日曜礼拝 2025年12月28日
説 明
教会にお集まりの皆さん、おはようございます。オンラインで配信を見ている方も、おはようございます。まもなく、10:30から礼拝が始まります。礼拝の最中は、携帯をマナーモードにしていただき、後から来た人も座れるように、席の譲り合いをお願いします。
礼拝の中で、立ち上がって賛美歌を歌うところや、立ち上がって祈りを合わせるところもありますが、体が不自由な方やお疲れの方は、座ったままで大丈夫です。賛美歌、聖書、交読文は、備え付けの籠からお使いください。それでは、もうしばらくお待ちください。
案 内
華陽教会では、讃美歌委員会と日本聖書協会の著作物使用許諾を得て、日曜日の礼拝を配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、神の招きにあずかりましょう。
前 奏
(*奏楽者は牧師の案内のあと、前奏を弾き始めます。司式者は前奏の終わり頃に講壇へ立ち、会衆を招く準備をします。招詞の聖書箇所は読み上げる必要はありません。網かけ部分は司会が読むところ、四角部分は会衆が立つところです。(かっこ)は会衆の様子を見て省けるときは省きます。)
招 詞
天よ、喜び歌え、地よ、喜び躍れ。山々よ、歓声をあげよ。主は御自分の民を慰め/その貧しい人々を憐れんでくださった。(イザヤ書49:13)
讃美歌
讃美歌二編172番「世界につげよ」を歌いましょう。最後のアーメンはつけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)
お祈り
ご着席ください。共に祈りを合わせましょう。
◆光と希望をもたらす神様。今日もまた、あなたによって守られて日曜日の礼拝に集まることができ、感謝致します。どうか今、初めて来た人、久々に来た人、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。
◆私たちの神様。キリストの誕生を記念するクリスマスを無事に迎え、21日、24日、25日と、それぞれの礼拝を導いてくださり感謝致します。どうか今、救い主が礼拝された、最初のときを思い起こす、1月6日の公現日も、豊かに迎えることができますように。
◆私たちの神様。2025年も終わりが近づき、今年最後の日曜日を迎えました。この一年も、あなたが最初から最後まで導いてくださったことを感謝致します。どうか今、新しい年も、あなたの恵みが豊かにあって、一人一人の歩みが守られますように。
◆私たちの神様。クリスマスに初めて教会へ来てくれた人、洗礼を受けて信仰を告白してくれた人、招かれた人たちを迎えてくれた会衆に、あなたの祝福がありますように。どうか今、これから私たちが出会う人にも、あなたの慈しみが豊かに注がれますように。
◆人と人との間におられる、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
聖 書
聖書の言葉を聞きましょう。マタイによる福音書2:1〜12の新共同訳を朗読します。会衆席にある新約聖書2頁です。
同じく、マタイによる福音書2:1〜12の聖書協会共同訳を朗読します。新しい翻訳の新約聖書2頁です。お持ちでない方は、新共同訳と読み比べながらお聞きください。
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*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。 |
交読文
詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編72:1〜7、新共同訳交読詩編の81頁です。
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『交読詩編』か『讃美歌21』の後ろの方をご覧ください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。(また、Aのところは牧師が、Bのところは会衆がお読みください。ご着席のままで大丈夫です。) |
讃美歌
讃美歌21の278番「暗き闇に星光り」を歌いましょう。最後のアーメンはつけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)

メッセージ
神の子である救い主イエス・キリストの誕生を記念するクリスマスは、12月24日の夕方から始まって、25日の日没まで祝われます。しかし、厳密には、1月6日の公現日(エピファニー)と呼ばれる日まで、クリスマスのお祝いは続きます。公現日とは、文字どおり、救い主の姿が公に現され、最初に神の子が礼拝されたことを記念する日です。
先ほど読んだ、マタイによる福音書2章1節から12節に、その出来事が記されていました。キリスト教主義の幼稚園や教会学校でお馴染みのページェント(イエス・キリストの生誕劇)にも、よく出てくるエピソードです。星を研究する外国の博士たちが、新しい王の誕生を示す星を見つけて、生まれたばかりのユダヤ人の王を拝みに来たという話……。
子ども向けの絵本や紙芝居、有名な賛美歌の中でも、ラクダに乗った博士たちが、はるばる砂漠を超えて、イエス様の生まれた家を訪ね、黄金、乳香、没薬という高価な贈り物をささげた様子が出てきます。このとき、贈り物としてささげられた宝物が3種類であったことから、それを持ってきた博士たちも、3人でやってきたように描かれることが多いです。しかし、聖書では、具体的な人数は明らかにされていませんでした。
実際には、高価な宝を携えた人たちが、強盗や盗賊が潜んでいる荒れ野を、護衛もつけずに3人だけで来るとは思えませんし、博士たち「マギ」という職業は、「占星術」いわゆる「星占い」によって、王の政治に助言を行う、国家の要職でもあったため、身の回りの世話をする人がたくさんついていたでしょう。
もちろん、長距離を移動してくる彼らの荷物は、贈り物だけではありません。自分たちの水や食べ物、着る物の他、途中で野営できるように、テントや毛布も運んでいたでしょう。そう考えると、博士たちのお世話をする人、護衛につく人、荷物を運ぶ人たちは、かなりの人数に登るでしょう。
はたから見たら、もはや外国から来た軍隊です。しかも、東の方からやって来たということは、かつて、北王国イスラエルを滅ぼしたアッシリア、南王国ユダを滅ぼしたバビロニア、バビロニアに代わってイスラエルを支配していたペルシアなど、イスラエルの民を苦しめてきた国々と、関係の深い人たちによる訪問です。
エルサレムの市民は、博士たちの訪問に、心穏やかにはなれません。外国の軍隊が無理な要求を突きつけにきたんだろうか? また戦争が始まるんだろうか? ところが、博士たちがエルサレムに来た目的は、人々の予想がつかないものでした。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」
当時、イスラエルを収めていたユダヤ人の王は、ローマ帝国の傀儡として王位についたヘロデでした。しかし、ヘロデに新しい息子が生まれたという事実はありません。むしろヘロデは自分の地位が失われることを恐れ、妻をはじめ、身内の者6人、息子3人を殺してしまった人間です。息子ができたとしても、そう簡単に王位を譲るとは思えません。
にもかかわらず、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方がいる」と聞いて、エルサレムの人々はピンと来たでしょう。きっとこれは、自分たちのために、神様が遣わすことを約束していた救い主メシアのことだと……ついに、神様が直接遣わした新しい王がやって来たんだと……けれども、長い間待ち望んでいた知らせを聞いても、やはり、人々は心穏やかにはなれません。
なぜなら、この知らせを自分たちに告げたのは、イスラエルの民、ユダヤ人の預言者ではなく、神殿に仕える祭司でもなく、神の掟に精通した律法学者でもなく、異なる宗教を信じる異教の民だったからです。それも、かつて自分たちの国を滅ぼし、支配し、苦しめてきた東の国の高官で、律法で禁じられた占星術を生業とする者たちです。
そんな彼らが、なぜか、神の言葉を預かって、人々に伝える預言者のように、救い主の誕生を告げてきます。しかも、律法で禁じられた占星術を彷彿とさせる、星の動きによって、神様からこの出来事を知らされたと言うんです。たとえるなら、イスラームの国からやって来た聖職者が、キリスト教の教会へ来て、クリスマスをお祝いしたいと言い出すような衝撃です。
自分たち、キリスト教徒ではなく、異なる宗教の聖職者に、特別な知らせが与えられ、彼らを通して、その出来事を伝えられる……自分たちこそ、本当の神様を信じている、正しい信仰を持っていると思っていたのに、本当の神ではないものを信じ、間違った信仰を持っていると思っていた相手から、待ち望んでいた約束の成就を知らされるんです。
ちょっと複雑な気分ですよね? 博士たちは、星の動きによって救い主の誕生を知らされますが、この後、夢で直接天使が現れ、神のお告げを受け取ります。異教の国の祭司をしている人たちが、本当の神からお告げを受ける……厳格なクリスチャンほど、嫉妬にかられる話かもしれません。私たちの方が正しく信仰生活を送って来たはずなのに……と。
一方、東方の博士たちが、新しく生まれたユダヤ人の王を探していると知ったヘロデも心穏やかではありません。彼は、自分の保身のために、身内を何人も殺すような暴君ではありましたが、非常に信心深い人間でもありました。エルサレム神殿を大きく立派に建て直し、救い主の到来について預言する洗礼者ヨハネのことも、自分を批判するからと牢に閉じ込める一方で、その言葉に耳を傾けずにはいられない人間でした。
博士たちが探している、新しい王の話を聞いたときも、誰よりも素直に「ついに、神様が約束していた救い主メシアがお生まれになったのだ」と信じます。信じたからこそ、彼はこの噂を鼻で笑えず、深刻に受け取って、自分の地位が失われないよう、生まれたばかりの真の王を殺そうと画策し始めます。
ヘロデ王は、慌てて祭司長や民の律法学者を呼び集め、「メシアはどこに生まれることになっているのか」と問いただしました。祭司長も、律法学者も、他の人々と同じように、神様が約束した救い主の誕生を、長い間待ち望んでいた宗教指導者です。自分の地位に固執するヘロデに、救い主がどこで生まれるか明かしたら、当然、その命を狙うことは分かっていました。
しかし、答えなければ、自分たちの命も無事では済まないかもしれません。自分が誤魔化しても、他の誰かが正直に答えてしまったら、死刑か弾圧を受けてしまいます。結局、神様に仕えるはずの指導者たちは、誰一人、王の企みを止めようとせず、「ユダヤのベツレヘムです」と答えてしまいました。
さあ、異教の民の祭司である、占星術の学者から、救い主メシアの誕生を告げられて、複雑な気持ちになっていたエルサレム市民は、さらに不安が募ります。もし、博士たちの言ったとおり、神様の約束していた新しい王が生まれたなら、王位を失いたくないヘロデ王は、その子の命を狙うに違いない……長い間待ち望んでいた救い主が、やっと生まれたのに、このままでは、幼いうちに殺されてしまう。
けれども、博士たちに対し、「救い主の居場所が分かっても、ヘロデに教えてはいけません」と警告する者はいませんでした。「ヘロデ王は、新しい王を拝みに行くのではなく、殺しに行こうとしているのです」と注意する者はいませんでした。それこそ、天使が夢に現れて、博士たちに直接告げなければ、赤ん坊の死を止めることはできなかったでしょう。
それどころか、本当に博士たちの言うとおり、メシアがお生まれになったのか、一緒について行って、確かめようとする者もいませんでした。異教の民と一緒に行くのが嫌だったのかもしれません。東方から来た者の言葉を、信じたくなかったのかもしれません。王とのトラブルに巻き込まれるのを、恐れたのかもしれません。
実は、イエス様が生まれた直後、クリスマスを迎えた直後も、穏やかじゃないことが、あちこちで起こっていました。待ち望んでいたはずの知らせを、素直に喜べない人たちがたくさんいました。むしろ、生まれたばかりの救い主を受け入れられず、殺そうとしてしまう者、危険にさらしてしまう者、迎えに行けない者たちばかりでした。
ところが、神様はこの人々に、大切な、大切な、自分の独り子の誕生を告げ知らせていくんです。本当の神ではないものを拝んでいる異教の民にも、地位に固執して幼子の命を狙いかねないヘロデにも、我が身可愛さに救い主を危険にさらす祭司長や律法学者にも、長年待ち望んでいたメシアを迎えに行けないエルサレム市民にも、ご自分の独り子の誕生を知らせ、出会いに行くことを望むんです。
よく考えたら、こんな危険なことにしないで、救い主を受け入れられる人たちだけに、すぐに信じられる人たちだけに、準備ができている人たちだけに、「新しい王が生まれた」と知らせればいいはずです。しかし、神様は危険を犯して、準備ができていない者にも、すぐには喜べない人たちにも、我が子の誕生を伝えさせます。
「あなたは知ってはいけない」「あなたは聞く必要がない」なんて言いません。「あなたにも聞いてほしい」「あなたにも知ってほしい」と一人一人に伝えていきます。たとえ今、受け入れられなくても……たとえ今、拒んでしまっても……救い主を迎えるその日が来るように、神様は呼びかけることをためらいません。
クリスマスにイエス・キリストの誕生について聞いた後、心が穏やかになるどころか、不安が消えずにいる人たち……喜びを感じられずにいる人たち……あなたは、用意された救いから外れているのではありません。あの日、不安を抱いたエルサレムの人々は、やがて、成長し、宣教を開始したイエス様と出会っていきました。
あの日、博士たちの知らせを聞いて、救い主を迎えに行けなかった人たちは、やがて、会堂で教えるイエス様と、神殿で話すイエス様と、病人を訪れるイエス様と、出会い、話し、触れていきました。イエス様は、自分を迎えに来なかった者が、自分を迎えに来る者となるまで、自ら出会い、呼びかけ、触れさせていきます。
死んだあと、3日目に甦るという約束を信じなかった、迎えに来なかった弟子たちにさえ、死を越えて出会われたイエス様は、あなたを見放すことはありません。どうか、イエス様との新しい出会いが、新しく迎える年にも、一人一人へ訪れますように。良い知らせが、私たちからも、多くの人へ伝わっていきますように。アーメン。
讃美歌
オンライン賛美歌42番「はじめに言があった」(©️柳本和良)を歌います。(差し支えない方はお立ちください)

使徒信条
教会の信仰を告白しましょう。「使徒信条」讃美歌21の93-4Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の2頁をご覧ください。

紹 介
本日も、初めて礼拝に来られた方、初めて配信を見られた方、久しぶりに参加された方と一緒に礼拝にあずかれたことを感謝致します。受付でご了承いただいた方のみ、配信終了後にご紹介させていただきます。ぜひ、これからも一緒に礼拝へ出られると嬉しいです。
とりなし
共に、神様から委ねられた、とりなしの務めを果たしましょう。オンライン讃美歌の後ろの方の1頁をご覧ください。

主の祈り
イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5A。オンライン讃美歌の後ろの方の4頁をご覧ください。差し支えない方は、お立ちください。

聖句と主題
御着席ください。今年度の年間聖句を心に留めて、今週も新しく遣わされましょう。
年間聖句
「子どもたちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである」
年間主題
華陽教会では、「信仰継承を考える」というテーマで、マルコによる福音書10:14を今年度の年間聖句にしています。
今週は、クリスマスに洗礼を受けた人や、教会に来られるようになった人、久しぶりに帰ってきた人のために祈り、互いに信仰生活を支え合っていきましょう。
献 金
感謝の献げ物として献金をします。クリアファイルに挟まれた封筒をご利用ください。献金に、金額に定めはありません。持ち合わせのない方は、空のまま封筒をお入れください。
献金の祈り(例)
天の神さま。今日も、あなたからいただいた全てのものを感謝いたします。ここにささげたものを清め、主のわざのために用いてください。今、私自身の生き方も、あなたのご用のためにおささげします。イエスさまのお名前によって祈ります。アーメン。
讃美歌
献金の讃美歌512番「主よ、献げます」2節を歌いましょう。
讃美歌
讃美歌21の29番「天のみ民も」を歌いましょう。(差し支えない方は、お立ちください)
祝 福
共に、神様の祝福を受けましょう。
派 遣
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネによる福音書3:16)
祝 福
どうか、平和の主御自身が、いついかなる場合にも、あなたがたに平和をお与えくださるように。主があなたがた一同と共におられるように。(テサロニケの信徒への手紙二3:16)
報 告
本日も教会に集まって、また配信を通して礼拝にご参加くださり、ありがとうございます。先週のクリスマス聖日礼拝は、教会に集まった41名、同時に視聴された8名、計49名の方が参加されました。
また、24日の聖夜礼拝には、教会に集まった11名、同時に視聴された18名、計29名の方が、25日のクリスマス祈祷会には、教会に集まった4名、同時に視聴された30名、計34名の方が参加されました。
後から動画や原稿を通して祈りを合わせてくださった方も感謝致します。来週の日曜日は『神の子、怒られる』と題してルカによる福音書2:41〜52のお話をします。また、1月1日(木)は午後2時から3時に『救いは近づいている』と題して元旦礼拝を行います。
元旦礼拝後、牧師の作ったぜんざいを振る舞う予定なので、よかったらぜひ、ご参加ください。礼拝の中で、パンと水をいただいて、神の祝福を分かち合う愛餐式も行われる予定です。それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に神様の平和がありますように。