ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『正しくなるまで』 創世記38:1〜19

聖書研究祈祷会 2020年11月4日


『正しくなるまで』聖書研究祈祷会 2020年11月11日

 

案 内

先週から、30分に短縮していた聖書研究祈祷会を60分まで緩和し、配信に載せる第一部と、配信後、時間のある人と質問や感想を分かち合う第二部に分けて行います。牧師に相談やお話がある方は、ぜひ、配信後も2階集会室へおいでください。

 

讃美歌

それでは、第一部「聖書研究会」を始めます。最初に、讃美歌21の410番「昇れよ、義の太陽」1〜3節を歌いましょう。飛沫感染を避けるため、マスクをしたままで歌います。

 

お祈り

ひと言お祈りをします。共に心を合わせましょう。

 

◆人と人との間におられる私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、水曜日の聖書研究祈祷会を始めることができ、感謝致します。どうか今、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を必要としている人を祝福してください。

◆私たちの神様、先週の日曜日には、信徒立証礼拝として、一人の人が受け取った御言葉をみんなで分かち合うことができました。どうか今、一人一人にもたらされた希望のメッセージが、より広くたくさんの人へ伝わるように、働きかけてください。

◆私たちの神様、再来週の日曜日には、収穫感謝日を迎えます。例年のように、多くの人と食事を共にすることはできませんが、今年度も、あなたからいただいた豊かな恵みを、みんなで味わうことができるように、導いてください。

◆私たちの神様、心身の疲れや病気のため、家庭や仕事の事情のため、なかなか会えなかった人たちと、もう一度礼拝で再会できたことを感謝致します。どうか今、教会に来ることが困難な人たちに、これからもあなたの御手が差し伸べられますように。

◆私たちと共におられるイエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖書朗読

聖書の言葉を聞きましょう。創世記38:1〜19(新共同訳より抜粋)

*当ブログ全体における聖書の引用を適切な範囲内で行うため、後ほど聖書箇所のみ記載し、本文をカットすることがあります。後からご覧になる方は、該当する聖書箇所を日本聖書協会の「聖書本文検索」か、手元に新共同訳聖書がある方はそちらからお読みください。

www.bible.or.jp

 

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Boris GonzalezによるPixabayからの画像

メッセージ

弟を庇ったユダ

本来、『信徒の友』の聖書日課に従うと、今日は創世記44:1〜17を読む日なんですが、前回そこも含めてお話ししたので、今回は別のところを読みたいと思います。「えっ!……ってことは先生、この箇所自分で選んだの?」と驚くかもしれません。確かに、あまり気持ちの良い話じゃありません。ユダという人物の生々しく不名誉な過去を描く話。

 

ユダと言えば、新約聖書でイエス様を裏切ったイスカリオテのユダを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、旧約聖書でユダと言えば、南王国ユダを構成するユダ族の先祖であり、有名なダビデ王の祖先です。同時に、ヨセフ物語の中でも非常に重要な働きを担っています。

 

それは、彼を含めたヤコブの息子たちが、父の寵愛を一身に受けていた弟ヨセフに嫉妬して、彼をエジプトに売り飛ばしてしまった過去の過ちの精算です。ユダは二度と同じ展開を繰り返さないよう、再び末の弟が奴隷になりそうになったとき、自ら「自分が身代わりとして奴隷になる」と言い出します。

 

この言葉をきっかけに、彼らの前で正体を隠していたヨセフは身を明かし、ユダたち11人の兄弟と和解することができました。そう、嫉妬から弟に過ちを犯した人間が、悔い改めて、自分の責任を果たそうとする、変化していくエピソード……ユダの成長とその姿には、私自身も励まされます。

 

しかし、ヨセフを売り飛ばした兄弟の中で、最も変化を見せ、最も勇気を出し、最も責任を取ろうとした彼には、不名誉で、顔を覆い隠したくなる過去が、実は他にもありました。それが、先ほど読んだ聖書箇所、ユダとタマルの物語です。亡くなった息子の嫁を娼婦と思って妊娠させ、責任を取るよう迫られた。

 

これを後世まで語り継がれるんですから、たまらないですよね。しかし、この出来事こそ、彼が自分の間違いに気づき、過ちを犯した責任を取る、罪を認めて悔い改めるきっかけになったものでした。彼が「正しくなるまで」の過程に、いったいどんな出来事があったのか、少し覗いてみたいと思います。

 

嫁のせいにする

さて、38章には、最初にユダの子どもたちのエピソードが出てきます。彼は、カナン人の娘と結婚し、その人との間に3人の息子が生まれます。そして、長男のエルにタマルという嫁を迎えます。ちなみに、「タマル」という名前は、豊穣を象徴する「ナツメヤシ」の意味がありました。たくさんの子どもに恵まれることを願って迎えられたんでしょう。

 

ところが、長男エルは一人も子どもができないまま、すぐに死んでしまいます。何があったのか具体的には記されませんが、彼自身が神の意志に背いたために、殺されてしまったと書かれています。タマルは未亡人になってしまいました。このままでは、彼女が生活できません。

 

そこで、父親のユダは次男のオナンにこう言います。「兄嫁のところに入り、兄弟の義務をはたし、兄のために子孫をのこしなさい」……「兄弟の義務」というのは、兄が死んだ場合、弟がその妻と結婚して子孫を残し、兄の代わりに土地や財産を受け継ぐ家系を絶やさないための制度でした。

 

現在の価値観からすると非常に問題のある制度ですが、当時は夫に先立たれた女性を保護する役割もありました。しかし、弟からすると、兄の代わりにその妻と子どもを作ってしまうと、自分の相続を増やせません。生まれた子どもは、あくまで兄の子どもとして残されるため、自分の老後や土地の管理も任せられません。

 

むしろ、兄に子孫を残さない方が、その土地や財産を自分の家系に残せるかもしれませんでした。そこで、次男のオナンはタマルと結婚した後も、彼女との間に子どもができないように、子種を地面に流し続けます。すると、タマルは老後、面倒を見てくれる息子がいないままなので、将来生活ができなくなります。

 

これもまた、神の意志に反することでした。長男に続いて、次男のオナンも神様に殺されてしまいます。次は、三男のシェラがタマルの面倒を見る番です。ところが、ユダは嫁のタマルにこう言います。「シェラが成人するまで、あなたは父上の家で、やもめのまま暮らしていなさい」……どうやら三男はまだ未成年だったようです。

 

しかし、これは名目上のことでした。ユダは、長男と次男が次々と死んでいったのを不吉に思い、彼女と結婚すれば、シェラまで死んでしまうかもしれないと思ったようです。この嫁は「豊穣」を象徴する名を持ちながら、息子たちに子どもを残さず、むしろ次々と死をもたらしている……長男と次男が死んだのは彼女のせいじゃないか?

 

そう、ユダは彼らの死が、息子たち自身のせいであると認めたくないようでした。父親である自分の言うことを聞かないで、神の意志にも反してしまった。兄弟間で思いやることができず、自分の利益ばかりを優先していた。かつて末っ子のヨセフに嫉妬して、取り返しのつかない過ちを犯した自分自身と似た彼らの非を、受けとめることができません。

 

結局、タマルを家から追い出せば、シェラと結婚させなければ、これ以上不吉なことは起こるまいと、全部彼女に責任を負わせて、実家へ帰らせてしまいます。タマルはユダの言うとおり、シェラが成人するまで待ちましたが、約束は果たされませんでした。ここからは、いよいよ彼女のターンです。

 

間違いに気づく

さて、自分の過ち、息子たちの過ちを認められないユダもまた、自分自身の妻を亡くしました。彼はしばらくの間喪に服し、その期間が明けた瞬間、お祝い気分で羊毛刈りに出かけます。その頃、先立たれた夫の父親がティムナへやって来たと耳にしたタマルは、約束を守らない彼に対し、責任を取ってもらうため、顔にベールを覆って出かけます。

 

兄たちに正体を隠したヨセフのように、彼女も正体を隠してユダに近づき、神殿娼婦を装うんです。ユダはまんまと策にはまり、近寄ってきて言いました。「さあ、あなたの所に入らせてくれ」……ようするに「私と寝てくれ」という話。浮き立つ気分で声をかける彼には、彼女が嫁のタマルと見破れません。非常に恥ずかしいシーンです。

 

一方、タマルは冷静に、彼自身が自分と関係を持った証拠を確保していきます。そして、ユダと床を共にしたあと、再び帰っていきました。彼女はすぐに身篭って、間もなくそのことがユダの耳にも入ります。タマルのお腹にいる子が自分の子どもとも知らずに、彼は彼女が姦通の罪を犯したと思い込み、引きずり出して焼き殺すよう命じました。

 

ところが、タマルは直ちに使いを送ってこう言います。「わたしは、この品々の持ち主によって身ごもったのです」……それは、確かにユダが神殿娼婦だと思った相手に渡した杖と印章でした。「亡くなった息子の嫁を、父親である自分自身が妊娠させた」という紛れもない事実が明らかにされ、彼は自らの過ちを正面から突きつけられます。

 

「わたしよりも彼女が正しい。わたしが彼女を息子のシェラに与えなかったからだ」……息子たちが子どもを残せなかったのも、彼女のせいではなかったのだ。引きずり出して、焼き殺されるような過ちを犯したのは、責任を果たしていないのは、むしろ私の方だった。

 

自分自身の過ちも、息子たちの過ちも、正面から見つめられなかったこの男は、タマルの行動によって、初めて自身を振り返ります。過ちを犯したのは誰か、責任を果たすべきは誰か、ここから見つめ始めます。

 

それはやがて、過去に兄弟を売り飛ばした自分自身が、今度こそ兄としての責任を果たさなければならないと、口にした言葉へとつながっていきます。「何とぞ、この子の代わりに、この僕を御主君の奴隷としてここに残し、この子はほかの兄弟たちと一緒に帰らせてください」

 

嫉妬心から身勝手な行動を起こしたユダが、正しくなるまでの過程には、タマルという女性の追及と、彼女にもたらされた気づきがありました。そして、彼女の息子、ペレツの子孫からダビデ王が誕生し、イエス・キリストの誕生へとつながっていきます。

 

自分の過ちを見つめられない、自分の責任を認められない、そんな人間に対し、神様は和解と平和をもたらすため、思ってもみない方法で、私たちに働きかけてきます。その働きを思い起こし、キリストの再臨を待つアドヴェントまで、残り2週間となりました。共に、もう一度自分自身を見つめ直し、新しい生き方を求めて祈りましょう。

 

とりなし

共に、神様から与えられたとりなしの務めを果たしましょう。本日は『信徒の友』の「日毎の糧」で紹介されている(島根県益田市の益田教会)のために、治療・療養している人のために、事故や災害に遭った人のために、将来に悩んでいる人のために、祈りを合わせましょう。

 

◆神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、私たちがささげる祈りをお聞きください。

◆島根県益田市の益田教会のために祈ります。豊かな自然と人情に恵まれたこの地域に、あなたの祝福がありますように。そして、地域と共に、教会が一つとなって、あなたの愛と平和を伝えていくことができますように。

◆治療・療養している人のために祈ります。心身の病や疲れ、衰えのために、なかなか会えない人たちに、あなたの癒しと回復がありますように。少しずつ、回復している人たちに、引き続き、あなたの励ましと力が注がれますように。

◆事故や災害に遭った人のために祈ります。思いがけない事件によって、苦しんでいる人たちに、あなたの慰めがありますように。近くに支えてくれる人、受けとめてくれる人が与えられ、一緒に生活を取り戻すことができますように。

◆将来に悩んでいる人のために祈ります。目指したいこと、やるべきことが見つからない人たちに、あなたの励ましがありますように。夢や希望が持てない人に、それを見出だすきっかけが与えられますように。

◆今も生きておられ、私たちをとりなしてくださる方、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

讃美歌

オンライン賛美歌「あなたの内なる人を」(©️柳本和良)を歌いましょう。こちらも、飛沫感染を避けるため、マスクをしたままで歌います。

 

主の祈り

共に、イエス様が弟子たちに教えられた最も基本的な祈りを祈りましょう。主の祈り。

 

天にまします我らの父よ。

願わくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。

みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を今日も与えたまえ。

我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、 我らの罪をも赦したまえ。

我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。

国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。アーメン。

 

以上で第一部「聖書研究会」を終わります。配信後、時間のある方は飛沫防止用のパーテーションをつけた2階集会室で、質問や感想などを分かち合う第二部「分かち合い」のときを持とうと思います。また日曜日まで、皆さん一人一人に神様の平和がありますように。