ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『互いに重荷を担いなさい』 サムエル記上24:14〜21、ガラテヤの信徒への手紙6:1〜10

日曜礼拝 2023年7月16日


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説 明

教会にお集まりの皆さん、おはようございます。オンラインで配信を見ている方も、おはようございます。まもなく、10:30から礼拝が始まります。礼拝の最中は、携帯をマナーモードにしていただき、後から来た人も座れるように、席の譲り合いをお願いします。

 

礼拝の中で、立ち上がって賛美歌を歌うところや、立ち上がって祈りを合わせるところもありますが、体が不自由な方や疲れている方は座ったままで大丈夫です。賛美歌、聖書、交読文は、備え付けの籠からお使いください。それでは、もうしばらくお待ちください。

 

案 内

華陽教会では、賛美中のマスク・消毒・換気・加湿・三密回避の座席調整をした上で、日曜日の礼拝も配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、神の招きにあずかりましょう。

 

前 奏

(*奏楽者は牧師の案内のあと、前奏を弾き始めます。司式者は前奏の終わり頃に講壇へ立ち、会衆を招く準備をします。招詞の聖書箇所は読み上げる必要はありません。網かけ部分は司会が読むところ、四角部分は会衆が立つところです。(かっこ)は会衆の様子を見て省けるときは省きます。)

 

招 詞

そして、イエスは女に、「あなたの罪は赦された」と言われた。同席の人たちは、「罪まで赦すこの人は、いったい何者だろう」と考え始めた。(ルカによる福音書7:48〜49)

 

讃美歌

マスクをお付けいただき、讃美歌Ⅱ編の154番「あめつち造りし」を歌います。諸事情でマスクを着用できない方は、歌うのをご遠慮いただき、心で賛美を合わせましょう。差し支えない方は、お立ちください。

 

お祈り

ご着席ください。共に祈りを合わせましょう。

◆慈しみ深い私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の礼拝を始めることができ感謝いたします。どうか今、初めて来た人、久々に来た人、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。

◆私たちの神様。岐阜地区の在日大韓基督教会のために祈ります。岐阜教会の信徒と牧師の健康が支えられ、教会学校や祈祷会が、引き続き豊かにされますように。また、大垣教会の信徒と牧師も守られて、地域の人と豊かにつながっていけますように。

◆私たちの神様。岐阜地区のフィリピン合同教会のために祈ります。中濃教会と各務原教会で、午後から礼拝を守っているそれぞれの会衆に、あなたの慈しみがありますように。来年度も礼拝を続けるための会堂が、少しでも早く見つかりますように。

◆私たちの神様。岐阜地区の日本キリスト教会のために祈ります。私たちの隣の教会で、礼拝を守っている信徒と会衆に、あなたの恵みがありますように。新任の先生が赴任するまでの間、会衆一人一人の信仰生活が支えられ、守られますように。

◆人と人との間におられる、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖 書

聖書の言葉を聞きましょう。サムエル記上24:14〜21、ガラテヤの信徒への手紙6:1〜10(新共同訳より抜粋)

*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。交読詩編も同様に後からカットしています。

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交読文

詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編38:10〜23(新共同訳交読詩編より抜粋)

『交読詩編』か『讃美歌21』の後ろの方をご覧ください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。ご着席のままで大丈夫です。

 

讃美歌

マスクをお付けいただき、讃美歌21の540番「主イェスにより」を歌いましょう。差し支えない方は、お立ちください。

 

Dim HouによるPixabayからの画像

メッセージ

互いに重荷を担いなさい……パウロの手紙に出てくる言葉は、こんなふうにも受け取れます。相手のために苦しみなさい……自分は相手のために苦しみ、相手も自分のために苦しむ。互いに重荷を担い合って、苦しみを分かち合って、歩みなさい。そのようにしてこそ、キリストの教えを全うすることになる。
 
言葉としては、理解できます。けっこう色んなところで聞く話です。自分のためだけに生きるのではなく、みんなのために、お互いのために生きなさい。そうすれば、あなたもみんなも幸せになれる。でも、自分の重荷さえ背負えない、弱って、傷ついて、潰れかけた人たちもいます。今まで散々、周りに重荷を背負わされ、立っていられなくなった人。
 
私たちはよく見聞きします。重荷を背負う人、背負わされる人、一方的に背負わせる人……何が難しいって、「互いに」重荷を担うことです。重荷を担う人はいます。でも、その人が背負った重荷を、相手も、周りも、背負ってくれるとは限らない。子育てを担うのは自分だけ、介護を担うのは私だけ、責任を取るのはいつもこっち……。
 
相手のために、みんなのために、重荷を担うことが正しいんだと言い聞かせ、一生懸命背負ってきた。でも、相手も同じように、周りも同じように、重荷を背負うことはしてくれなかった。ひたすら自分が背負い続け、立っていられなくなってしまった。これ以上、みんなの重荷は背負えない、自分の重荷も背負えない、全部放り投げてしまいたい。
 
どうして、私にばかり負わせるんだろう? なぜ、一緒に背負ってくれないんだろう? なんで、互いに担えないんだろう? こんなのは間違っているし、正さなきゃならない。でも、どれだけ言っても、聞いてくれなかった。あるいは、言えるような関係にならなかった。そんな中、パウロの言葉が聞こえてきます。
 
「兄弟たち、万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら、“霊”に導かれて生きているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい」……いや、無理ですって! 私もう、今背負っている重荷で、いっぱいいっぱいなんですよ。この人を、周りを、柔和な心で立ち帰らせるなんて、それこそ、背負いきれない話です!
 
誰かの悲鳴が聞こえてきそうです。実は、ガラテヤの教会でも、一方的に、重荷を負わされている人たちがいました。それは、異邦人の信徒です。初期のキリスト教会では、ユダヤ人と比較して、異邦人の信徒の方が、食事の配給や分配も後回しにされがちでした。食事の世話をする人も、異邦人ばかりが選ばれました。奉仕の要求に差がありました。
 
そういえば、現在でも、多くの教会でバザーや食事の準備を行うとき、ほとんどは女性が担っています。おにぎりが、デザートが、みんなに行き渡らないかもしれない……というときに、譲ろうとするのも、だいたい女性です。礼拝の受付も、墓苑の掃除も、だいぶ女性に偏っていますよね? 互いに重荷を担えているか、改めて訴えかけられます。
 
ガラテヤの教会ではさらに、異邦人もユダヤ人の慣習に合わせて、モーセの律法に従うことが求められました。自分たちが古くから従ってきた伝統に従わないと、神の子として認められず、救われないと教えている「偽教師」がいたからです。文化も生活スタイルも、全部一方に合わせなさい、と言われたら、一方にかなりの負担がかかるでしょう。
 
しかし、ガラテヤの教会では「自分たちは他とは違う」「キリスト者として神の霊を与えられている」という自負を持つ人が多くいました。ローマ帝国に支配された、異邦人だらけのこの土地で、こんなにも他と違う生き方をしている。何を食べるか、何に触れるか、細かく気を遣っている。私たちこそ霊的な人で、神の子として救われる側の人間だ、と。
 
だから、ある意味、パウロの言葉は皮肉を込めて語られます。「“霊”に導かれて生きているあなたがたは」と……本当に、霊的に成熟しているのなら、神の子として生きているなら、「互いに」重荷を担っているはずだ。一方に重荷を背負わせて、負担をかけさせて、気に留めないで満足しているわけがない、と。
 
「実際には何者でもないのに、自分をひとかどの者だと思う人がいるなら、その人は自分自身を欺いています」「各自で、自分の行いを吟味してみなさい。そうすれば、自分に対してだけは誇れるとしても、他人に対しては誇ることができないでしょう」……なぜなら他人のために自分は背負っていないからです。自分のためには背負っていても。
 
最初に読んだサムエル記で、これに気づかされた人が出てきます。他ならぬ、イスラエルで最初に王となった、あのサウルです。奇しくも、手紙を書いたパウロ自身のヘブライ語名「サウロ」も、彼から来ていると言われています。サウルは、ダビデに竪琴を弾いてもらったり、敵を倒してもらったり、長年、自分のために尽くしてもらっていました。
 
しかし、ある時から、自分よりも讃えられるようになったダビデを妬むようになり、王位が奪われるのを恐れ、戦況が厳しい陣地へ送って殺そうとしたり、家臣に殺害を命じたりします。神様がダビデを新しい王に選んだことを知りながら、「王は自分であってダビデじゃない」「自分こそ、この国の王なんだ」と、自らを欺いて突き進みます。
 
ところが、そんなサウルに対し、ダビデは悪事も反逆も行わず、むしろ、自分の兵から彼を守って庇います。私はあなたの命を守ったけれど、あなたは私の命を奪おうとしていると訴えます。そのとき、サウルは声をあげて泣き、自分はダビデのために重荷を背負わなかったのに、ダビデは自分のために重荷を背負い続けてきたと告白しました。
 
「お前はわたしより正しい。お前はわたしに善意をもって対し、わたしはお前に悪意をもって対した」「今わたしは悟った。お前は必ず王となり、イスラエル王国はお前の手によって確立される」……互いに重荷を担うというのは、自分が重荷を担えていないと認めることから始まります。相手に重荷を負わせてきたと、気づくことから始まります。

パウロと呼ばれるようになったサウロもそうでした。自分こそ、一生懸命、掟を守り、自分こそ、神の国に受け入れられる人物だと思っていました。しかし、どんなに一生懸命掟を守っても、「互いに」重荷を担うことにはなりませんでした。自分のために担っているだけでした。むしろ、迫害していたキリスト者に、大きな重荷を背負わせていました。
 
彼は、それを認めることから、新しい生き方が始まります。本当に、神から霊を与えられた人として、キリスト者として、生きていく道が始まります。それは、重荷を背負えていなかった、むしろ重荷を背負わせていた、自分自身の姿を告白しながら、みんなと歩いていく道です。
 
私があなたに背負わせてきた、重荷を下させてください。「こうしなければ救われない」と言ってきた、私の過ちから解放させてください。新しく、イエス・キリストの軛につながらせてください。あなたへ一方的に背負わせない、あなたを犠牲にし続けない、イエス・キリストの生き方に、ならう者として歩ませてください。
 
だから、あなたも聞いてください。自分だけが背負っている重荷は下ろしてください。互いに重荷を担うために、負えない重荷を認めてください。そして、一緒に担える重荷を探してください。初代教会も、そうしてきたように。わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊と共にあるように。アーメン。

 

讃美歌

マスクをお付けいただき、オンライン賛美歌21番「心騒ぎ不安になる夜に」(©︎柳本和良)を歌います。差し支えない方は、お立ちください。

 

 

使徒信条

教会の信仰を告白しましょう。「使徒信条」讃美歌21の93-4Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の2頁をご覧ください。

紹 介

本日も、初めて礼拝に来られた方、初めて配信を見られた方、久しぶりに参加された方と一緒に礼拝にあずかれたことを感謝致します。受付でご了承いただいた方のみ、配信終了後にご紹介させていただきます。ぜひ、これからも一緒に礼拝へ出られると嬉しいです。

 

とりなし

共に、神様から委ねられた、とりなしの務めを果たしましょう。オンライン讃美歌の後ろの方の1頁をご覧ください。

 

司会:神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、わたしたちがささげる祈りをお聞きください。

司会:世界の国民と政府のために祈ります。
会衆:主よ、政治に携わる人々に、知恵と勇気と良心を与え、全ての場所に、自由と平和をもたらしてください。

司会:世界に広がる全ての教会のために祈ります。
会衆:主よ、教会を聖霊によって力づけ、その信仰を新たにし、私たちの一致と結びつきを強めてください。

司会:教会員のために祈ります。
会衆:主よ、私たち全てを、御言葉によって豊かに養い、あなたの愛と平和を伝える者として送り出してください。

司会:今日ここに出席できなかった人のために祈ります。
会衆:主よ、病気や衰え、仕事や様々な事情のために、ここに見えない人たちを、あなたが癒し回復してください。

司会:身近な人のために祈ります。
会衆:主よ、私たちの家族や友人、仲間たちが、あなたの愛を知れますように、私自身を用いてください。

司会:幼稚園、教会学校、地域の子どもたちを覚えて祈ります。
会衆:主よ、子どもたちの健康と安全を守り、疲れを癒し、安らぎと成長をもたらしてください。

司会:苦しんでいる人のために祈ります。
会衆:主よ、病気や怪我、悩みや苦しみを抱える人たちに、あなたからの平安と、必要な助けを与えてください。

司会:今も生きておられ、私たちをとりなしてくださる方、イエス・キリストのお名前によって祈ります。
一同:アーメン。

 

主の祈り

イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5A。オンライン讃美歌の後ろの方の4頁をご覧ください。差し支えない方は、お立ちください。

 

 

聖句と主題

御着席ください。今年度の年間聖句を心に留めて、今週も新しく遣わされましょう。

 

年間聖句

イザヤ書43:18〜19a「初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな。見よ、新しいことをわたしは行う。今や、それは芽生えている」

 

年間主題

華陽教会では、今年度「新しいことを行おう」というテーマで、イザヤ書43:18〜19aを年間聖句にしています。

 

今週は、22日(土)に再開する、芽含幼稚園の同窓会&夏祭りの準備をしつつ、教会と幼稚園で、子どもたちの交流を豊かに持てるよう、祈りを合わせていきましょう。

 

献 金

感謝の献げ物として献金をします。クリアファイルに挟まれた封筒をご利用ください。献金に、金額に定めはありません。持ち合わせのない方は、空のまま封筒をお入れください。

 

献金の祈り(例)

神様、私たちが持っている物は皆、あなたからいただいたものです。今、私自身の生き方をあなたの御用のためにおささげします。どうか、ここに献げた献金も、あなたの求めていることに用いてください。主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

讃美歌

マスクをお付けいただき、献金の讃美歌512番「主よ、献げます」の3節を歌いましょう。

 

讃美歌

オンライン賛美歌10番「祝福」を歌いましょう。差し支えない方はお立ちください。

 

 

祝 福

共に、神様の祝福を受けましょう。

 

派 遣

互いに重荷を担いなさい。そのようにしてこそ、キリストの律法を全うすることになるのです。(ガラテヤの信徒への手紙6:2)

 

祝 福

平和の源である神があなたがた一同と共におられるように、アーメン。(ローマの信徒への手紙15:33)

 

報 告

本日も教会に集まって、また配信を通して礼拝にご参加くださり、ありがとうございます。先週の日曜礼拝は、教会に集まった 名、同時に視聴された 名、計 名が参加されました。後から動画や原稿を見て、祈りを合わせてくださった方も感謝いたします。

 

来週の日曜日も、三密を避けた会衆礼拝を配信と並行して行います。教会に来られる方は賛美中のマスク、消毒、換気、加湿、三密回避の座席調整にご協力いただけるよう、お願いします。それではまた日曜日まで、皆さん一人一人に、神様の平和がありますように。