ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『四十日間誘惑される?』 エレミヤ書31:27〜34、マルコによる福音書1:12〜15

日曜礼拝 2022年3月6日


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案 内

華陽教会では岐阜県の医療提供体制を受けて、会衆が集まる礼拝を休止し、配信等による在宅礼拝に切り替えています。共に今、自宅にいる人も、後から見る人も、聖書の言葉に耳を澄ませ、神の招きにあずかりましょう。

 

消 灯

本日は、受難節第1週目の礼拝なので、光や命の象徴として立てられた蝋燭を1本倒し、キリストが受けられた苦しみと、十字架の死を思い起こします。共に今、あなたの労苦と痛みに寄り添う、イエス様の歩みを覚えましょう。

 

前 奏

(*奏楽者は牧師の案内のあと、前奏を弾き始めます。司式者は前奏の終わり頃に講壇へ立ち、会衆を招く準備をします。招詞の聖書箇所は読み上げる必要はありません。網かけ部分は司会が読むところ、四角部分は会衆が立つところです。(かっこ)は会衆の様子を見て省けるときは省きます。)

 

招 詞

主は言われる。「今こそ、心からわたしに立ち帰れ/断食し、泣き悲しんで。衣を裂くのではなく/お前たちの心を引き裂け。」(ヨエル書2:12〜13a)

 

讃美歌

マスクをしたままで、旧讃美歌526番「主よ、わが主よ、あいの主よ」を歌います。54年版讃美歌をお持ちでない方は、そのままお聞きいただき、心で賛美を合わせましょう。

 

お祈り

(ご着席ください)共に祈りを合わせましょう。

◆愛と平和の源である私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の礼拝を始めることができ、感謝致します。どうか今、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。

◆私たちの神様。ロシアによるウクライナへの侵攻が始まって10日が経ちました。停戦や避難のための取り組みが進められていますが、困難を極めています。どうか今、ウクライナの人たちが守られるように助けてください。

◆私たちの神様。世界各地で、ロシア人に対する差別や嫌悪も高まっています。何もしていないのに、誹謗中傷や脅迫を受ける人もいます。どうか今、戦争に巻き込まれた全ての人を救い出し、あらゆる人が暴力に飲み込まれないよう導いてください。

◆私たちの神様。岐阜県のまん延防止等重点措置も、21日まで延長することになりました。現在も4千人規模の自宅療養を余儀なくされている方がいます。どうか今、少しでも早く医療提供体制が回復し、日常生活へ戻れるように支えてください。

◆癒しと回復をもたらす、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖 書

聖書の言葉を聞きましょう。エレミヤ書31:27〜34、マルコによる福音書1:12〜15(新共同訳より抜粋)

*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。交読詩編も同様に後からカットしています。

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交読文

詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編91:1〜13(新共同訳交読詩編より抜粋)

『交読詩編』か『讃美歌21』の後ろの方をご覧ください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。(ご着席のままで大丈夫です)

 

讃美歌

マスクをしたままで、讃美歌21の284番「荒れ野の中で」を歌います。讃美歌21をお持ちでない方は、そのままお聞きいただき、心で賛美を合わせましょう。

 

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katjaによるPixabayからの画像

メッセージ

先週の水曜日から、イースター前の6週間、キリストが受けられた苦しみと十字架を思い起こす「受難節」に入りました。華陽教会では、この時期に、光や命の象徴として立てられた蝋燭を1本ずつ倒し、自らの過ちを悔い改め、イエス様の復活を記念するための準備をします。

 

その第一週目には、多くの教会で、イエス様が40日間、悪魔の誘惑を受けた話が読まれます。マタイによる福音書やルカによる福音書では、イエス様を試そうとする悪魔との対決が描かれますが、最も初期に記されたと言われる、マルコによる福音書では「対決」というより、誘惑を40日間じっとしたままやり過ごした、という印象を持たされます。

 

実は、他の福音書もよく見ると、「悪魔と対決して打ち勝った」というよりは「悪魔の誘惑をやり過ごした」「悪魔の誘惑を躱された」という内容に見えてきます。あちこち連れ回す悪魔に対し、イエス様が圧倒的な力でねじ伏せる様子は描かれません。むしろ、力のない人が、何とか誘惑に抵抗するときのように、特別な力を使わずにやり過ごします。

 

同じエピソードを記した福音書の中でも、先ほどの箇所は特にシンプルです。「イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた」……どんな誘惑を受けたのか、どうやって悪魔を退けたのかは書かれません。ただ、40日間耐え抜いた、ということだけが分かります。神の子が、40日間、じっとしたまま耐えていた。

 

不思議ですよね? この直前に、イエス様は洗礼を受け、聖霊が降り、神様の力で満たされたはずでした。誘惑を受けている最中も、天使たちが仕えていました。それなのに、聖霊の力も、イエス様に仕える天使たちも、40日間、居合わせた野獣を追い払ったり、悪魔を退けたりすることなく、ただ一緒にいるだけです。

 

目の前の誘惑を、危険を、追い払ってくれない。困難を解決してくれない。悪を倒してもらえない……まるで、祈っても、祈っても、自分を苦しめるものから解放されない、いつまでもそれに付き合わされる、私たちみたいです。神様を信じているのに、信頼しているのに、何日間も誘惑から、困難から、悪から解放してもらえない。

 

40日という時間を、長く感じるか、短く感じるかはそれぞれでしょうが、聖書における「40」という数字は、長期間の苦しみを象徴します。四十日四十夜、激しい雨が降り注ぎ洪水が世界を洗い流した「ノアの箱舟」のエピソード。40年間、神様の約束した土地に入れず、人々が荒れ野をさまよった「出エジプト」のエピソード。

 

いずれも、神様の意志に反した人々が、苦しみに遭った出来事を彷彿とさせる数字です。いつまでも、悪から解放されない人、誘惑を退けられない人、困難を克服できない人……そういう人たちに対し、私たちはこれらのエピソードを重ねながら「悔い改めが足りないのかも」「信仰が足りないのかも」と感じてしまう時があります。

 

心から悔い改めれば、神様が手を貸してくれるはず……信仰に満たされれば、大きな力が働くはず……正しい人なら、すぐに助けてもらえるはず……ところが、40時間、40日間、40年間経っても誘惑に遭い続け、苦しみに襲われてしまうとき、その人の側には、神様なんていないんだ、天使はついていないんだ、もう見放されているんだろう……と感じる時が出てきます。

 

ところが、イエス様はそんな私たちと同じように、40日間、悪魔の誘惑に遭い続け、危険な存在と過ごします。40日間、悪魔の誘惑を退けられず、野獣を追い払えないのに、「天使たちが仕えていた」「神の霊に送り出された」存在として、自らを示します。そして劇的な勝利を描かれないまま、ガリラヤへ行って宣教を始めます。

 

もしかしたら、誘惑をすぐさま振り払えることが、危険をすぐさま追い払えることが、神様に従っているしるしだと思っている人が多いかもしれません。誘惑を感じないこと、困難を感じないことが、信仰を持っているしるしだと考える人が多いかもしれません。でも、違うんです。40日間、誘惑に遭い続け、危険に遭い続ける人は、それらを追い払えない不信仰な者ではなく、あの時のイエス様と共にいる人なんです。

 

新型コロナの拡大がなかなか収まらず、岐阜県も21日まで、まん延防止等重点措置が延長されることになりました。ロシアによるウクライナへの侵攻は、10日経った今も、解決する兆しが見えません。病気や障がいの悪化に苦しむ人、思うように回復が進まない人もたくさんいます。困難に遭い続け、じっと耐えるしかない時間が流れます。

 

それは、あなたが悔い改めないからではありません。あなたの側に神様がいないからではありません。天使が離れているからではありません。むしろ、あなたと共に、イエス様がいます。神の子が、救い主が、あなたの苦しみを共に味わい、あなたと共にガリラヤへ出ていくときを待っています。

 

あなたの祈り、あなたの告白、あなたの感謝を、この方は侮られません。しっかり、大切に受け取ります。どうか、誘惑や困難に遭い続ける自分や誰かを貶めないでください。あなたを貶めることは、あのとき40日間荒れ野にとどまったイエス様を貶めることでもあります。あなたと一緒にいることを選んだイエス様は、あなたと共にもがいています。

 

十字架にかかったイエス様が、復活した日を記念する、イースターまで6週間……悔い改めて、福音を信じましょう。あなたのいる場所に来て、あなたのもとにとどまり、あなたと共におられるイエス様から、力を受けましょう。

 

讃美歌

オンライン賛美歌23番「わたしの口は絶えず歌う」(©︎柳本和良)を歌います。オンライン賛美歌の楽譜は、著作者の許可を得て掲載しています。

 

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使徒信条

教会の信仰を告白しましょう。「使徒信条」讃美歌21の93-4Aです。(オンライン賛美歌の裏面をご覧ください)

 

使徒信条93-4A

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり、かしこより来りて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体のよみがへり、永遠の生命を信ず。アーメン。(*着席のジェスチャー)


使徒信条93-4B

わたしは、天地の造り主、全能の父である神を信じます。わたしはそのひとり子、わたしたちの主、イエス・キリストを信じます。主は聖霊によってやどり、おとめマリヤから生まれ、ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、よみにくだり、三日目に死人のうちからよみがえり、天にのぼられました。そして全能の父である神の右に座しておられます。そこからこられて、生きている者と死んでいる者とをさばかれます。わたしは聖霊を信じます。きよい公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、からだのよみがえり、永遠のいのちを信じます。アーメン。

 

紹 介

本日も、初めて配信を見に来た方、久しぶりに配信を見られた方と、一緒に礼拝にあずかれたことを感謝致します。互いに顔を合わせることはできませんが、礼拝を通してつながっている一人一人に、神様の祝福がありますように。

 

とりなし

共に、神様から委ねられた、とりなしの務めを果たしましょう。オンライン讃美歌の後ろから2ページ目をご覧ください。

 

司会:神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、わたしたちがささげる祈りをお聞きください。

司会:世界の国民と政府のために祈ります。

会衆:主よ、政治に携わる人々に、知恵と勇気と良心を与え、全ての場所に、自由と平和をもたらしてください。

司会:世界に広がる全ての教会のために祈ります。

会衆:主よ、教会を聖霊によって力づけ、その信仰を新たにし、私たちの一致と結びつきを強めてください。

司会:教会員のために祈ります。

会衆:主よ、私たち全てを、御言葉によって豊かに養い、あなたの愛と平和を伝える者として送り出してください。

司会:今日ここに出席できなかった人のために祈ります。

会衆:主よ、病気や衰え、仕事や様々な事情のために、ここに見えない人たちを、あなたが癒し回復してください。

司会:身近な人のために祈ります。

会衆:主よ、私たちの家族や友人、仲間たちが、あなたの愛を知れますように、私自身を用いてください。

司会:幼稚園、教会学校、地域の子どもたちを覚えて祈ります。

会衆:主よ、子どもたちの健康と安全を守り、疲れを癒し、安らぎと成長をもたらしてください。

司会:苦しんでいる人のために祈ります。

会衆:主よ、病気や怪我、悩みや苦しみを抱える人たちに、あなたからの平安と、必要な助けを与えてください。

司会:今も生きておられ、とりなしてくださる方、主イエス・キリストのお名前によって祈ります。

一同:アーメン。

 

主の祈り

共に、イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5A。(オンライン讃美歌の裏面をご覧ください)

 

主の祈り93-5A

天にまします我らの父よ。
願わくは御名をあがめさせたまえ。
御国を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を今日も与えたまえ。
我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。
我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。
国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。
アーメン。


日本聖公会/ローマ・カトリック教会共通口語訳

天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を、今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。
国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。アーメン。

 

愛 餐

本日は、共に礼拝をささげる全ての人と神の祝福を分かち合う愛餐式を行います。配信を見ながら礼拝をささげている方も、お家にあるパンと水を用意して、一緒にこの食事にあずかれます。用意するパンと水は特別なものではなく、普段の食卓に出てくるもので大丈夫です。共に、神様が備えてくださった見えない食卓にあずかりましょう。

 

食卓への招き

かつて、私たちの主イエス・キリストは、パンを求めて集まってきた群衆に言われました。「わたしは命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。わたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。(ヨハネ 6:35、57より)」

 

また、主は水を求めてやって来たサマリアの女性に言われました。「わたしが与える水を飲む者は、決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。(ヨハネ 4:14)」

 

主は、少年から受け取ったわずかなパンを祝福し、空腹だった5千人以上の人に分けられ、全ての者が食べて満腹になりました。この食卓は、キリストが神の国のしるしとしてなされた、あの「5千人の給食」のように、主の祝福による神の国のしるしです。

 

信仰を告白した人があずかる聖餐式ではありませんので、神の祝福を分かち合いたい方は誰でも、パンと水を手に取って、共に食事を味わいましょう。

 

感謝の祈り

感謝の祈りをささげます。

 

恵みと祝福の源なる私たちの神様、あなたは私たちに「命のパン」「命の水」をお与えになります。足りないものを満たし、欠けている力を養います。あなたは私たちを死の恐れから解放するため、御子イエス・キリストを遣わされ、貧しい者、嫌われ者、負い目のある者たちと、共に食事にあずかりました。

 

様々なやましさや後ろめたさがある人も、悩みや葛藤がある人も、疑い迷いがある人も、あなたは隔たりなく近づかれ、同じテーブルにつかれます。あなたが与えるパンと水は、信じない者を信じる者に、悲しむ者を喜ぶ者に、争う者をとりなす者に変えられます。どうか今、あなたから受けた恵みと祝福を、私たちも互いに分け合う者とならせてください。あなたの愛と平和が豊かに現されますように。アーメン。

 

分かち合い

共に、パンと水を分け合いましょう。普段、聖餐を受けられない人も、このパンと水は、信仰を「告白している」「していない」にかかわらず、一緒にいただくことができます。どうぞ、用意しているパンと水を手に取って、神の祝福にあずかりましょう。

 

主は言われます。「わたしの父が天からまことのパンをお与えになる。(ヨハネ6:32)」私たちもいただいたパンを食べましょう。あなたの内側から、生きた力が溢れ出るように。

 

主は言われます。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。(ヨハネ7:37)」私たちもいただいた水を飲みましょう。あなたの内側から、生きた水が流れ出るように。

 

感謝の祈り

感謝の祈りをささげましょう。

 

愛と平和の源である私たちの神様、今ここで、あなたの祝福を分かち合う食事にあずかれたことを感謝致します。日々、あなたがもたらされる日用の糧も、心を養う御言葉の糧も、必要なとき、必要な仕方で備えられてきました。

 

足りない者には与える者が、失くした者には見つける者が、一人の者にはつながる者が与えられます。どうか今、私自身も、あなたからいただくつながり、発見、恵みの数々を、共に分け合う者として、送り出してください。主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

献 金

感謝の献げ物として献金をします。礼拝のライブ配信に参加されている方は、また後日、教会に来られたときにおささげください。

 

献金の祈り(例)

主なる神よ、私たちが持っているものはみな、あなたからいただいたものです。今、私自身の生き方をあなたの御用のためにおささげします。どうか、ここにささげた献金もあなたの求めていることに用いてください。主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

讃美歌

マスクをしたままで、献金の讃美歌512番「主よ、献げます」の2節を歌いましょう。

 

讃美歌

頌栄29番「天のみ民も」を歌いましょう。

 

祝 福

共に、神様の祝福を受けましょう。

 

派 遣

平和のうちに、この世へと出て行きなさい。主なる神に仕え、隣人を愛し、主なる神を愛し、隣人に仕えなさい。(『讃美歌21』93-6 ⑥より)

 

祝 福

主がすべての災いを遠ざけて/あなたを見守り/あなたの魂を見守ってくださるように。あなたの出で立つのも帰るのも/主が見守ってくださるように。今も、そしてとこしえに。(詩編121:7〜8)

 

報 告

本日も、配信を通して日曜礼拝にご参加くださり、ありがとうございます。先週の在宅礼拝は、ライブ配信の奉仕者6名、同時に視聴された18名、計24名が参加されました。後から配信や原稿を見て、祈りを合わせてくださった方も感謝いたします。

 

教会に集まる礼拝の再開は、本日、臨時役員会で検討し、決定次第、教会員への連絡網とホームページ、各SNSの公式アカウントでお知らせします。また日曜日まで、皆さん一人一人に神様の平和がありますように。