ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

岐阜市の華陽教会にいる牧師個人のブログ

『どこにも行けない人たちへ』 使徒言行録2:1〜13。

ペンテコステ礼拝 2020年5月31日


「『どこにも行けない人たちへ』使徒言行録2:1〜13」

 

招 詞

かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。(ヨハネによる福音書14:20)

 

讃美歌

オンライン讃美歌『閉じこもる私たちに』(©柳本和良)を歌いましょう。(マスクをしておられない方は、受付で配布しているマスクをご着用ください。前後左右の人と十分に距離をとって小さな声で歌いましょう。)

 

お祈り

共に祈りを合わせましょう。

 

◆愛と力の主である私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の礼拝が持てることを感謝致します。どうか今、初めて来た人、久々に来た人、配信を見ながら礼拝に出ている人を祝福してください。

◆主なる神よ、私たちは今日ペンテコステを迎えました。弟子たちに聖霊が送られた日、教会の誕生を祝う日です。どうか今、かつて閉じこもっていた弟子たちのように、戸を閉めた家から出られない人たちに、あなたの聖霊を注いでください。

◆主なる神よ、あなたは口を閉ざし、目を閉ざし、耳を閉ざす者の心に、吹き付ける風をもたらします。口にできなかった言葉、目に留まらなかった気づき、耳に入らなかった希望を与えます。どうか今、その力を私たちに分かち合わせてください。

◆主なる神よ、大きな出来事に隠された苦しみ、気づかれない痛みに、あなたが寄り添ってくださることを覚えます。どうか今、人々から忘れられ、無視された問題を抱える人たちに、あなたの回復がもたらされるよう、私たちを用いてください。

◆主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖 書

聖書の言葉を聞きましょう。使徒言行録2:1〜13。

 

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」人々は皆驚き、とまどい、「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言った。しかし、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、あざける者もいた。

 

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Alexas_FotosによるPixabayからの画像

メッセージ

似てるようで違う

ペンテコステに人々が体験した出来事は、私たちの現状と似ているとも言えるし、決定的に違うとも言えます。この日、イエス様の弟子たちは、エルサレムの家の中で閉じこもって祈っていました。復活したイエス様が天に昇って、文字通り取り残された彼らは、頼る人を失って、再びユダヤ人に捕まることを恐れていたのかもしれません。

 

ちょうど、緊急事態宣言が解除され、ある程度の行き来が許容されるようになった現在も、再び感染が広がるのを恐れ、ビクビクしている私のように……ところが、恐れと不安に縮こまっている人たちに、突然激しい風が吹き付け、炎のような舌が現れます。どうやら、イエス様が約束された「助け主」、神様の送る聖霊が弟子たちに降ったようでした。

 

これをきっかけに、今まで閉じこもっていた彼らは家を飛び出し、ユダヤ人に捕まるリスクがあるにもかかわらず、往来で語り始めます。しかも、田舎の出身の元漁師であった教養のない弟子たちが、いきなり外国の言葉で話し始める。

 

明らかに特別な出来事です。それまで不可能だったことが可能になった。思わず、今日という日に私たちがしている体験と重ねたくなります。今まで飛沫感染を避けるため、歌詞の朗読に留めていた讃美歌も、屋外で距離をとって、マスクをしたまま歌い始めた。

 

著作権に配慮して、讃美歌を省いていた動画も、リアルタイムの配信で、手作りの讃美が歌われるようになった。今までだったらあり得ないことです。間違いなく、今日は新しいことが始まった日。

 

けれども同時に、2000年前のエルサレムと現在の教会では、決定的に違うことがあります。それは、彼らと違って、私たちは一つの部屋に大勢で集まることも、町を超え、県を超え、国を超えて、大っぴらに集まることもできなくなったということです。

 

一つになれない

緊急事態宣言が解除されたとはいえ、感染症のリスクはまだ高い。ついこの前まで、葬儀でさえ10名以上集まるのを避けるよう要請されていた。それなのに、少なくとも12人の弟子たちが一つの部屋に集まっていた……というのは、今の私たちが気軽に真似できることではありません。

 

今日も、晴天なら屋外で、雨天なら複数の部屋に分かれて礼拝する……というなかなか大変な措置を取りました。「聖霊を求めて祈るため、みんなで同じ場所に集まりましょう」ということが、できなくなっているんです。

 

しかも、聖書には弟子たちが外へ飛び出すと、祭りに来ていた大勢の人がエルサレムに集まっていたと書かれています。パルティア、メディア、エラムから。メソポタミア、ユダヤ、カパドキアから。ポントス、アジア、フリギアから……文字どおり州を超え、国を超え、人が集まっているところでした。

 

こんなの今考えられないですよね。新型コロナのために、あらゆるイベントが中止になり、多くの町や村で、祭りも延期になりました。教会から外へ出れば、休日に出歩く人がたくさんいるかと言えば、そんなことはありません。

 

今までより、人通りの少ない帰り道。そして思い出します。今日はペンテコステという特別な日にみんなで集まれたけど、基礎疾患や感染リスクの高い人は、やっぱり会うことができなかった。来週からは自由に集まることはできず、しばらく教会員の半分ずつしか集まれない。週によっては、どこへも行けない日曜日がやってくる。

 

この後、世界中のあらゆるところへ出て行って、イエス様の教えを伝えた弟子たちとは大違いです。私たちはこれからも気軽に外へ出られない、自由にどこかへ行けない日々を送ります。「集まる」ということが困難な日々が続きます。

 

弟子たちが一つになって集まっていた、世界中の人がエルサレムに集まっていた、そんなところへ送られてきた聖霊は、みんなで集まることのできない、一つになることのできない私たちのところへも、果たしてやって来るんでしょうか?

 

弟子たちどころか、あらゆる国の人々が家に閉じこもっている今、集まることができない今、「聖霊に満たされる」なんて体験が私たちにできるでしょうか? もはや、本当のペンテコステを体験することは不可能じゃないでしょうか?

 

そこに居合わせる

いえ、実は違うんです。この日、集まることができない人たち、一緒にいることができない人たちも、「そこに居合わせられる」のが、ペンテコステの奇跡なんです。もう一度、エルサレムに集まっていた人たちが、どこから来たのか見てみましょう。

 

パルティア、メディア、エラムから……フリギア、パンフィリア、エジプトから……それってどこだよ? と聞きたくなる国や地域がけっこう出てきますよね。お察しのとおり、これらの国はエルサレムから近い距離とは言い難い。祭りに合わせて、全ての国から人が集まるのは、地理的にかなり無理がある。

 

ウィリアム・ウィリモンという説教者は、さらに驚くことを言っていました。実はこの中には距離的な問題だけでなく、より集まるのが難しい現状があった。それは、既に滅ぼされた人たち、200年前に全滅していた民族も含まれる……ということです。

 

他にも、聖書に一度しか出て来ない、ほとんど忘れられた人たちも、なぜかこの日に集まっていました。なんと、ペンテコステに聖霊が降った弟子たちの言葉を聞いたのは、時間的にも距離的にも、集まることが困難な、いえ、ほぼ不可能な人たちでした。

 

一緒に祈りたくても集まれない、一緒に祝いたくても来られない現実は、かつての人々の間にもあった。にもかかわらず、この日集まれないはずの人たちが、居合わせるはずのない人たちが、一緒に聖霊による語りかけを聞いたと聖書は伝えているんです。

 

そう、聖霊は集まれないはずの人たちを居合わせる。だからこそ、今も自宅で待機しなければならない人、家から出られない人、教会へ集まれない人たちに、私たちは語るんです。あなたも今日、私たちと一緒に聖霊を注がれ、神様の言葉を語られたと。

 

もし、あなたがどこにも行けなくなったとしても、そんなこと聖霊は意にもかしません。集まれないはずの人、顔を合わせられない人を居合わせる力が、あなたに注がれるからです。共に、目を開けて、耳を澄まし、口を開いて、恵みを分かち合いましょう。

 

紹 介

本日、初めて教会に来られた方、久しぶりに来られた方をご紹介します。よかったら、受付で案内した方と一緒にお立ちください。配信に乗らないように、お名前は後ほど紹介させていただきます。

 

とりなし

共に、礼拝につながった者として、とりなしの務めを果たしましょう。

 

◆神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、わたしたちがささげる祈りをお聞きください。

◆世界の国民と政府のために祈ります。主よ、政治に携わる人々に、知恵と勇気と良心を与え、全ての場所に、自由と平和をもたらしてください。

◆世界に広がる全ての教会のために祈ります。主よ、教会を聖霊によって力づけ、その信仰を新たにし、私たちの一致と結びつきを強めてください。

◆教会員のために祈ります。主よ、私たち全てを、御言葉によって豊かに養い、あなたの愛と平和を伝える者として送り出してください。

◆一緒に礼拝できなかった人のために祈ります。主よ、病気や衰え、仕事や様々な事情のために、一緒に礼拝できない人たちを、あなたが癒し回復してください。

◆身近な人のために祈ります。主よ、私たちの家族や友人、仲間たちが、あなたの愛を知れますように、私自身を用いてください。

◆幼稚園、教会学校、地域の子どもたちを覚えて祈ります。主よ、子どもたちの健康と安全を守り、疲れを癒し、安らぎと成長をもたらしてください。

◆苦しんでいる人のために祈ります。主よ、病気や怪我、悩みや苦しみを抱える人たちに、あなたからの平安と、必要な助けを与えてください。

◆今も生きておられ、とりなしてくださる方、主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

主の祈り

共に、主イエス・キリストが私たちに教えられた、最も基本的な祈りを祈りましょう。

 

天にまします我らの父よ。

願わくは御名をあがめさせたまえ。

御国を来たらせたまえ。

みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を今日も与えたまえ。

我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。

我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。

国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。

アーメン。

 

献 金

感謝の献げ物として献金をします。礼拝のライブ配信に参加されている方は、また後日、教会に来られたときにおささげください。

 

讃美歌

もう一度、オンライン讃美歌『閉じこもる私たちに』(©柳本和良)を歌いましょう。先ほどと同じように、マスクを着用したまま周りの人と十分に距離をとって小さな声で歌いましょう。

 

祝 福

共に、神様の祝福を受けましょう。

 

どうか、平和の主御自身が、いついかなる場合にも、あなたがたに平和をお与えくださるように。主があなたがた一同と共におられるように。アーメン。

(テサロニケの信徒への手紙二3:16)