聖書研究祈祷会 2023年5月10日
案 内
華陽教会では、賛美中のマスク・消毒・換気・加湿・三密回避の座席調整をした上で、聖書研究祈祷会を配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、聖書の言葉を味わいましょう。
讃美歌
マスクをお付けいただき、讃美歌21の401番「しもべらよ、み声きけ」を歌います。諸事情でマスクの着用ができない方は、歌うのをご遠慮いただき、心で賛美を合わせましょう。
お祈り
ひと言お祈りをします。共に心を合わせましょう。
◆変化と回復をもたらす私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、聖書研究祈祷会を始めることができ、感謝いたします。どうか今、ここに集まった人たちと、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を求めている人を導いてください。
◆私たちの神様。ゴールデンウィークも、私たち一人一人を守り、支え、恵みを与えてくださったことを感謝致します。どうか今、新しく始まったこの日々も、一人ひとりに、あなたの導きがありますように。
◆私たちの神様。能登半島で起きた地震や、大雨で危険にさらされた地域、武力によって命が脅かされている人々に、あなたの憐れみがありますように。どうか今、必要な支援と物資ときっかけがもたらされ、少しでも早く解決と回復が得られますように。
◆私たちの神様。今なお、差別を受けているLGBTQの人や、人種・民族・出身による偏見に苦しんでいる人、不合理な環境に悩む女性や子どもたちに、あなたの慈しみがありますように。どうか今、私たちに必要な気づきと変革をもたらしてください。
◆私たちを呼び起こされる、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
聖書朗読
聖書の言葉を聞きましょう。使徒言行録14:16〜20の新共同訳と聖書協会共同訳を朗読します。
*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。 |
メッセージ
リストラで、足の不自由な男のために、「自分の足でまっすぐに立ちなさい」と命じて、そのとおりになったパウロとバルナバが、群衆から、神様が人間の姿をとって、私たちのところへ降ってきたんだ、と勘違いされたエピソード……その町で、「癒しの奇跡を起こした」という意味では、信仰者による、成功した話のように感じられます。
2人を見た人たちが、彼らを「神様だ」と思った出来事も、むしろ、2人が神に近い、立派な信仰を持っていた証のように感じられます。でも、実際のところは宣教者にとって非常に焦る展開でした。パウロとバルナバは、自分たちを神だと思って犠牲をささげようとする人々に、服を裂いて叫びながら訴えます。
「なぜ、こんなことをするのですか。わたしたちもあなたがたと同じ人間にすぎません」「あなたがたが、このような偶像を離れて、生ける神に立ち帰るように、わたしたちは福音を告げ知らせているのです」……こう言って、2人は群衆が自分たちにいけにえをささげようとするのを、やっとやめさせることができた、と書かれています。
やっとやめさせることができた、だけであって、2人を「神の化身」と捉える群衆が、考えを改めたとは書かれていません。足の不自由な男を癒した神様が「ゼウス」でも「ヘルメス」でもない、と分かったとは書かれていません。おそらく、分かっていないと思います。自分たちがささげようとするいけにえでは満足されない……くらいの認識だったかもしれません。
実際、パウロとバルナバが一生懸命、自分たちは神の子であるイエス・キリストを信じていて、みんなに雨や食物などの恵みをもたらす神様は、天地を創造された神様なんだと語ったあとも、群衆がその教えを理解した様子はありません。むしろ、2人と対立していたユダヤ人に、あっさり抱き込まれ、石を投げつけて殺そうとしてきます。
すごいですよね? 「神の化身」だと言って、いけにえをささげようとした人たちが、その数日後に、同じ相手へ石をぶつけて、外へ引き摺り出してしまう……ちょうど、エルサレムに入城してきたイエス様が「ダビデの子、ホサナ!」と歓迎された一週間後に、同じエルサレムで「十字架につけろ!」と叫ばれて、磔にされた出来事を思い出します。
そう、あの時も正しく伝わりませんでした。イエス様が神の子だと、救い主だと、みんなに伝わりませんでした。一瞬、イエス様が救い主だと受け入れたように見えたのに、祭司長や律法学者が扇動すると、人々はあっさり掌を返し、「神を冒涜した犯罪人だ!」と言い始めました。イエス様本人の言葉でも、正しく伝わりませんでした。
おそらく、パウロとバルナバは、自分たちの状況が、かつてのイエス様の状況と重なっているのを感じたでしょう。なにしろ、パウロ自身、もともとイエス様を救い主ではなく神を冒涜する罪人だと思い、弟子たちを処刑することに賛成していた側でした。イエス様が何者か、正しく伝わってない者でした。
その自分が、今ではイエス様を神の子と信じ、イエス様と同じように人々から歓迎されたり、追い出されたりしています。パウロの目に、自分たちを捕らえて処刑しようと、息巻いていたユダヤ人は、どのように映ったんでしょう? 彼らに抱き込まれて、自分たちへ石を投げつけてきた群衆は、どのように映ったんでしょう?
単なる「敵」には見えなかったはずです。むしろ、そこにいるのは、かつての自分であり、イエス様が憐れまれた、これから出会いに行く存在でした。自分たちが死んだと思って去ったあとも、彼らのもとには、幻となってパウロに現れたキリストが、同じように、再び訪れることでしょう。
私たち信仰者が、自分の信じているものを誰かに伝えようとするときも、正しく伝わらないことが多々あります。ときには、伝わらないだけでなく、こちらと対立してきます。何でそんなもの信じているんだ? 自分も取り込もうとしているのか? あるいは、自己啓発や積極思考と似たようなものに捉えられます。
まっすぐ伝わらなかったとき、歪んで捉えられたとき、受けとめられなかったとき、そこにいるのは、真理を語っても意味のない、自分たちに敵対する、単なる「分からず屋」でしょうか? 良い知らせを、福音を、拒絶してしまう「愚か者」でしょうか? 一生懸命伝える価値のない「罪人」でしょうか?
いいえ、皆さんよくご存知のとおり、そこにいるのはあなたです。イエス様が何度も訪れ、声をかけられ、振り向かせてきたあなたです。あなたの信仰が、正しく伝わらなかった相手は、そのまま信じなかった者として、キリストを拒絶した者として、放置され、裁かれ、滅んでいく者ではありません。
あなたと同じく、パウロと同じく、キリストの光に照らされ、声をかけられ、振り向かされるまで、何度も誰かが遣わされる、神様の愛する一人です。神でないものを神とするような、神であるものを否定するような、信じる人に手を掛けるような、とんでもない過ちを犯してしまう私たちさえ、新たに仲間へ加えられる、神の民の一人です。
キリストが十字架にかかったとき、その処刑に賛成した者が、なお、イエス様からとりなされたように……弟子たちの処刑に賛成した者が、なお、イエス様に語りかけられ、仲間へ変えられていったように……あなたの言葉が正しく伝わらなかった相手も、なお、とりなしと呼びかけを受け、新しくされる未来があります。
あなたの伝道は、あなたの信仰の継承は、あなた一人で完成するのではありません。あなたが呼びかけた後も、あなたが伝えた後も、神様の遣わす隣人が、証し人が、繰り返しイエス様との出会いをもたらします。その一人に、私がいます。私たちがいます。どうぞ一人で自分の伝道をあきらめないでください。失敗で終わったと思わないでください。
人々が死んだと思って、町の外へ引き摺り出したパウロとバルナバは、弟子たちが周りを取り囲むと、起き上がって、また町へ入っていきました。あれだけ酷い目に遭ったのに、多くの人を弟子にしてから、またリストラ、イコニオン、アンティオキアへ引き返して、正しく伝わらなかった者たちへ、新たな人々の言葉で伝え続けました。
あなたの伝道が死んだように見えても、あなたを遣わした神様は生きています。あなたの信仰は生きています。あなたの後に続いて、新しく出会っていくキリストの証し人が、私たちが、生きています。どうぞ、焦らず、責めず、絶望せず、自分と共に居てくださる神様を信頼してください。
正しく伝わらなかった人たちは、正しく伝わるときが来るまで、私たちの信じる神様が救いの手を伸ばすからです。あなたがたの心が、喜びで満たされますように。アーメン。
とりなし
共に、神様から与えられたとりなしの務めを果たしましょう。本日は『信徒の友』の「日毎の糧」で紹介されている(東京都渋谷区の美竹教会)のために、教会の奉仕者のために、幼稚園のスタッフのために、学校の職員のために、祈りを合わせましょう。
◆神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、私たちがささげる祈りをお聞きください。
◆東京都渋谷区の美竹教会のために祈ります。教会の祈りと業が一層力づけられ、神様の愛と平和が広がりますように。伝道が誠実に導かれ、高齢の人や病床の人へ、あなたの癒しと支えがありますように。
◆教会の奉仕者のために祈ります。礼拝の司会や奏楽を担っている人、受付や配信を担っている人、聖餐の準備や看板の作成をしてくれる人、教会学校のスタッフやお話をしてくれる人、いつも掃除をしてくださる一人一人に、あなたの恵みがありますように。
◆幼稚園のスタッフのために祈ります。芽含幼稚園とこひつじ園の先生たち、ヘルプで入ってくれる方、バスの運転をしてくれる人、それぞれに、あなたの祝福がありますように。何か困りごとや問題にぶつかったとき、教会も支えることができますように。
◆学校の職員のために祈ります。済美高校や中部学院、金城学院の教師や職員に、あなたの慈しみがありますように。特に、生徒や学生のために悩んでいる人、葛藤している人に、あなたの励ましがありますように。私たちのつながりも用いてください。
◆今も生きておられ、私たちをとりなしてくださる方、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
讃美歌
マスクをお付けいただき、オンライン賛美歌9番「たくさん悩んでみたけれど」(©️柳本和良)を歌います。
主の祈り
共に、イエス様が弟子たちに教えられた最も基本的な祈りを祈りましょう。讃美歌21の93-5Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の4頁にも掲載しています。主の祈り……
報 告
本日も教会に集まって、また配信を通して、聖書研究祈祷会にご参加くださり、感謝致します。先週の聖書研究祈祷会は、牧師休暇のためお休みでした。今週からまた、毎週水曜日のこの時間に開催しています。
配信終了後、時間のある方は14:30まで、聖研の質問や感想、キリスト教について気になっていることなど自由に聞ける第二部「分かち合い」の時を開きます。人前でお祈りするのを遠慮したい方は、飛ばしてもらうこともできます。よかったらぜひご参加ください。
それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に神様の平和がありますように。