ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『折られた人へ』 2021年受難日礼拝

受難日礼拝 2021年4月2日


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案 内

本日は、イエス様が十字架にかけられた日を記念する聖金曜日、受難日礼拝を行います。イエス様がエルサレムに入ってから、十字架につけられるまでの一週間、その心と体に受けられた、痛みと苦しみを想起します。

 

第一日目から第六日目まで、順番に聖書朗読と、祈りを合わせる賛美をします。賛美歌は全てマスクをしたままで歌い、光の命の象徴である蝋燭を一本ずつ倒していきます。あなたの心が折れた(力がかき消された)とき、イエス様も共に「折られた者」(吹き消された者)であったことを思い出しましょう。

 

*蝋燭に火を灯して準備できる場合は、一本ずつ火を消していく。

 

前 奏

オンライン賛美歌「どうか平和の主が」(©️柳本和良)

 

第一日目 マタイによる福音書21:1〜11

一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山沿いのベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」イエスがエルサレムに入られると、都中の者が、「いったい、これはどういう人だ」と言って騒いだ。そこで群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言った。

 

エルサレム入城

受難週の日曜日、イエス様は、もうすぐ自分を裏切る人たちに迎えられました。後に、自分を十字架につける、「殺せ」と叫ぶ人たちに歓迎を受けました。かつて大きな期待をかけられ、熱烈な歓迎を受けたのに、手のひらを返された誰かのように、この方は人々に迎えられました。あなたがぎこちなく入った場所に、この方もぎこちなく迎えられました。

 

讃美歌

「どうかへいわの主が/いついかなるときにも/あなたがたにへいわを/あたえてくださるように」(賛美歌を3回歌い、1本目の蝋燭を倒す)

 

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第二日目 マタイによる福音書21:12〜17

それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いをしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを倒された。そして言われた。「こう書いてある。『わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。』ところが、あなたたちは/それを強盗の巣にしている。」境内では目の見えない人や足の不自由な人たちがそばに寄って来たので、イエスはこれらの人々をいやされた。他方、祭司長たちや、律法学者たちは、イエスがなさった不思議な業を見、境内で子供たちまで叫んで、「ダビデの子にホサナ」と言うのを聞いて腹を立て、イエスに言った。「子供たちが何と言っているか、聞こえるか。」イエスは言われた。「聞こえる。あなたたちこそ、『幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美を歌わせた』という言葉をまだ読んだことがないのか。」それから、イエスは彼らと別れ、都を出てベタニアに行き、そこにお泊まりになった。

 

神殿から商人を追い出す

受難週の月曜日、イエス様は神殿で怒りの声を挙げました。大人しく周りに従い、黙っているなら、隅っこにいるのを許された、子どもや女性、外国人のために、激しい怒りを表しました。今も、理不尽に対する怒りを口にし、白い目で見られる誰かのように、この方は大人に白い目で見られました。あなたの足を踏む人に、この方も一緒に踏まれました。

 

讃美歌

「どうかへいわの主が/いついかなるときにも/あなたがたにへいわを/あたえてくださるように」(賛美歌を3回歌い、2本目の蝋燭を倒す)

 

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第三日目 マタイによる福音書21:23〜27

イエスが神殿の境内に入って教えておられると、祭司長や民の長老たちが近寄って来て言った。「何の権威でこのようなことをしているのか。だれがその権威を与えたのか。」イエスはお答えになった。「では、わたしも一つ尋ねる。それに答えるなら、わたしも、何の権威でこのようなことをするのか、あなたたちに言おう。ヨハネの洗礼はどこからのものだったか。天からのものか、それとも、人からのものか。」彼らは論じ合った。「『天からのものだ』と言えば、『では、なぜヨハネを信じなかったのか』と我々に言うだろう。『人からのものだ』と言えば、群衆が怖い。皆がヨハネを預言者と思っているから。」そこで、彼らはイエスに、「分からない」と答えた。すると、イエスも言われた。「それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい。」

 

権威についての問答

受難週の火曜日、イエス様は自分を信じない人たちと問答しました。保身のために、体裁のために、自分を貶めようとする人に、何度も仕掛けられました。次々と飛んでくる攻撃に、疲れを覚える誰かのように、この方も非難を受けてきました。あなたが誰かに絡まれるとき、この方も一緒に耐えていました。

 

讃美歌

「どうかへいわの主が/いついかなるときにも/あなたがたにへいわを/あたえてくださるように」(賛美歌を3回歌い、3本目の蝋燭を倒す)

 

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第四日目 マタイによる福音書26:6〜13

さて、イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家におられたとき、一人の女が、極めて高価な香油の入った石膏の壺を持って近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に香油を注ぎかけた。弟子たちはこれを見て、憤慨して言った。「なぜ、こんな無駄使いをするのか。高く売って、貧しい人々に施すことができたのに。」イエスはこれを知って言われた。「なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はわたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」

 

香油を注がれる

受難週の水曜日、イエス様は責められている人に感謝しました。自分のために、理解し難い選択をした人のために「この人は良いことをしてくれた」と言いました。周りから認められない誠実さを、ただ一人理解されました。あなたが責められ困っているとき、この方も一緒に悲しんでいました。

 

讃美歌

「どうかへいわの主が/いついかなるときにも/あなたがたにへいわを/あたえてくださるように」(賛美歌を3回歌い、4本目の蝋燭を倒す)

 

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第五日目 マタイによる福音書26:26〜35

一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。言っておくが、わたしの父の国であなたがたと共に新たに飲むその日まで、今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。」一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた。そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「今夜、あなたがたは皆わたしにつまずく。『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散ってしまう』と書いてあるからだ。しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く。」するとペトロが、「たとえ、みんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」と言った。イエスは言われた。「はっきり言っておく。あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」ペトロは、「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と言った。弟子たちも皆、同じように言った。

 

最後の晩餐

受難週の木曜日、イエス様は弟子たちに、将来神の国で一緒に食卓へ着くことを約束しました。自分のことを見捨てる人、自分を「知らない」と言う人に、「また飲もう」と言いました。あなたが誰かを見捨てたとき、この方は、あなたと再び座る席を用意していました。

 

讃美歌

「どうかへいわの主が/いついかなるときにも/あなたがたにへいわを/あたえてくださるように」(賛美歌を3回歌い、5本目の蝋燭を倒す)

 

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第六日目① マタイによる福音書27:32〜44

兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた。そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた。イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられていた。そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。

 

十字架にかかる

受難週の金曜日、イエス様は十字架にかけられました。病人を癒やし、たくさんの人を救っても、自分自身を救えない、無力な人として笑われました。偽善者だと指をさされ、これもやってみろ、あれもやってみろと言われる誰かのように、この方も悪い評価を受けました。あなたが中傷されるとき、この方も認められていませんでした。

 

讃美歌

「どうかへいわの主が/いついかなるときにも/あなたがたにへいわを/あたえてくださるように」(賛美歌を3回歌い、6本目の蝋燭を倒す)

 

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第六日目② マタイによる福音書27:45〜56

さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そこに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「この人はエリヤを呼んでいる」と言う者もいた。そのうちの一人が、すぐに走り寄り、海綿を取って酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに飲ませようとした。ほかの人々は、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」と言った。しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。そして、イエスの復活の後、墓から/出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「本当に、この人は神の子だった」と言った。またそこでは、大勢の婦人たちが遠くから見守っていた。この婦人たちは、ガリラヤからイエスに従って来て世話をしていた人々である。その中には、マグダラのマリア、ヤコブとヨセフの母マリア、ゼベダイの子らの母がいた。

 

イエスの死

最後に息を引き取るとき、イエス様は神様に「見捨てられた」と叫びました。誰にも助けてもらえない、味方についてもらえない、全てに見放された者として、情けないうめきを漏らしました。静かに、立派に、動じない者の姿ではなく、神様に泣き叫ぶ姿を見せました。あなたが神に嘆くとき、あなたはこの方と十字架の王座に座っています。

 

讃美歌

「どうかへいわの主が/いついかなるときにも/あなたがたにへいわを/あたえてくださるように」(賛美歌を3回歌い、7本目の蝋燭を倒す)

 

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沈 黙

感謝の言葉が出てこない、怒りの言葉が出てこない、嘆きの言葉が出てこない、慰めの言葉が出てこない……十字架にかかるまで、ほとんど黙っていたイエス様が、あなたと一緒に口を開くまで、共に祈りを合わせましょう。

 

しばらくの間、沈黙の時を持ちましょう。それぞれ、まとまらない思い、言葉にならない願い、名前がつけられない感情を、ゆっくり神様に差し出しましょう。あなたから出たものを整える、聖霊の手に委ねなさい。(約5分間)

 

主の祈り

共に、イエス様が教えられた主の祈りを祈りましょう。

 

天にまします我らの父よ。

願わくは御名をあがめさせたまえ。

御国を来たらせたまえ。

みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を今日も与えたまえ。

我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。

我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。

国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。

アーメン。

 

派 遣

「どうかへいわの主が/いついかなるときにも/あなたがたにへいわを/あたえてくださるように」……共に、繰り返し賛美を歌い、イエス様の復活を記念するイースターに向けて、互いを送り出しましょう。(賛美歌を7回繰り返す)

 

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報 告

以上で、聖金曜日の受難日礼拝を終わります。今度の日曜日はイースターです。華陽教会では、感染症対策のため、第一・第三日曜日と第二・第四日曜日に分かれて集まっているため、4日、11日、18日、25日の4回に分けて、1ヶ月間イースター礼拝を行います。

 

たくさん人が集まるのを避けて、イースター礼拝へ出るのを遠慮されている方も、どうぞお気軽にお問い合わせください。また日曜日まで、皆さん一人一人に神様の平和がありますように。