聖書研究祈祷会 2020年8月5日
『野垂れ死ねと言ってます?』聖書研究祈祷会 2020年8月5日
案 内
岐阜県内で、新型コロナウイルスの感染が再び増えてきたことを受けて、本日から聖書研究祈祷会も、教会で一番広い礼拝堂で行います。また、感染症のリスクを少しでも抑えるため、メッセージ後の質問や感想を分かち合う時間を省き、自宅待機中の方と一緒に、配信を通して祈りを合わせたいと思います。
讃美歌
それではただいまより、聖書研究祈祷会を始めます。最初に、オンライン賛美歌「離れているけれど」(©️柳本和良)を歌いましょう。飛沫感染を避けるため、フェイスガードやマスクをしたままで歌います。
お祈り
ひと言お祈りをします。共に心を合わせましょう。
◆愛と力の源である私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、この時間に集まれたことを感謝致します。どうか今、離れている人、ここにいない人も、必要な力を受けることができますように導いてください。
◆私たちの神様、再び感染が増えてきた中で、何とか祈りと学びのときを継続するため、新しい集まり方で聖書研究祈祷会を始めます。どうか今、ここに来る人、帰る人の安全を守り、信仰生活を豊かにしてください。
◆私たちの神様、教会に通っている人の家族や友人に、心身を壊している人や治療中の方がいます。どうか今、必要な癒しと回復がもたらされ、そばにいる人の心と体も支えてください。
◆私たちの神様、高校や大学で感染してしまった生徒や学生、その周りにいる人たちが、速やかに元の生活へ戻れますように。どうか今、関係者の負担が少しでも軽減されますように助けてください。
◆私たちと共におられるイエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
聖書朗読
聖書の言葉を聞きましょう。ルカによる福音書6:27〜38(新共同訳より抜粋)
*当ブログ全体における聖書の引用を適切な範囲内で行うため、後ほど聖書箇所のみ記載し、本文をカットすることがあります。後からご覧になる方は、該当する聖書箇所を日本聖書協会の「聖書本文検索」か、手元に新共同訳聖書がある方はそちらからお読みください。 |
メッセージ
お人好しすぎる
敵を愛しなさい、あなたを憎む者に親切にしなさい、悪口を言う者に祝福を祈りなさい、あなたを侮辱する者のために祈りなさい……こんなこと面と向かって要求されたら、口にした人間が正気かどうか疑うでしょう。
誰かに憎まれ、悪口を叩かれ、侮辱されている人がいたら、何よりもまず、その人の身が守られなければなりません。より深く傷つけられること、より追い詰められることを防がなければなりません。それなのに、今殴られた人に対し、「殴った人を赦しなさい。彼のために祈りなさい」なんて勧めたら、セカンドレイプと変わりません。
いやいや、ここで言われているのは、「喧嘩した相手と仲直りしなさい」くらいの意味でしょう?……そう思われるかもしれません。でも、次の瞬間にはこう続きます。「あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない」……もはや犯罪行為の容認じゃないですか!
こんなこと認められません。イエス様はとんでもないことをおっしゃっています。もし、このとおりに実行すれば、世の中で暴力や虐待に苦しむ人の大半は、野垂れ死んでしまうでしょう。
事実、被害を訴えてきた人に対し、「聖書に人を裁くなと書いてある」「彼のために祈りましたか?」「相手を赦さなければ、あなたも罪に定められる」と無批判に返す言葉によって、加害者の暴力を止められず、エスカレートしたDVやストーカーで、命を落とした人もいます。なかなか厄介な箇所ですよね。
お人好しは誰か?
イエス様には悪いですが、私ならこう言うでしょう。あなたを憎む人間は避けなさい、悪口を言う者は無視しなさい、侮辱する者は叱りなさい。あなたの頬を打つ者には警察を呼びなさい、上着を奪い取る者がいたら訴えなさい、あなたの敵から逃げなさい。
こっちの方が真っ当じゃないですか? むしろ、こうしないと安心して生きていけません。イエス様の要求は私たちを無防備にします。「求める者には、だれにでも与えなさい」……紐になる人間を大量生産しそうです。「あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない」……泣き寝入りせよ、ということでしょうか?
普通、こんな教えは守れません。実際、聖書の言葉を引用して「人を裁くな」「罪を赦せ」「相手のために祈りなさい」と言ってくる人間の多くは、それができてないですよね? 加害者に働きかけず、被害者にばかり要求する。本人は善意のつもりだけれど、実際は加害者の罪をさらに重ね、被害者の負担を増やしていく。
「敵を愛しなさい」から始まるイエス様の言葉は、皮肉にも、加害者がコントロールしやすい都合の良い人間を作ります。逆らわず、訴えず、黙って耐え続ける人間……そんなお人好し、この世の中で生きていけません。悪い人からいいように利用され、ボロボロにされ、捨てられてしまうのがオチでしょう。
実際、私はそういう目に遭った人を知っています。自分を憎む者に愛を語り、罵る者を庇って神様に祈り、裸にされても抵抗せず、最終的に殺されてしまった……そういう方を知っています。そう、まさにこの教えを語っているイエス様ご自身です。とんでもないお人好しとして、無実の罪で訴えられ、みんなの代わりに死んでしまった。
聖書を読み進める私たちは、イエス様が酷い目に遭うのを見て、思わず叫びたくなります。誰か群衆をとめないと! 罵ったり、唾を吐きかけたりするのをとめないと! 十字架の上で弱っている無実の人に、言いたい放題叫ぶのをやめさせないと! この方は救い主なのに! 間違っていない方なのに!
けれども、誰一人イエス様を庇う者はいませんでした。むしろ、自分かわいさに口を閉じ、見捨てる人の方が多かった。私がここにいたら、無抵抗なイエス様を何とかして守らなければと思うのに、彼らはイエス様を罪人だと責めている。
保護されなかった人
そう、聖書の記述は「私たちがこういう要求をしてしまう相手が誰なのか」を突き付けます。加害者の罪を訴える被害者に、我慢することを要求し、相手を赦すよう強要し、自分に火の粉が飛ばないように、暴力から守ることを放棄する。それをしている相手が誰なのか、私が今、見捨てている相手が誰なのか、聖書は雄弁に語っている。
あなたがそれと気づかず、要求ばかりしている相手は、保護を放棄した相手は、あのとき十字架にかかったイエス様なのだと……しばしば、私たちが関わりたくない相談を持ちかけ、聖書を引用して黙らせたくなる相手は、「大人しく我慢していて」と要求したくなる相手は、あのときみんなが見捨ててしまったイエス様と一緒にやって来ます。
何も知らない私たちは、愚かにも、この人が教会の中をかき乱す、自分の居場所を混乱させる「罪人」のように感じてしまうかもしれません。けれど、実は私の方こそ、イエス様の恩を知らない悪人なのかもしれません。多くの人から厄介者扱いされたイエス様は、今も自分と同じく、最も話を聞いてもらえない人と共にいます。
「人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない」「あなたがたは自分の量る秤で量り返される」……もう一度、この言葉を強く噛みしめたいと思います。
イエス様は誰一人、野垂れ死ぬことのないように、自分の命をささげられた方でした。その行為を再び蔑ろにしてないか、平和のために祈り求めるこの夏も、見つめ直していきましょう。
とりなし
共に、神様から与えられたとりなしの務めを果たしましょう。本日は『信徒の友』の「日毎の糧」で紹介されている(愛媛県北宇和郡の近永教会)のために、戦争や紛争が続いている地域のために、被曝者や元従軍慰安婦のために、人権が脅かされている人のために祈りを合わせます。
◆神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、私たちがささげる祈りをお聞きください。
◆愛媛県北宇和郡の近永教会のために祈ります。この教会の一人一人の健康が守られ、福音の原点に立つ伝道を継続できますように。特に、移動が困難な現状ですが、出張伝道の働きが実を結びますように。
◆戦争や紛争が続いている地域のために祈ります。政治的、宗教的、歴史的な対立によって、戦争や紛争が続いている地域、また、これから起ころうとしている国々に、誠実な和解がもたらされますように。
◆被爆者や元従軍慰安婦のために祈ります。かつて落とされた原爆や実験、原発事故によって被曝した人たちや、元従軍慰安婦の方々に、必要な補償がもたらされ、被害を繰り返さない社会が作れますように。
◆人権が脅かされている人のために祈ります。デモが続いている香港の若者や迫害に遭っているウイグル人、差別に抵抗しているアフリカ系アメリカ人の上に、あなたのお守りと回復がありますように。
◆今も生きておられ、私たちをとりなしてくださる方、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
讃美歌
オンライン賛美歌「神よ 諦めない心」(©️柳本和良)を歌いましょう。こちらも飛沫感染を避けるため、フェイスガードやマスクをしたままで歌います。
主の祈り
共に、イエス様が弟子たちに教えられた最も基本的な祈りを祈りましょう。主の祈り。
天にまします我らの父よ。
願わくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を今日も与えたまえ。
我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、 我らの罪をも赦したまえ。
我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。
国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。アーメン。
以上で聖書研究祈祷会を終わります。また日曜日まで、あなたに平和がありますように。