ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『指導者を送り出す』 使徒言行録15:22〜29

聖書研究祈祷会 2023年6月14日


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案 内

華陽教会では、賛美中のマスク・消毒・換気・加湿・三密回避の座席調整をした上で、聖書研究祈祷会を配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、聖書の言葉を味わいましょう。

 

讃美歌

マスクをお付けいただき、讃美歌21の145番「全地よ、主に歌えよ」を歌います。諸事情でマスクの着用ができない方は、歌うのをご遠慮いただき、心で賛美を合わせましょう。

 

お祈り

ひと言お祈りをします。共に心を合わせましょう。

◆愛と力の源である、私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて聖書研究祈祷会を始めることができ、感謝いたします。どうか今、ここに集まった人たちと、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を求めている人を導いてください。

◆私たちの神様。今週も様々な事件に遭遇し、落ち着かない日々を過ごしている人たちへあなたの憐れみがありますように。どうか今、慌ただしさから解放され、安心できる仲間と時間がもたらされ、希望と励ましを受け取ることができますように。

◆私たちの神様。自分の噂に傷ついた人、誹謗中傷を受けた人、デマや誤情報に巻き込まれた人たちへ、あなたの慈しみがありますように。どうか今、暴力から逃れる場所と、誤りが正される機会と、関係を回復していく時間と過程がもたらされますように。

◆私たちの神様。誰かを傷つけてしまった人、過ちを犯してしまった人、間違いに気づいたばかりの人へ、あなたの助けがありますように。どうか今、相手が癒されるように、自分を改めるように、関係を築き直せるように、必要な勇気と理解を与えてください。

◆私たちを新たに送り出す、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖書朗読

聖書の言葉を聞きましょう。使徒言行録15:22〜29の新共同訳と聖書協会共同訳を朗読します。

*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。

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rim leeによるPixabayからの画像

メッセージ

教会が建てられていった始めの頃、初代教会の時代にも、既に多くの課題や問題が発生していました。原因の一つが、今までユダヤ人ばかりだった教会が、エルサレムにしかなかった教会が、世界各地に建てられて、異邦人の信徒が増えていき、信仰生活の多様化が進んでいったことです。

 

これまでは、ユダヤ人としてイスラエルで生まれ、ユダヤ人の社会で信仰生活を送ってきた人々が、異邦人として外国で生まれ、外国で信仰生活を送る信徒に、何を守るよう教えるか、どこで一致することを目指していくか、問われるようになったことです。教憲教規の規定や解釈を巡って、議論と論争が続いている、今の教団とも重なります。

 

当初、初代教会の間では、今まで多くを占めていたユダヤ人と同じように、異邦人も割礼を受け、モーセの慣習に従わなければ救われない……と教える声がありました。割礼というのは、男性の包皮の一部を切り取る儀式で、ユダヤ人であれば、生まれて間もなく行われますが、成人した異邦人には、ハードルの高い掟でした。

 

子供の場合は、大人にやってもらえますが、大人の場合は、誰かを手伝わせるわけにいかず、痛みに耐えて、自分でやらなければなりません。傷が癒えるまで碌に動けず、家族を養うこともできません。それでも、その掟を守らせなければ、自分たちと同じようにならなければ、一緒にやっていくことはできないと、訴え続ける人たちがいました。

 

だって、旧約聖書に書いてある、律法で定められている、神様がそう命じているから、そうさせるのが正しいんだ、異邦人のためなんだと、彼らは考えていたでしょう。決して異邦人を排除するためではなく、異邦人の救いのために、正しく教えを守るために、善意で訴えていたんでしょう。

 

そこで、史上初の教会会議と呼ばれる、エルサレムの使徒会議が開かれます。この会議では、生活スタイルの違う外国であっても、もともと異なる信仰を持っていた者も、神様から聖霊を受けて、共に礼拝するようになったことが、パウロやペトロを通して伝えられました。

 

神様は、既にこの人たちを受け入れている。この人たちを自分の民、神の民としてユダヤ人と同じように招いている。それなのに、私たちが条件をつけて、彼らを拒んでしまうのは、神様の望むところじゃない。ユダヤ人も、異邦人も「神の民」「キリスト者」として求められていることは、同じやり方をすることではなく、同じ神様を信じることだ。

 

そうして、協議の結果、満場一致で「異邦人に割礼を求めることはしない」という結論になりました。驚くべき変化です。異邦人に厳しいことで有名だった、ファリサイ派から信徒になった人たちも、かつては異邦人を焼き滅ぼそうと口走っていた使徒の一人も、満場一致で、割礼を受けてない異邦人を仲間に迎えると決定したんです。

 

さらに驚くべきことに、この決定を、アンティオキアと、シリア州と、キリキア州に住む異邦人へ伝えるため、エルサレムで指導的な立場にいたユダとシラスが派遣されます。ちょっと忘れそうになりますが、使徒会議が開かれるようになったとは言え、エルサレムの教会は迫害で壊滅的なダメージを受け、経済的にも困窮しています。

 

後に、パウロが献金を集めて、エルサレムへ届けにいったことからも分かるように、当時のエルサレム教会は、決して安定した状態ではありませんでした。むしろ、信徒が増えて、教勢を伸ばしている外国の教会よりも、ずっとずっと厳しい状態でした。そんな自分たちの教会から、指導的な立場にいる2人をパウロとバルナバと共に送り出すんです。

 

指導的な立場と言っても、単なる先生とは違います。32節に、「ユダとシラスは預言する者でもあったので、いろいろと話をして兄弟たちを励まし力づけ」たと出てきます。迫害で一旦仲間が去った後、また少しずつ戻ってきた教会を、この2人がどれだけ支えてきたかは想像に難くありません。

 

教会員としては、この2人が自分たちの教会を出て行って、他の教会を巡り歩くことは心穏やかじゃないと思います。パウロとバルナバと一緒に、向こうへ留まって、帰ってこなかったらどうしよう? アンティオキアやキリキア州の人たちが、帰らせてくれなかったらどうしよう? 本当に、ユダとシラスを送り出さなきゃいけないのか?

 

いやいや、パウロとバルナバに私たちから書き送った手紙を持たせれば十分じゃないですか? 今、私たちの教会だって、かなり厳しいじゃありませんか? イエス・キリストの名のために身を献げている熱心な指導者を、2人も外へ送り出すって、私たちはどうなるんですか? 先生が不在の間、ますます、うちが厳しくなるかもしれないのに!

 

そんな反応があってもおかしくない。それなのに、会議のあと、エルサレム教会は、パウロとバルナバに、ユダとシラスを同行させ、丁寧な手紙を書いて送り出します。もはや異邦人を拒む姿も、自分たちに合わせようとする姿もありません。むしろ、自分たちが異邦人の教会のために、普通ならできない決断をして、自らの指導者を送り出します。

 

使徒会議の決定が記されたこの箇所は、教会の中で、間違った意見に正しい意見が勝ったという話ではないんです。むしろ、容易には覆せない自分の立場を覆し、相手を変えようとしていた者が、自分自身を変化させ、古い生き方から、新しい生き方になっていく、ダイナミックな話なんです。

 

神様は、私たちが見出せなかったことを見出せるように、受け入れられなかったことを受け入れられるように、選択できなかったことを選択できるように、日々、聖霊を送って新しくしてくださいます。それは、聖書の解釈や、教憲教規の規定を巡って議論を続ける教団や教区でも同じです。

 

どうか、「正しい意見」で「間違った意見」に勝とうとする姿勢ではなく、意見が衝突する者と一緒に、新しい生き方へ変えられていく、聖霊の導きを信頼して、歩んでいくことができますように。最初の使徒会議で起きた奇跡が、私たちの間にも実現していくこと、実現しつつあることを、信じて歩めますように。アーメン。

 

とりなし

共に、神様から与えられたとりなしの務めを果たしましょう。本日は『信徒の友』の「日毎の糧」で紹介されている(宮城県仙台市の仙台南伝道所)のために、子どもたちのために、青年・壮年のために、高齢者のために、祈りを合わせましょう。

 

◆神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、私たちがささげる祈りをお聞きください。

◆宮城県仙台市の仙台南伝道所のために祈ります。会衆と教師の健康が守られ、礼拝につながる人が広がっていきますように。伝道所から教会への道が開かれ、神の言葉を聞く場所として、立ち続けることができますように。

◆子どもたちのために祈ります。保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校、専門学校、大学、フリースクールで、教師や友人との関係、親や兄弟との関係、部員や顧問との関係に悩んでいる人たちが守られ、平和な日常を送れるようになりますように。

◆青年・壮年のために祈ります。進路や就職、恋愛やハラスメント、障害や心身の病に悩んでいる人たちが、頼ったり、相談したり、支え合う人と出会って、関係を育めますように。十分な休息と、勇気と、エネルギーを得られますように。

◆高齢者のために祈ります。心身の衰えを感じ、知り合いが少なくなってきた人たちに、新たな出会いと喜びが、日々もたらされますように。一人一人が孤立から守られ、豊かなつながりを与えられ、楽しく穏やかな時間を過ごせますように。

◆今も生きておられ、私たちをとりなしてくださる方、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

讃美歌

マスクをお付けいただき、オンライン賛美歌15番「わたしたちは旅人」(©️柳本和良)を歌います。

 

 

主の祈り

共に、イエス様が弟子たちに教えられた最も基本的な祈りを祈りましょう。讃美歌21の93-5Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の4頁にも掲載しています。主の祈り……

 

 

報 告

本日も教会に集まって、また配信を通して、聖書研究祈祷会にご参加くださり、感謝致します。先週の聖書研究祈祷会は、教会に集まった 名、同時に視聴された 名、計 名が参加されました。後から動画や原稿を見て祈りを合わせてくださった方も感謝致します。

 

配信終了後、時間のある方は14:30まで、聖研の質問や感想、キリスト教について気になっていることなど自由に聞ける第二部「分かち合い」の時を開きます。人前でお祈りするのを遠慮したい方は、飛ばしてもらうこともできます。よかったらぜひご参加ください。

 

それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に神様の平和がありますように。