日曜礼拝 2025年11月9日
説 明
教会にお集まりの皆さん、おはようございます。オンラインで配信を見ている方も、おはようございます。まもなく、10:30から礼拝が始まります。礼拝の最中は、携帯をマナーモードにしていただき、後から来た人も座れるように、席の譲り合いをお願いします。
礼拝の中で、立ち上がって賛美歌を歌うところや、立ち上がって祈りを合わせるところもありますが、体が不自由な方やお疲れの方は、座ったままで大丈夫です。賛美歌、聖書、交読文は、備え付けの籠からお使いください。それでは、もうしばらくお待ちください。
案 内
華陽教会では、讃美歌委員会と日本聖書協会の著作物使用許諾を得て、日曜日の礼拝を配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、神の招きにあずかりましょう。
前 奏
(*奏楽者は牧師の案内のあと、前奏を弾き始めます。司式者は前奏の終わり頃に講壇へ立ち、会衆を招く準備をします。招詞の聖書箇所は読み上げる必要はありません。網かけ部分は司会が読むところ、四角部分は会衆が立つところです。(かっこ)は会衆の様子を見て省けるときは省きます。)
招 詞
わたしの兄弟たち、自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか。(ヤコブの手紙2:14)
讃美歌
讃美歌二編172番「世界につげよ」を歌いましょう。最後のアーメンはつけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)
お祈り
ご着席ください。共に祈りを合わせましょう。
◆憐れみ深い神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の礼拝に集まることができ、感謝致します。どうか今、初めて来た人、久々に来た人、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。
◆私たちの神様。先日の日曜日は、召天者記念礼拝として、教会から親しい人を見送った方々と共に、復活と再会の希望を新たにすることができ、感謝致します。どうか今、地上に残された一人一人に、あなたの慰めと励ましが、これからも豊かにありますように。
◆私たちの神様。来週に予定していた成全会交換講壇は、諸事情のため1月に延期となりましたが、引き続き、私たちの間にあるつながりが、豊かにされていきますように。どうか今、教会同士の連帯が強められ、宣教の業が広がっていきますように。
◆私たちの神様。今度の土曜日には、芽含幼稚園の在園生と教会学校の生徒を対象にしたお楽しみ会が開かれます。どうか今、この時が最初から最後まで導かれ、子どもたちとの交流が、ますます豊かにされますように。
◆人と人との間におられるイエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
聖 書
聖書の言葉を聞きましょう。創世記15:1〜21を朗読します。会衆席にある旧約聖書19頁です。普段は、新共同訳と聖書協会共同訳を朗読していますが、今回は箇所が長いので新共同訳のみ朗読します。
これらのことの後で、主の言葉が幻の中でアブラムに臨んだ。「恐れるな、アブラムよ。わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きいであろう。」アブラムは尋ねた。「わが神、主よ。わたしに何をくださるというのですか。わたしには子供がありません。家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです。」アブラムは言葉をついだ。「御覧のとおり、あなたはわたしに子孫を与えてくださいませんでしたから、家の僕が跡を継ぐことになっています。」見よ、主の言葉があった。「その者があなたの跡を継ぐのではなく、あなたから生まれる者が跡を継ぐ。」主は彼を外に連れ出して言われた。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる。」アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。主は言われた。「わたしはあなたをカルデアのウルから導き出した主である。わたしはあなたにこの土地を与え、それを継がせる。」アブラムは尋ねた。「わが神、主よ。この土地をわたしが継ぐことを、何によって知ることができましょうか。」主は言われた。「三歳の雌牛と、三歳の雌山羊と、三歳の雄羊と、山鳩と、鳩の雛とをわたしのもとに持って来なさい。」アブラムはそれらのものをみな持って来て、真っ二つに切り裂き、それぞれを互いに向かい合わせて置いた。ただ、鳥は切り裂かなかった。はげ鷹がこれらの死体をねらって降りて来ると、アブラムは追い払った。日が沈みかけたころ、アブラムは深い眠りに襲われた。すると、恐ろしい大いなる暗黒が彼に臨んだ。主はアブラムに言われた。「よく覚えておくがよい。あなたの子孫は異邦の国で寄留者となり、四百年の間奴隷として仕え、苦しめられるであろう。しかしわたしは、彼らが奴隷として仕えるその国民を裁く。その後、彼らは多くの財産を携えて脱出するであろう。あなた自身は、長寿を全うして葬られ、安らかに先祖のもとに行く。ここに戻って来るのは、四代目の者たちである。それまでは、アモリ人の罪が極みに達しないからである。」日が沈み、暗闇に覆われたころ、突然、煙を吐く炉と燃える松明が二つに裂かれた動物の間を通り過ぎた。その日、主はアブラムと契約を結んで言われた。「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで、カイン人、ケナズ人、カドモニ人、ヘト人、ペリジ人、レファイム人、アモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の土地を与える。」
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*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。 |
交読文
詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編105:1〜15、新共同訳交読詩編の119頁です。
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『交読詩編』か『讃美歌21』の後ろの方をご覧ください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。(また、Aのところは牧師が、Bのところは会衆がお読みください。ご着席のままで大丈夫です。) |
主に感謝をささげて御名を呼べ。
諸国の民に御業を示せ。
主に向かって歌い、ほめ歌をうたい
驚くべき御業をことごとく歌え。
聖なる御名を誇りとせよ。
主を求める人よ、心に喜びを抱き
主を、主の御力を尋ね求め
常に御顔を求めよ。
主の成し遂げられた驚くべき御業と奇跡を
主の口から出る裁きを心に留めよ。
主の僕アブラハムの子孫よ
ヤコブの子ら、主に選ばれた人々よ。
主はわたしたちの神
主の裁きは全地に及ぶ。
主はとこしえに契約を御心に留められる/千代に及ぼすように命じられた御言葉を
アブラハムと結ばれた契約/イサクに対する誓いを。
主はそれをヤコブに対する掟とし/イスラエルへのとこしえの契約として立て宣言された
「わたしはあなたにカナンの地を
嗣業として継がせよう」と。
A:その地で、彼らはまだ数少なく/寄留の民の小さな群れで
B:国から国へ/ひとつの王国から他の民のもとへと/移って行った。
A:主は彼らを虐げることをだれにも許さず/彼らのことを、王たちに戒めて言われた
B:「わたしが油を注いだ人々に触れるな/わたしの預言者たちに災いをもたらすな」と。
讃美歌
讃美歌21の463番「わが行くみち」を歌いましょう。最後のアーメンはつけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)

メッセージ
旧約聖書には「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主」という表現が繰り返し出てきます。これは「アブラハム、イサク、ヤコブの三代にわたって現れた神」という意味で、その中でも最初に名前の出てくるアブラハムは、キリスト教会で「信仰の父」と呼ばれています。
アブラハムは、もともと「アブラム」という名前でしたが、創世記17章で神様と契約を結ぶ際、神様から新しく「アブラハム」と名乗るように命じられ、彼の妻「サライ」のことも「サラ」と呼ぶように命じられました。つまり、先ほど読まれた聖書箇所、創世記15章に出てくる「アブラム」という男性は、後の「アブラハム」ということになります。
アブラハムが「信仰の父」と呼ばれる所以となった出来事の一つに「神様から命じられたことにすぐ従った」という話が挙げられます。彼は、創世記12章で神様から次のように命じられます。「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしの示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める。祝福の源となるように……」
これを聞いたアブラハムは、故郷を捨ててすぐ出発し「あなたの子孫にこの土地を与える」と言われたカナン地方までやって来ました。それが現在のパレスチナ地方と言われています。住み慣れた故郷を捨てて、親戚も知り合いもいない土地へ、しかも、75歳という高齢で神様にすぐ従った姿は、確かに「信仰の父」と呼ぶのにふさわしいかもしれません。
ところが、アブラハムは、神様が示したところへたどり着いたにもかかわらず、そこに留まろとはしませんでした。はっきりと「あなたの子孫にこの土地を与える」と言われ、自らその地に神様を礼拝する祭壇を築いたにもかかわらず、彼はカナン地方を通り過ぎてベテルの東の山へ移っていきます。
彼はそこでも祭壇を築いて、神様を礼拝した後、さらに旅を続けて、ネゲブ地方へ移っていきました。よく見ると、神様が示した土地から、どんどん離れていることが分かります。すると、間もなくネゲブ地方を飢饉が襲い、アブラハムは再び移動を余儀なくされました。けれども、アブラハムは神様から与えられたカナン地方に戻るのではなく、もっと離れて、エジプトの国へ下っていき、しばらくそこに滞在します。
しかし、エジプトでも、自分の妻を妹と偽ったせいで、妻を気に入ったエジプトの王と一悶着あり、再びネゲブ地方へ戻っていくことになります。その頃には、一緒に暮らしていた甥のロトも、アブラハムと同じくらい一族や家畜が増えていたので、同じ土地で暮らしていくには狭くなっていました。
そこで、アブラハムは甥のロトに、ヨルダン川流域とカナン地方のどっちに定住するか選ばせて、自分は反対側へ行くと約束します。しかし、よく考えてみると、アブラハムは最初から、カナン地方を神様に与えられていたため、カナン地方を選ぶべきです。もし、ロトがヨルダン川流域ではなく、カナン地方を選んでしまったら、神様が自分に与えると言われた「約束の地」を勝手に手放すことになりかねません。
結局、ロトはカナン地方ではなく、ヨルダン川流域の低地一帯を選んだため、アブラハムは反対側のカナン地方へ移っていくことになりました。こうしてようやく、アブラハムはもともと神様に示されていたカナン地方へ戻ってきます。実は、故郷を捨てて、神様が示した土地へ、すぐ出発したように見えるアブラハムは、神様が与えた土地に着いても、すぐ受け取ることができず、そこに住むまで何十年もかかってしまいました。
「すぐ従った」ように見えて、すぐ従えてはいなかったんです。どうやら、アブラハムの目に見えていたカナン地方は、ネゲブ地方やエジプトに比べると、そこまで魅力的ではなかったようです。しかも、カナン地方には、多くの先住民が住んでおり、彼らとの争いが心配される地域でもありました。
そう、15章にも出てくるように、神様が与えると言われた土地は、カイン人、ケナズ人、カドモニ人、ヘト人、ペリジ人、レファイム人、アモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の土地であり、アブラハムには、そこが自分と自分の子孫の土地になるとは思えなかったようです。彼は、ネゲブ地方の飢饉やエジプトでの騒動、ロトの一族との争いによって、再びカナン地方に戻るまで、進んでその地へ入ろうとはしませんでした。
むしろ、カナン地方を避けるように、別の土地を求めて移動していました。何なら「約束の地カナンに住む」ということを期待さえできなくなっていました。実は、アブラハムがカナンの土地を取得したのは、彼自身の力や努力によってではなく、どこまでも約束を果たそうとする神様の導きのおかげでした。
そんなアブラハムの土地取得物語は、現在のシオニズム運動と結びつき、度々利用されています。シオニズム運動というのは、現在のパレスチナに、ユダヤ人によるイスラエル国家を作ろうとする運動で、運動の語源となっている「シオン」はパレスチナ地方やイスラエルを指す古い名称です。
この運動は、19世紀末に、ヨーロッパで迫害されていたユダヤ人が、自分たちで独立して、安心して暮らせる民族国家を作ろうとして始まったと言われています。しかし、それよりも先に、19世紀半ば、キリスト教徒の間で流行った「聖書の記述はどれも正しく、預言も文字どおり現実になる」という考え方が、シオニズムを後押ししてしまったと考えられます。
現在、パレスチナ人が住んでいるカナン地方は、ユダヤ人の先祖であるアブラハムに神様が与えた土地だから、ユダヤ人のものである! ユダヤ人に返されなければならない! ユダヤ人が約束の地に帰還して、自分たちの国を再建することこそ、神様の計画に沿うことだ!……というふうに。
この思想が、ユダヤ人を自分の国から追い出したい政治家の利害とも一致して、イスラエル国家の建設を後押しする流れになり、現在まで続いています。そして、黙示録の預言を文字どおりに捉え、イスラエルの再建・復興が果たされることこそ、神様の約束した「世の終わり」「終末」における救いが完成される条件だ……と考えられるにまで至っています。
しかし、現代の「イスラエル国」によるパレスチナの占領行為・虐殺行為は、神様がアブラハムに与えた「土地を受け継ぐ約束」を引き合いに出して、肯定できるものではありません。「ここは我々が神に与えられた土地だ」と言って、パレスチナの人々を追い出し、家屋や畑を取り上げるのは、神様がイスラエルの人々に求めてきた正義と公正に反するものです。
もともと、アブラハムに与えられた土地は、アブラハムが自分の力で取得したものではありませんでした。与えると言われた土地に、すぐ住み着くこともできませんでした。神様に従っているつもりで、従えていないアブラハムに、神様が粘り強く付き合った結果、住み着くようになった土地でした。
神様から与えられた「土地を受け継ぐ約束」は、人間が自分の都合で利用していいものではありません。武力の行使や占領の理由に使っていいものではありません。悪魔が聖書を引用して、イエス様を試したように、聖書の記述を使った主張が、全て肯定できるわけではありません。
改めて、神様から当てられた約束を誠実に受け取っているか、暴力や抑圧に加担してないか、私たち自身も問い直しながら、国と国、民と民との間に平和が訪れるように、祈りを合わせていきましょう。キリストの平和が、あなたがた一同と共に、対立している者との間に、傷ついている者たちの間に、ありますように。アーメン。
讃美歌
オンライン賛美歌17番「祈れないときに」(©️柳本和良)を歌います。(差し支えない方はお立ちください)

使徒信条
教会の信仰を告白しましょう。「使徒信条」讃美歌21の93-4Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の2頁をご覧ください。

紹 介
本日も、初めて礼拝に来られた方、初めて配信を見られた方、久しぶりに参加された方と一緒に礼拝にあずかれたことを感謝致します。受付でご了承いただいた方のみ、配信終了後にご紹介させていただきます。ぜひ、これからも一緒に礼拝へ出られると嬉しいです。
とりなし
共に、神様から委ねられた、とりなしの務めを果たしましょう。オンライン讃美歌の後ろの方の1頁をご覧ください。

主の祈り
イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5A。オンライン讃美歌の後ろの方の4頁をご覧ください。差し支えない方は、お立ちください。

聖句と主題
御着席ください。今年度の年間聖句を心に留めて、今週も新しく遣わされましょう。
年間聖句
「子どもたちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである」
年間主題
華陽教会では、「信仰継承を考える」というテーマで、マルコによる福音書10:14を今年度の年間聖句にしています。
今週は、教会の近隣の方々や幼稚園の子どもたち、保護者、先生がたを覚え、良い出会いと関係が築けるように、祈りを合わせていきましょう。
献 金
感謝の献げ物として献金をします。クリアファイルに挟まれた封筒をご利用ください。献金に、金額に定めはありません。持ち合わせのない方は、空のまま封筒をお入れください。
献金の祈り(例)
主なる神さま。今、ここにささげたものを、どうぞ、みわざのために用いてください。イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
讃美歌
献金の讃美歌512番「主よ、献げます」2節を歌いましょう。
讃美歌
讃美歌21の29番「天のみ民も」を歌いましょう。(差し支えない方は、お立ちください)
祝 福
共に、神様の祝福を受けましょう。
派 遣
平和のうちに、この世へと出て行きなさい。主なる神に仕え、隣人を愛し、主なる神を愛し、隣人に仕えなさい。(讃美歌21の93-6-6)
祝 福
見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守る。わたしは決して見捨てない。(讃美歌21の93-7-6 創世記28:15より)
報 告
本日も教会に集まって、また配信を通して礼拝にご参加くださり、ありがとうございます。先週の召天者記念礼拝は、教会員16名、召天者関係者17名、配信7名、計40名の方と一緒に祈りを合わせることができました。また、礼拝後の墓前礼拝には、15名の方が参加されました。遠方からたくさんの方にお越しいただき、感謝致します。
来週の日曜日は、成全会の交換講壇を予定していましたが、諸事情のため、1月に延期となり、通常の礼拝となる予定です。『聞こうとしない』と題して、出エジプト記6:2〜13のお話をします。
それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に神様の平和がありますように。