ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『主の日に彼はやってくる』 マラキ書3:19〜24、ヨハネによる福音書1:19〜28

日曜礼拝 2023年12月17日


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説 明

教会にお集まりの皆さん、おはようございます。オンラインで配信を見ている方も、おはようございます。まもなく、10:30から礼拝が始まります。礼拝の最中は、携帯をマナーモードにしていただき、後から来た人も座れるように、席の譲り合いをお願いします。

 

礼拝の中で、立ち上がって賛美歌を歌うところや、立ち上がって祈りを合わせるところもありますが、体が不自由な方やお疲れの方は、座ったままで大丈夫です。賛美歌、聖書、交読文は、備え付けの籠からお使いください。それでは、もうしばらくお待ちください。

 

案 内

華陽教会では、感染症対策のため、礼拝の中で四度、立ち上がって讃美歌を歌う間、会堂の窓を開放し、換気の時間を作ります。どうぞ、教会員の方は、窓の開閉にご協力ください。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、神の招きにあずかりましょう。

 

前奏・点灯

(*奏楽者は牧師の案内のあと、前奏を弾き始めます。司式者は前奏の終わり頃に講壇へ立ち、会衆を招く準備をします。招詞の聖書箇所は読み上げる必要はありません。網かけ部分は司会が読むところ、四角部分は会衆が立つところです。(かっこ)は会衆の様子を見て省けるときは省きます。)

 

招 詞

谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。主の栄光がこうして現れるのを、肉なる者は共に見る。主の口がこう宣言される。(イザヤ書40:4〜5)

 

讃美歌

(会堂の窓を開放しましょう)マスクをお付けいただき、旧讃美歌の537番「わが主のみまえに」を歌います。諸事情でマスクを着用できない方は、歌うのをご遠慮いただき、心で賛美を合わせましょう。差し支えない方は、お立ちください。

 

お祈り

ご着席ください。共に祈りを合わせましょう。

◆世界を創造し、完成させる神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の礼拝に集まることができ、感謝致します。どうか今、初めて来た人、久々に来た人、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。

◆私たちの神様。キリストの誕生を記念するクリスマスの準備をしつつ、イエス様が再び来られるときを待ち望む、アドヴェント第3週目を迎えました。どうか今、私たちの思いと言葉と行動を整え、心からあなたを迎えられるように導いてください。

◆私たちの神様。今日は、午後から教会学校クリスマス会が開かれます。どうか今、ここに集まる子どもたち、配信を通して参加するご家族、一人一人に、あなたの恵みと喜びが豊かに注がれますように。

◆私たちの神様。来週は、いよいよアドヴェント第4週目のクリスマス礼拝です。当日の夜には、クリスマス演奏礼拝も開かれます。どうか今、その日に向けて、私たちの行うべき準備を整えさせてください。

◆私たちに光をもたらす、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖 書

聖書の言葉を聞きましょう。マラキ書3:19〜24、ヨハネによる福音書1:19〜28(新共同訳より抜粋)

*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。

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交読文

詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編19:8〜15(新共同訳交読詩編より抜粋)

『交読詩編』か『讃美歌21』の後ろの方をご覧ください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。(また、Aのところは牧師が、Bのところは会衆がお読みください。ご着席のままで大丈夫です。

 

讃美歌

(会堂の窓を開放しましょう)マスクをお付けいただき、讃美歌21の410番「昇れよ、義の太陽」を歌いましょう。最後の「アーメン」はつけずに歌います。差し支えない方はお立ちください。

 

Q KによるPixabayからの画像

メッセージ

来週には、キリストの誕生を記念するクリスマスを迎えます。プレゼントがもらえるのを楽しみにしている子どもたちは、その日が早く来ないかとワクワクして待っています。一方で、その日が近づけば近づくほど、ちょっと不安にもなってきます。本当に、欲しいものをもらえるだろうか? プレゼントをちゃんと受け取れるだろうか?
 
当日の朝、ベッドの横に何もなくて、家中探し回ってもプレゼントが見つからず、失望することにならないか? あるいは、欲しかったゲームや玩具じゃなくて、大嫌いなドリルや参考書が置かれてないか? その日を迎えるまで、子どもたちには何が待っているか分かりません。早く来てほしいけど、その日を迎えるのが不安でもある。
 
まるで、イエス様が再び来られる日、再臨の日、主の日を待ち望むキリスト教徒のようですよね? あらゆる悪から解放されて、救われる日を待っている。でも、その日に待っているのは、救いではなくて、裁きかもしれない。自分への報いは、良いものではなくて悪いものかもしれない。早く来てほしいけど、その日を迎えるのが不安でもある。
 
「良い子にしていたら、サンタさんからプレゼントをもらえるよ」「悪いことをしていたら、プレゼントをもらえないよ」……この時期に、そう言われて育った人も少なくないと思います。もしかしたら、大人になってからも、似たようなことを教会で聞かされているもしれません。
 
「信じて従えば、神の国に受け入れられて救われる」「信じないで背いていたら、神の国から締め出されて滅ぼされる」……実際、マラキ書には、主の日に高慢な者、悪を行う者は藁のように燃やされて、根も枝も残されないと書かれていました。神に逆らう者は踏みつけられて、足の下で灰になると言われていました。
 
高慢な者、悪を行う者の行く末を聞かされて、私たちもドキッとします。妻や娘から、部下や同僚から、「高慢だね」と言われたことがあるかもしれません。面と向かって、誰かに言われたことはないけれど、思い当たる節があるかもしれません。悪を行ったことがない、常に正しく生きてきたと、胸を張って言うことは、できないかもしれません。
 
今の時点で、主の日が訪れてしまったら、自分は神に背く者として、良い子になれない者として、神の国に受け入れられず、締め出されてしまうんじゃないか? もう少し、自分に自信が持てるまで、神の国に受け入れられる、立派な信仰者になったと言えるまで、主の日が訪れないでほしい……そう思うかもしれません。
 
ちょうど、クリスマスが間近に迫る中、親に繰り返し怒られて、このままじゃ良い子と認められずに、プレゼントをもらえないかもしれない……と焦っている子どものように、私たちは不安になります。果たして、その日が来るとき、自分は大丈夫だろうか? 直前にチャンスはもらえるだろうか?……と。
 
実は、それっぽい預言も語られていました。マラキ書の最後には、こんな言葉が続いています。「見よ、わたしは、大いなる恐るべき主の日が来る前に、預言者エリヤをあなたたちに遣わす。彼は父の心を子に、子の心を父に向けさせる。わたしが来て、破滅をもって、この地を撃つことがないように」
 
まるで、クリスマス前日に「今日一日、良い子にできたら、サンタさんにお願いして、プレゼントをもらえるようにしてあげる」と言ってくれる、助け舟のような存在です。神の子イエス・キリストが来られる前に、人々へ悔い改めの洗礼を授けたバプテスマのヨハネも、まさに、みんなが破滅を迎えないよう、助け舟を出す存在でした。
 
「わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水でバプテスマを授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れている。その方は、聖霊と火であなたたちにバプテスマをお授けになる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる(マタイ3:11〜12)」
 
ヨハネはそう言っています。ようするに、神様から火で焼き払われる前に、悔い改めて聖霊のバプテスマを受けられるように、罪を赦してもらえるようにしておきなさいと、みんなへ必死に呼びかけたわけです。助け舟があってホッとしますが、逆に言えば、このチャンスを逃したら、待っているのは破滅です。
 
預言者の言葉を聞いても、ヨハネの言葉を聞いても、神様に心を向けず、悔い改めず、救い主を信じないなら、燃える炉の中へ投げ込まれ、根も枝も残らない藁のように、神様に撃たれ、滅ぼされる……プレゼントはもらえずに、家から閉め出されてしまう……絶望的な展開です。
 
そう、本来、ヨハネの後にやってきた救い主、メシアを受け入れなければ、一発アウトのはずでした。お膳立てをしてあげたのに、悔い改めなかった人、神の子を信じなかった人たちは、容赦無く踏みつけられ、足の下で灰になるはずでした。ところが、ヨハネの後にやってきた救い主は、「信じない人たち」を「信じないまま」にしておきません。
 
ヨハネの言葉を聞いても、悔い改めなかった人々に、自分を受け入れない人々に、なお悔い改めて福音を、良い知らせを信じるように語ります。自分と直接会って、直接教えを聞いて、直接奇跡を見てもなお、理解できない、信じられない弟子たちへ、「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と促します。
 
何なら、十字架にかけられて、三日目に復活して、山の上で再び出会ってもなお、疑っている者たちへ、それでも自分の弟子として使命を与えます。「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によってバプテスマを授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」と頼みます。
 
この方は、自分が再び地上へ来られる日、再臨の日、主の日が訪れるそのときを、あなたが破滅する日になさいません。あなたの大切な人たちが燃やされる日になさいません。自分を見捨てた弟子たちへしたように、ヨハネの言葉を聞かなかった人たちへしたように、どこまでも、私たちを神の国へ迎えようと、時を越え、場所を越え、死を越えて導きます。
 
その日、私たちは義の太陽が昇るのを見ます。私たちを燃やし尽くす光ではなく、闇を照らして、世界を温める光を見ます。不安から、恐怖から、絶望から解放されて、喜びを共にする兄弟姉妹を目にします。私たちが締め出されるのを拒み、足を洗って、服を着させて、家の中へと招き入れる、救い主が訪れるのを目にします。
 
キリストの誕生を記念するクリスマスの準備をしつつ、イエス様が再び来られるときを待ち望む、アドヴェント第3週目を迎えました。クリスマスまで、あと一週間……荒れ野で叫ぶ者の声を、光について証しする言葉を、救い主を知らせる教えを、一緒に受けとめていきましょう。

 

讃美歌

(会堂の窓を開放しましょう)マスクをお付けいただき、オンライン賛美歌27番「歌い、踊り、跳ね、笑い、叫べ」(詞:柳本和良、曲:滝田真治)を歌います。差し支えない方は、お立ちください。

 

 

使徒信条

教会の信仰を告白しましょう。「使徒信条」讃美歌21の93-4Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の2頁をご覧ください。

紹 介

本日も、初めて礼拝に来られた方、初めて配信を見られた方、久しぶりに参加された方と一緒に礼拝にあずかれたことを感謝致します。受付でご了承いただいた方のみ、配信終了後にご紹介させていただきます。ぜひ、これからも一緒に礼拝へ出られると嬉しいです。

 

とりなし

共に、神様から委ねられた、とりなしの務めを果たしましょう。オンライン讃美歌の後ろの方の1頁をご覧ください。

 

司会:神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、わたしたちがささげる祈りをお聞きください。

司会:世界の国民と政府のために祈ります。
会衆:主よ、政治に携わる人々に、知恵と勇気と良心を与え、全ての場所に、自由と平和をもたらしてください。

司会:世界に広がる全ての教会のために祈ります。
会衆:主よ、教会を聖霊によって力づけ、その信仰を新たにし、私たちの一致と結びつきを強めてください。

司会:教会員のために祈ります。
会衆:主よ、私たち全てを、御言葉によって豊かに養い、あなたの愛と平和を伝える者として送り出してください。

司会:今日ここに出席できなかった人のために祈ります。
会衆:主よ、病気や衰え、仕事や様々な事情のために、ここに見えない人たちを、あなたが癒し回復してください。

司会:身近な人のために祈ります。
会衆:主よ、私たちの家族や友人、仲間たちが、あなたの愛を知れますように、私自身を用いてください。

司会:幼稚園、教会学校、地域の子どもたちを覚えて祈ります。
会衆:主よ、子どもたちの健康と安全を守り、疲れを癒し、安らぎと成長をもたらしてください。

司会:苦しんでいる人のために祈ります。
会衆:主よ、病気や怪我、悩みや苦しみを抱える人たちに、あなたからの平安と、必要な助けを与えてください。

司会:今も生きておられ、私たちをとりなしてくださる方、イエス・キリストのお名前によって祈ります。
一同:アーメン。

 

主の祈り

イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5A。オンライン讃美歌の後ろの方の4頁をご覧ください。差し支えない方は、お立ちください。

 

 

聖句と主題

御着席ください。今年度の年間聖句を心に留めて、今週も新しく遣わされましょう。

 

年間聖句

イザヤ書43:18〜19a「初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな。見よ、新しいことをわたしは行う。今や、それは芽生えている」

 

年間主題

華陽教会では、今年度「新しいことを行おう」というテーマで、イザヤ書43:18〜19aを年間聖句にしています。

 

今週は、教会学校のクリスマス会、芽含幼稚園のクリスマス会のために祈り、子どもたちに神様の恵みと喜びを分かち合いましょう。

 

献 金

感謝の献げ物として献金をします。クリアファイルに挟まれた封筒をご利用ください。献金に、金額に定めはありません。持ち合わせのない方は、空のまま封筒をお入れください。

 

献金の祈り(例)

愛と慈しみに満ちた私たちの神様。感謝と喜びをもって、ここに集めた献金と、私たちの生き方をおささげします。どうか、私たちの日々の生活によって、恵みの主である、あなたがあがめられますように。主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

讃美歌

マスクをお付けいただき、献金の讃美歌512番「主よ、献げます」2節を歌いましょう。

 

讃美歌

「頌栄」の賛美歌25番「父・子・聖霊に」を歌いましょう。差し支えない方は、お立ちください。

 

祝 福

共に、神様の祝福を受けましょう。

 

派 遣

彼は父の心を子に、子の心を父に向けさせる。わたしが来て、破滅をもって、この地を撃つことがないように。(マラキ書3:24)

 

祝 福

父である神とわたしたちの主キリスト・イエスからの恵み、憐れみ、そして平和があるように。(テモテへの手紙二1:2)

 

報 告

本日も教会に集まって、また配信を通して礼拝にご参加くださり、ありがとうございます。先週の日曜礼拝は、教会に集まった14名、同時に視聴された18名、計32名が参加されました。後から動画や原稿を見て、祈りを合わせてくださった方も感謝致します。

 

来週24日(日)は10:30〜11:30にクリスマス礼拝、12:00〜13:00にクリスマス祝会を行い、夜7:00〜8:00にクリスマス演奏礼拝を行う予定です。いずれも予約は必要ありません。ぜひ、ご自由にいらしてください。

 

なお、本日も、午後1時半から3時にかけて、教会学校クリスマス会が開かれます。こちらもぜひ、子どもたちの参加をお待ちしています。それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に、神様の平和がありますように。