう。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」……あなたに目を留めてくださった方が、あなたが目を留める人にも、あなたが出会っていく人にも、目を留めてくださるように。救いが、あなたがた一同と共にあるように。アーメン。
讃美歌
オンライン賛美歌42番「はじめに言があった」(©️柳本和良)を歌います。式次第の6頁です。(差し支えない方はお立ちください)

洗礼式[1]
ご着席ください。ただ今より、洗礼式を行います。共に、洗礼の意味を確認しましょう。
序 詞
主イエス・キリストは、その全生涯、とりわけ死と復活によって人類の救いを成就され、この救いに、信じるすべての人をあずからせるために洗礼を制定されました。洗礼によって、神はわたしたちに聖霊の証印を押して、ご自分の民としてくださいます。また、死んでよみがえられたイエス・キリストに結び合わせ、罪と死から解放してくださいます。さらに、水と霊とによって新たに生まれ変わらせ、キリストのからだである教会の一員としてくださいます。こうして、わたしたちはキリストの宣教のみわざを受け継ぐ者とされるのです。洗礼を受ける者は、神と教会の前に信仰を告白し、教会の一員として誠実に生きることを約束します。また、先に洗礼を受けた者も、信仰の告白を新たにしましょう。
制定語
主イエス・キリストの制定の言葉を聞きましょう。
主は復活の後に弟子たちに命じて言われました。
「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:18〜20)
また、聖書で次のように言われています。
「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」(使徒言行録2:38〜39)
教会は、今、この御言葉にしたがい、神の招きを受けた方に洗礼を施します。役員の代表の方は、洗礼志願者の紹介をお願いします。
志願者の紹介
(*役員代表が紹介する)
教会の役員会は、洗礼を願い出られた⚪︎⚪︎さんについて、そのこころざしを確かめ、このかたに洗礼を授けることに何の妨げもないと判断いたしました。
誓 約
ただ今より、洗礼を執り行います。受洗志願者の方は、こちらへお進みください。
(*洗礼盤の前へ洗礼志願者を案内する)
式次第の6頁をご覧ください。
あなたが洗礼を受けるに当たり、次の問いに答えてください。
<新生の約束>
司式者:あなたは、これまでの罪の道から離れ、洗礼を通して、この世を支配する悪の力を退けることを望みますか?
志願者:望みます。
司式者:あなたは、イエス・キリストを自分の主また救い主として受け入れ、その恵みと愛に依り頼むことを約束しますか?
志願者:約束します。
司式者:あなたは、キリストの忠実な弟子となって、その御言葉にしたがい、生涯キリストの愛の証人になることをこころざしますか?
志願者:神の助けによってこころざします。
<信仰告白と教会員としての約束>
司式者:あなたは、日本基督教団信仰告白を告白しますか?
志願者:告白します。
司式者:あなたは、聖餐を重んじて誠実にこれにあずかり、日本基督教団の教憲・教規にしたがい、この教会の会員として忠実にその責務を果たすことを約束しますか?
志願者:約束します。
<日本基督教団信仰告白>
一同で『日本基督教団信仰告白』を告白しましょう。式次第の7頁をご覧ください。差し支えない方は、お立ちください……日本基督教団信仰告白。
我らは信じかつ告白す。
旧新約聖書は、神の霊感によりて成り、キリストを証し、福音の真理を示し、教会の依るべき唯一の聖典なり。されば聖書は聖霊によりて、神につき、救ひにつきて、全き知識を我らに与ふる神の言にして、信仰と生活との誤りなき規範なり。
主イエス・キリストによりて啓示せられ、聖書において証せらるる唯一の神は、父・子・聖霊なる、三位一体の神にていましたまふ。御子は我ら罪人の救ひのために人と成り、十字架にかかり、ひとたび己を全き犠牲として神にささげ、我らの贖ひとなりたまへり。
神は恵みをもて我らを選び、ただキリストを信じる信仰により、我らの罪を赦して義としたまふ。この変らざる恵みのうちに、聖霊は我らを潔めて義の実を結ばしめ、その御業を成就したまふ。
教会は主キリストの体にして、恵みにより召されたる者の集ひなり。教会は公の礼拝を守り、福音を正しく宣べ伝へ、バプテスマと主の晩餐との聖礼典を執り行ひ、愛のわざに励みつつ、主の再び来たりたまふを待ち望む。
我らはかく信じ、代々の聖徒と共に、使徒信条を告白す。
<使徒信条>
我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり、かしこより来りて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体のよみがへり、永遠の生命を信ず。アーメン。
感謝聖別祷
ご着席ください。共に祈りを合わせましょう。
天地の造り主、全能の神よ。創造の初めに、あなたの霊は水のおもてを覆い、混沌の中から命と秩序を生み出してくださいました。ノアの時には、あなたは水によって悪を滅ぼし、水を経て救われた人々に、新しい始まりをもたらしてくださいました。イスラエルを奴隷の地から解放された時も、あなたはイスラエルを水の中を通して、約束の地へ導き出してくださいました。これらの出来事は洗礼の恵みをあらわすしるしでした。あなたの力ある働きを賛美いたします。
また、主イエスはヨルダン川の水で、ヨハネから洗礼を受け、あなたの霊の注ぎをお受けになりました。さらに主はご自身の死と復活という洗礼によって、罪と死からわたしたちを解き放ち、永遠の命の道を開いてくださいました。
神よ、今ここに洗礼の水を備えてくださったことを感謝いたします。この水の中で、洗礼を受ける者がキリストと共に死に、キリストと共に葬られ、この水の中から起き上がって、キリストと共によみがえりますように。
この洗礼の水の上にあなたの霊を送ってください。聖霊の力によって、この水が受洗者の救いと再生のみなもととなりますように。この水によって清められるすべての者に、罪の赦しを与えてください。そして、新しい命によみがえらせ、キリストのからだに結び合わせてください。ただひとりの神、父と子と聖霊に、賛美と誉れと栄光が今もとこしえまでもありますように。
一 同:アーメン。
洗 礼
受洗志願者の方は、ここへひざまずいてください。
わたしは、
父と(水を注ぐ)
子と(水を注ぐ)
聖霊の(水を注ぐ)御名によって、あなたに洗礼を授けます。
按 手
華陽教会から、一緒に手を置いていただける方は、前へお越しください。
(信徒2名に本人の肩へ手を置いてもらう)
(受洗者の頭に手を置く)
主よ、この姉妹に聖霊を満たし、知恵と識別、思慮と勇気、神を知り、畏れ敬う心をお与えください。今もとこしえまでも。(イザヤ11:2〜3)
会衆の参与
司式者:教会員の皆さんは、お立ちください。式次第の8頁です。会衆の皆さんに「約束しますか?」と尋ねるので、「約束します」と答えてください。
司式者:今、この姉妹は、洗礼を受けて、わたしたちの群れに加えられました。あなたがたはこの姉妹を、祈りによって支え、愛をもってその信仰の成長を助けることを約束しますか?
教会員:約束します。
司式者:あなたがたも、自分自身の洗礼の恵みを思い起こし、このとき言い表した信仰とこころざしを新たにしてください。キリストにおいて、あなたがたが共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなりますように。(エフェソ2:22)
一 同:アーメン。
紹 介
どうぞ、会衆の方をお向きください。新しく、華陽教会に迎えられた⚪︎⚪︎さんです。これから共に信仰生活を支え合う仲間として歓迎致します。⚪︎⚪︎さんの信仰生活が、これからも神に支えられ、導かれるよう、会衆一同で祈りを合わせ、共に愛餐にあずかりましょう。どうぞ、席へお戻りください。
主の祈り
イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。式次第の8頁です。差し支えない方は、お立ちください。

愛 餐
本日は、共に礼拝をささげる全ての人と神の祝福を分かち合う愛餐式を行います。愛餐式とは、キリストが神の国のしるしとしてなされた5千人の給食を根拠にした「神の祝福を分かち合う食事」です。モラヴィア派の人々やメソジスト教会の各家庭で、かつては盛んに行われていたものでした。
信仰を告白した人が、信仰者であり続けるための「聖餐式」と違い、洗礼を受けていない人もあずかることができるので、現在もカトリックとプロテスタントの教派を超えた礼拝や、洗礼を受けていない人が多く集まる地区・教区の新年礼拝などで用いられています。
配信を見ながら礼拝をささげている方も、お家にあるパンと水を用意して、一緒にこの食事にあずかれます。用意するパンと水は特別なものではなく、普段の食卓に出てくるもので大丈夫です。共に、神様が備えてくださった見えない食卓にあずかりましょう。
讃美歌
讃美歌21の81番「主の食卓を囲み」1節を歌いましょう。式次第の10頁です。御着席のままで大丈夫です。
食卓への招き
かつて、私たちの主イエス・キリストは、パンを求めて集まってきた群衆に言われました。「わたしは命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。わたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。(ヨハネ 6:35、57より)」
また、主は水を求めてやって来たサマリアの女性に言われました。「わたしが与える水を飲む者は、決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。(ヨハネ 4:14)」
主は、少年から受け取ったわずかなパンを祝福し、空腹だった5千人以上の人に分けられ、全ての者が食べて満腹になりました。この食卓は、キリストが神の国のしるしとしてなされた、あの「5千人の給食」のように、主の祝福による神の国のしるしです。
信仰を告白した人があずかる聖餐式ではありませんので、神の祝福を分かち合いたい方は誰でも、パンと水を手に取って、共に食事を味わいましょう。
感謝の祈り
感謝の祈りをささげます。
恵みと祝福の源なる私たちの神様、あなたは私たちに「命のパン」「命の水」をお与えになります。足りないものを満たし、欠けている力を養います。あなたは私たちを死の恐れから解放するため、御子イエス・キリストを遣わされ、貧しい者、嫌われ者、負い目のある者たちと、共に食事にあずかりました。
様々なやましさや後ろめたさがある人も、悩みや葛藤がある人も、疑い迷いがある人も、あなたは隔たりなく近づかれ、同じテーブルにつかれます。あなたが与えるパンと水は、信じない者を信じる者に、悲しむ者を喜ぶ者に、争う者をとりなす者に変えられます。どうか今、あなたから受けた恵みと祝福を、私たちも互いに分け合う者とならせてください。あなたの愛と平和が豊かに現されますように。アーメン。
配 餐
共に、パンと水を分け合いましょう。普段、聖餐を受けられない人も、初めて来た方も、このパンと水は信仰を「告白している」「していない」にかかわらず、一緒にいただくことができます。
本日、礼拝に来られているお子さんや学生も、一緒に受け取っていただけます。どうぞ、用意しているパンと水を手に取って、神の祝福にあずかりましょう。係の方は、前へお越しください。(パンと水を配る)
分かち合い
ケースの蓋をお取りください。共に、神の恵みを味わいましょう。
主は言われます。「わたしの父が天からまことのパンをお与えになる。(ヨハネ6:32)」
私たちもいただいたパンを食べましょう。あなたの内側から、生きた力が溢れ出るように。
主は言われます。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。(ヨハネ7:37)」
私たちもいただいた水を飲みましょう。あなたの内側から、生きた水が流れ出るように。
感謝の祈り
感謝の祈りをささげましょう。
愛と平和の源である私たちの神様、今ここで、あなたの祝福を分かち合う食事にあずかれたことを感謝致します。日々、あなたがもたらされる日用の糧も、心を養う御言葉の糧も、必要なとき、必要な仕方で備えられてきました。
足りない者には与える者が、失くした者には見つける者が、一人の者にはつながる者が与えられます。どうか今、私自身も、あなたからいただくつながり、発見、恵みの数々を、共に分け合う者として、送り出してください。主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
讃美歌
讃美歌21の81番「主の食卓を囲み」2、3節を歌いましょう。御着席いただいたままで大丈夫です。
献 金
感謝の献げ物として献金をします。クリアファイルに挟まれた封筒をご利用ください。献金に、金額に定めはありません。持ち合わせのない方は、空のまま封筒をお入れください。
献金の祈り(例)
天の神さま。今日も、あなたからいただいた全てのものを感謝いたします。ここにささげたものを清め、主のわざのために用いてください。今、私自身の生き方も、あなたのご用のためにおささげします。イエスさまのお名前によって祈ります。アーメン。
讃美歌
献金の讃美歌512番「主よ、献げます」4節を歌いましょう。式次第の12頁です。
讃美歌
讃美歌21の29番「天のみ民も」を歌いましょう。式次第の14頁です。(差し支えない方は、お立ちください)
祝 福
共に、神様の祝福を受けましょう。
派 遣
いかに美しいことか、山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え、救いを告げよ。(讃美歌21の93-6-4 イザヤ書6:8より)
祝 福
神がわたしたちを憐れみ、祝福し/御顔の輝きを/わたしたちに向けてくださいますように/あなたの道をこの地が知り/御救いをすべての民が知るために。(詩編67:2〜3)
報 告
本日も教会に集まって、また配信を通して礼拝にご参加くださり、ありがとうございます。先週の日曜礼拝は、教会に集まった15名、同時に視聴された15名、計30名の方が参加されました。後から動画や原稿を通して祈りを合わせてくださった方も感謝致します。
本日は、この後、2階礼拝堂でクリスマスの賛美を味わい、中部学院大学・短期大学聖歌隊の方々による合唱、ピアノの独奏、ヴァイオリンの演奏などを楽しんだ後、隣の2階集会室へ移動し、受洗者と歓迎とクリスマスの愛餐会を行いたいと思います。
なお、24日、水曜日の聖書研究祈祷会はお休みです。夜7時から8時のクリスマス聖夜礼拝に合流します。24日の夜は、会衆賛美と有志による演奏を中心とした音楽礼拝を行う予定です。その翌日、25日の木曜日は、21日、24日の礼拝に来られなかった人のために、午後1時半からクリスマス祈祷会を開く予定です。
皆さんが来られるのを、ぜひぜひお待ちしています。それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に神様の平和がありますように。
[1] 以下、「洗礼式」の式文は、日本基督教団信仰職制委員会 編『日本基督教団 式文(試用版Ⅱ)』日本キリスト教団出版局、2009、2015を参照し、一部手を加えて載せています。