日曜礼拝 2025年4月27日
説 明
教会にお集まりの皆さん、おはようございます。オンラインで配信を見ている方も、おはようございます。まもなく、10:30から礼拝が始まります。礼拝の最中は、携帯をマナーモードにしていただき、後から来た人も座れるように、席の譲り合いをお願いします。
礼拝の中で、立ち上がって賛美歌を歌うところや、立ち上がって祈りを合わせるところもありますが、体が不自由な方やお疲れの方は、座ったままで大丈夫です。賛美歌、聖書、交読文は、備え付けの籠からお使いください。それでは、もうしばらくお待ちください。
案 内
華陽教会では、讃美歌委員会と日本聖書協会の著作物使用許諾を得て、日曜日の礼拝を配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、神の招きにあずかりましょう。
前 奏
(*奏楽者は牧師の案内のあと、前奏を弾き始めます。司式者は前奏の終わり頃に講壇へ立ち、会衆を招く準備をします。招詞の聖書箇所は読み上げる必要はありません。網かけ部分は司会が読むところ、四角部分は会衆が立つところです。(かっこ)は会衆の様子を見て省けるときは省きます。)
招 詞
これは主の御業/わたしたちの目には驚くべきこと。今日こそ主の御業の日。今日を喜び祝い、喜び躍ろう。(詩編118:23〜24)
讃美歌
旧讃美歌515番「十字架の血に」を歌いましょう。最後のアーメンはつけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)
お祈り
ご着席ください。共に祈りを合わせましょう。
◆復活と希望の主である私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の礼拝に集まることができ、感謝致します。どうか今、初めて来た人、久々に来た人、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。
◆私たちの神様。今週も、様々な課題や問題に直面しつつ、あなたに守られてきたことを感謝致します。どうか今、解決困難な悩みや葛藤を抱える全ての人に、あなたの御手が差し伸べられ、和解と平和が広がるように、助けてください。
◆私たちの神様。疲れている者、重荷を負っている者に、あなたは休む場所を与え、私たちと一緒に荷物を背負ってくださいます。どうか今、私たちも、互いに荷物を背負い合い、新しく生きていくことができるように、必要な知恵と力を与えてください。
◆私たちの神様。今日は、礼拝後に定期教会総会が開かれます。昨年度の一年間を振り返り、今年度の一年間の計画が立てられます。どうか今、一つ一つの協議を誠実に進めることができるよう、私たちみんなを導いてください。
◆信仰と希望と愛をもたらす、イエス・キリストのお名前によって、祈ります。アーメン。
聖 書
聖書の言葉を聞きましょう。マタイによる福音書28:11〜15の新共同訳を朗読します。会衆席にある新約聖書60頁です。
同じく、マタイによる福音書28:11〜15の聖書協会共同訳を朗読します。新しい翻訳の新約聖書58頁です。お持ちでない方は、新共同訳と読み比べながらお聞きください。
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*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。 |
交読文
詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編16:5〜11、新共同訳交読詩編の11頁です。
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『交読詩編』か『讃美歌21』の後ろの方をご覧ください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。(また、Aのところは牧師が、Bのところは会衆がお読みください。ご着席のままで大丈夫です。) |
讃美歌
讃美歌21の329番「目覚めよ、歌えよ」を歌いましょう。最後のアーメンはつけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)

メッセージ
救い主イエス・キリストが、十字架につけられて死んだ後、3日目に甦った出来事は、最初にイエス様と再会した女性たち(マタイによる福音書では、マグダラのマリアともう一人のマリア)によって、弟子たちへ伝えられました。他の福音書でも、マグダラのマリアと数名の女性たちが「空っぽの墓」の第一発見者であることが記されています。
女性たちは、弟子たちに次のことを知らせます。朝早く、まだ暗いうちに、イエス様のお墓へ行ったら、大きな地震が起こったこと。墓の入り口を塞いでいた大きな石が転がされ、中身が空っぽであるのが見えたこと。天から降ってきた天使が、イエス様は復活し、ガリラヤに行って待っていることを、弟子たちに告げるよう命じたこと。
さらに、このことを弟子たちへ知らせようと、女性たちが走っている途中、復活したイエス様が現れ、「行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる」と言われたこと……これらを聞かされた弟子たちは、言われたとおり、ガリラヤへ向かい、あらかじめ指示されていた山を登って、約束どおりイエス様と再会することができました。
しかし、11人の弟子たちの中には、復活したイエス様と再会したとき、まだ疑っている者もいました。他の福音書では、女性たちの話を聞くだけでは信じられなかった弟子たちが、復活したイエス様と直接会って、ようやく信じた話が語られますが、マタイによる福音書では、イエス様と再会してなお、本当に甦ったのか、疑う者が出てきます。
イエス様が十字架にかけられる前、三度にわたって「自分は十字架につけられて殺されるが、三日目に復活する」と言われていたにもかかわらず、空っぽの墓が発見されたにもかかわらず、目の前にその人が現れてくださったにもかかわらず、復活を受け入れることができません。
これまで、イエス様はヤイロの娘を生き返らせ、ナインのやもめの一人息子を生き返らせ、マルタとマリアの兄弟ラザロを生き返らせてきましたが、それでも、イエス様ご自身が甦ったことは、信じられない人が出てきます。そういえば、他の福音書でも、復活したイエス様が声をかけ、一人一人の前に現れたとき、それが甦ったイエス様だと、すぐに気づけた者はいませんでした。
マグダラのマリアは、復活したイエス様を園の番人だと思い、エマオの村へ向かっていた二人の弟子は、甦ったイエス様を初対面の旅人だと思っていました。自分たちのいる家の中へイエス様が現れても、弟子たちは「幽霊だ」と恐れおののき、手足を触らせてもらうまで、目の前で食事をするのを見せられるまで、「復活した」と信じることができませんでした。
教会で信仰生活を送っている人も、復活だけは、なかなか受け入れることができず、どう考えたらいいか分からない、どう信じたらいいのか分からない……という人がいますが、それは弟子たちも同じでした。あらかじめイエス様に言われたとおり、死んでから三日目に復活することを信じて、甦ったイエス様に会おうとした人はいませんでした。
「墓が空っぽになっていた」「わたしたちは主を見た」と聞かされても、イエス様が復活したと信じ、会いに行こうとした者はいませんでした。「たわ言だ」「馬鹿げたことだ」と相手にしないか、「本当に復活したんだろうか?」と疑いながら、見に行った者しかいませんでした。みんな疑っていたんです。信じられずにいたんです。
ところが、そんな彼らに向かって、イエス様はなお、期待を捨てず、自分へ会いに来るように「ガリラヤで待っている」と約束をします。自分と直接再会しても、なお疑っている人たちに対し、「恐れることはない」「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と宣言します。
さらに、疑う者もいる中で、「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」と命じ、「彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」と重要な使命を授けます。普通、自分の話を直接聞いても、なお疑っている者に対し、自分が教えたことを引き継ぐよう、自分を信じる者たちを任されるよう、お願いしようとは思わないですよね?
「あなたはわたしの弟子にふさわしくない」「私を信じる者たちをあなたに任せるわけにはいかない」と言って、追放するのが普通ですよね? けれども、イエス様はそうしません。イエス様は、復活を受け入れられない弟子たちに、復活を受け入れられるまで、40日にわたって、姿を現し続けます。「わたしは決して信じない」と言っていた弟子が「わたしの主、わたしの神よ」と告白するまで、ねばり強く彼らと出会い続けます。
神様を信じるようになって、信仰を告白し、洗礼を受け、礼拝に通い続けている今も、復活が信じられないという人は、安心してください。イエス様を信じ、イエス様に従っていた弟子たちも、あなたと同じだったんです。イエス様の奇跡を直接見ても、イエス様と直接再会しても、なお、復活を受け入れられなかったんです。
それでも、イエス様は彼らを変わらず「きょうだい」と呼び、自分を信じる者を託し、復活を受け入れられるまで、信仰が新たにされるまで、付き合い続けてくださいました。疑う者を排除せず、信じる者となれるまで、確信を持つ日がやってくるまで、世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいると宣言してくださいました。
復活を受け入れられないことは、あなたが神の国から遠い証ではありません。神の国、天の国の方から、世界を治めるイエス様の方から、あなたを迎えるために、あなたに確信を与えるために、やって来るからです。疑う者が疑ったまま、受け入れない者が受け入れないまま、放置されることはありません。
実は、空っぽの墓を発見し、天使が告げたことを聞いたのは、マグダラのマリアともう一人のマリアだけではありませんでした。マタイによる福音書では、墓を見張っていた番兵たちも、大きな地震に続いて天使が現れ、空っぽの墓が露わにされ、キリストが甦ったと知らされるのを聞いていたことが記されています。
その少し前、祭司長たちとファリサイ派の人々は、ローマの総督ピラトのところに集まって、「あの者がまだ生きていたとき、『自分は三日後に復活する』と言っていたのを、わたしたちは思い出しました。ですから、三日目まで墓を見張るように命令してください。そうでないと、弟子たちが来て遺体を盗み出し、『イエスは死者の中から復活した』などと民衆に言いふらすかもしれません」とお願いしていました。
ピラトは、「番兵を出してやるから、行って、思うとおりに見張らせるがよい」と答え、彼ら最高法院の管轄下に番兵たちを置いてやります。新共同訳では、マタイによる福音書27章の終わりに、「そこで、彼らは行って墓の石に封印をし、番兵をおいた」と書かれていますが、聖書協会共同訳では「そこで、彼らは行って石に封印をし、番兵と共に墓を見張った」と書かれていました。
つまり、番兵たちが、空っぽの墓を発見し、天使の告げたことを聞いたとき、彼らと一緒に、墓を見張っていた祭司長たちやファリサイ派の人々も、これらを見聞きしたことになるんです。だからこそ、数人の番兵が都に帰り、この出来事をすべて祭司長たちに報告したとき、祭司長たちは誰も、その報告を疑いませんでした。
普通は、番兵たちが嘘をついているのではないか? 頭がおかしくなったのではないか? と疑うだろうと思いますが、祭司長たちはすぐ、彼らが見聞きしたことを現実だと受けとめて、口封じのため、多額の金を渡そうとします。疑おうにも、自分たちも一緒に墓を見張っていて、その光景を目撃したため、疑うことができなかったんです。
そこで、両者は「弟子たちが夜中にやって来て、我々の寝ている間に死体を盗んで行った」と口裏を合わせ、兵士たちはお金を受け取って、教えられたとおりにします。この話は、今日に至るまでユダヤ人の間に広まっていると書かれていますが、一方で、キリスト教徒の間には、祭司長たちと番兵らの秘密のやりとりが広まっています。このやりとりが福音書に書かれているということは、誰かが秘密を明かして告白したことになるでしょう。
空っぽの墓を見てもなお、天使の告げたことを聞いてなお、キリストの復活を受け入れられず、偽りの噂を広めてしまった、番兵や祭司長の中からも、後に、この出来事を受けとめて、イエス様を信じるようになり、自分たちのしたことを、教会に告白する者が出てきたのかもしれません。
復活を受け入れられない者が、復活を受け入れられないまま、放置されることはありません。永遠の命を拒む者が、永遠の命を拒んだまま、ほっとかれることはありません。本人も、周りも、期待さえしていなかったことを、キリストは実現される方だからです。復活を信じきれずに、自分の信仰を「信仰」と呼んでいいのか迷っている者は、既に、自分がキリストの弟子とされていることを思い出してください。
主は言われます。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」……アーメン。
讃美歌
オンライン賛美歌4番「わたしの主がとり去られた」(©️柳本和良)を歌います。(差し支えない方はお立ちください)

使徒信条
教会の信仰を告白しましょう。「使徒信条」讃美歌21の93-4Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の2頁をご覧ください。

紹 介
本日も、初めて礼拝に来られた方、初めて配信を見られた方、久しぶりに参加された方と一緒に礼拝にあずかれたことを感謝致します。受付でご了承いただいた方のみ、配信終了後にご紹介させていただきます。ぜひ、これからも一緒に礼拝へ出られると嬉しいです。
とりなし
共に、神様から委ねられた、とりなしの務めを果たしましょう。オンライン讃美歌の後ろの方の1頁をご覧ください。

主の祈り
イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5A。オンライン讃美歌の後ろの方の4頁をご覧ください。差し支えない方は、お立ちください。

聖句と主題
御着席ください。新年度の年間聖句を心に留めて、今週も新しく遣わされましょう。
年間聖句
「子どもたちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである」
年間主題
華陽教会では、「信仰継承を考える」というテーマで、マルコによる福音書10:14を新年度の年間聖句として提案する予定です。
今週は、昨年度一年間を振り返り、残された課題や新たな挑戦について、皆で意見を出し合いながら、新年度の計画を一緒に立てていきましょう。
献 金
感謝の献げ物として献金をします。クリアファイルに挟まれた封筒をご利用ください。献金に、金額に定めはありません。持ち合わせのない方は、空のまま封筒をお入れください。
献金の祈り(例)
命の源である神様。あなたの愛に感謝して、私自身をあなたにささげます。今、ささげた献金を感謝のしるしとして受け取ってください。このお祈りをイエス様のお名前によっておささげします。アーメン。
讃美歌
献金の讃美歌512番「主よ、献げます」1節を歌いましょう。
讃美歌
オンライン賛美歌10番「祝福」を歌いましょう。(A)のところは牧師が、(B)のところは会衆が、(全員)のところは一同で歌います。差し支えない方はお立ちください。

祝 福
共に、神様の祝福を受けましょう。
派 遣
明らかにされるものはみな、光となるのです。それで、こう言われています。「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」(エフェソの信徒への手紙5:14)
祝 福
神がわたしたちを憐れみ、祝福し/御顔の輝きを/わたしたちに向けてくださいますように。あなたの道をこの地が知り/御救いをすべての民が知るために。(詩編67:2〜3)
報 告
本日も教会に集まって、また配信を通して礼拝にご参加くださり、ありがとうございます。先週の日曜礼拝は、教会に集まった24名、同時に視聴された12名、計36名が参加されました。後から動画や原稿を通して祈りを合わせてくださった方も感謝致します。
来週の日曜日は『信じていいしるし?』と題して、マタイによる福音書12:38〜42のお話をする予定です。また、本日は礼拝後、定期教会総会が開かれます。この後、机やマイクをセッティングして、11:45から始めたいと思います。
途中で昼食を挟みますが、総会に出席する方には、おにぎりを用意しているので、どうぞよろしくお願いします。それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に、神様の平和がありますように。