ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

岐阜市の華陽教会にいる牧師個人のブログ

『天使の所業が容赦ない』 ヨハネの黙示録8:1〜13

聖書研究祈祷会 2019年11月13日

 

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【本当に天使?】

 多くの場合、天使という存在は優しさと清らかさの象徴として描かれます。たとえば、ある人を指して「まるで天使のようだ」と言っているのが聞こえれば、その人が、無垢で優しく思いやり深い性格であることが伝わってきます。

 

 「天使のような子ども」と言えば、汚れを知らない、素直で可愛い子どものことが思い浮かぶでしょう。

 

 ところが、黙示録に出てくる天使たちは、普段私たちが思い浮かべる天使とは、だいぶかけ離れた様子を見せています。

 

 人間を悪から守るどころか、積極的に滅ぼしにかかる。優しさや思いやりを見せるよりも、容赦ない裁きや残忍さを見せてくる。むしろ天使のイメージには似合わない、暴力的な一面や凶暴性が、これでもかというほど出てきます。

 

 いったいどうしちゃったんでしょう? 先ほど読んだ聖書箇所では、まさに7人の天使たちが、人間を滅ぼすために次々と災いを起こしていました。

 

 黙示録には、「子羊」という象徴で表されるイエス様が、世の終わりに再び地上へ現れて、神様から渡された巻物を持ち、「七つの封印」を解いていく様子が描かれます。

 

 この「封印を解く」という表現は、この世の悪に打ち勝って、神の支配を完成させるためにもたらされる、最後の審判、最後の裁きを表しています。ようするに、罪を悔い改めなかった、悪を犯し続けた人たちに対する、徹底的な裁きの預言です。

 

 これらの裁きを見てみると、罪人と一緒に食事をし、自分を裏切ろうとする弟子にさえ「友よ」と呼びかけたイエス様の姿からは、想像もできない厳しさが見えてきます。

 

【容赦ない裁き】

 たとえば、第一から第四の封印が解かれた際には、白い馬、赤い馬、黒い馬、青い馬に乗った者たちが現れ、地上の4分の1を支配し、剣と飢饉と死をもって、さらに野獣を使って人々を襲わせることによって、地上を滅ぼすことが書かれています。

 

 もはや悪魔の所業ですよね? 第五の封印が解かれた際には、殉教した人々の魂が、白い衣をまとって、自分たちを殺した者たちへ復讐を求める叫びが聞こえてきます。

 

 これも、かなりオカルトチックです。亡くなった人たちの魂が、怨霊になっていくかのよう……信仰生活を共にした仲間たちにとっても、ショッキングな話です。

 

 第六の封印が解かれると、地震が起きて太陽は暗くなり、月は真っ赤な血の色となって、天体が次々と地上に落ちてきます。

 

 神様とイエス様の怒りが降りかかる大いなる日には、誰もそれに耐えられない……ただ、悔い改めて神様に従った14万4千人だけは、刻印を施され、これらの裁きから逃れることができると言われます。

 

 この14万4千人という数字も、破壊的カルトの脅迫的な教えによく使われる部分です。「神の怒りを免れて救われることができるのは、14万4千人と決まっている。だから、早く我々の仲間になって救いの切符を手にしよう」

 

 そんな呼びかけで人々を入信させ、献金させ、組織に従わせるグループもあります。実際には、14万4千という数字は、「12×1万2千」という「完全なイスラエル」を表す表現で、信徒たち「全ての群れ」を表しています。

 

 別に、「14万4千人のうちに入らなければ救われない」という制限を意味するのではなく、そういった制限を超えた「完全な救い」を表す表現です。

 

 ただ、いずれにしても、それ以外の人たちは滅ぼされる、悔い改めなかった人たちは苦しみの末に殺される……という表現が目立つことには変わりありません。

 

 この、情け容赦ない裁きの担い手として、第七の封印が解かれる際には、イエス様が7人の天使たちを解き放ちます。

 

【天使の所業】

 天使たちはそれぞれラッパを持ち、各々がそれを吹く度に、深刻な環境破壊がもたらされます。

 

 第一の天使がラッパを吹くと、血の混じった雹と火が生じます。暑いのか寒いのかよく分かりません。でも、とにかく地上の3分の1が焼け、全ての青草がなくなります。

 

 第二の天使がラッパを吹くと、今度は火で燃えている大きな山のようなものが海に投げ入れられ、海の3分の1が血に変わります。

 

 これによって、海洋生物の3分の1が死滅する。神様に従わなかった人間だけを滅ぼせばいいのに、他の生き物も巻き添えになるところは、創世記に出てくるノアの洪水みたいです。

 

 第三の天使がラッパを吹くと、隕石のごとく燃えている星が落ちて来て、川という川の3分の1と、その水源を台無しにします。地球上の水の3分の1が飲めなくなり、多くの人が死んでいく。

 

 第四の天使がラッパを吹くと、太陽の3分の1、月の3分の1、星という星の3分の1が損なわれ、それぞれ3分の1が暗くなり、昼でさえ夜のようになってしまいます。

 

 リアルな話をすれば、太陽や月が3分の1も体積を減らせば、その時点で重力が乱れて、地球はすぐさま滅んでしまうでしょう。

 

 そんな中、一羽の鷲が空高く飛びながらこう言います。「不幸だ、不幸だ、不幸だ、地上に住む者たち。なお3人の天使が吹こうとしているラッパのように」

 

 どうやら、4人の天使がもたらした災い以上に、深刻な裁きが、後の3人の天使によって為されるようです。こんなことする天使たちは、もはや天使と呼べません。私たちからしたら、もはや悪魔の所業です。

 

【裁きが意味するもの】

 これらの裁きを見ていると、世の終わりに、神様を信じていない者、神様に従わなかった者、罪を悔い改めなかった者たちは、最も残酷な方法で、容赦なく苦しみをもたらされ、不幸にまみれて死んでいく……という恐ろしい光景をイメージさせます。

 

 事実、「そうならないためにクリスチャンになった」という人もいるでしょう。確かに、黙示録は「この世の終わり」「終末にもたらされる裁き」を事細かに描くため、私たちはついつい、自分たちの「死」や「滅び」に注意が向かいます。

 

 しかし、ここで思い出してほしいのは、神様が終わりをもたらすとき、何かを裁くときには、必ず新しい創造と回復がもたらされるということです。

 

 先ほど、天使たちが次々と深刻な環境破壊をもたらす際、その光景が創世記に出てくる「ノアの洪水」を思い出させると言いました。

 

 あの出来事も、地上の悪を一掃するため、神様が世界を破壊する話でしたが、同時に、全ての生き物と新しい契約、新しい約束をして、豊かな生き方ができるようにした話でした。

 

 実は、天使がもたらす裁きには、他にも旧約の出来事がいくつか思い出されます。たとえば、イスラエル人を奴隷にしていたエジプトに対する十の災い……雹が降ったり、水が血に変わって飲めなくなったり、太陽や星がなくなって暗闇に包まれるところは、まさにあの出来事を思い出させます。

 

 出エジプトの出来事も、非常に深刻な裁きと滅びが語られますが、そこには、神様とイスラエルとの新しい関係、新しい生き方がセットになって語られていました。

 

 神様は、罪を犯した者たちに単なる「終わり」をもたらすのでなく、悔い改めと新しい生き方をもたらすんです。

 

 黙示録が描いているのも、「悪人は死ぬ」「罪人は滅ぼされる」という単なる終わりではありません。

 

 むしろ、死者を生き返らせ、悔い改めない者を振り向かせ、信じない者を信じる者に変えられる、神の子羊、イエス・キリストの大いなる力を描きます。

 

 この方は、悪を徹底的に滅ぼされる方で、信じられない変化をもたらす方で、新しい神の国を到来させる、そういう力をもった方なんだ。

 

 だから、私たちも「滅ぼされたくない」「裁かれたくない」という恐れや恐怖によってではなく、「この方は私を変えてくださる」「私に新しい命を与えてくださる」という希望によって、生き方を変えていきたいと思います。

 

 主は、あなたを誠実に支配し、誠実に回復し、誠実に成長させてくださるからです。