ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『一切の悪意を捨てられる?』 エフェソの信徒への手紙4:17〜32

日曜礼拝 2022年8月28日


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案 内

華陽教会では、感染症の拡大を受け、奉仕者6〜7名、教会員3〜4名、新来者1〜4名に調整して、配信と並行して礼拝を行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、聖書の言葉を味わいましょう。

 

前 奏

(*奏楽者は牧師の案内のあと、前奏を弾き始めます。司式者は前奏の終わり頃に講壇へ立ち、会衆を招く準備をします。招詞の聖書箇所は読み上げる必要はありません。網かけ部分は司会が読むところ、四角部分は会衆が立つところです。(かっこ)は会衆の様子を見て省けるときは省きます。)

 

招 詞

人よ、何が善であり/主が何をお前に求めておられるかは/お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し/へりくだって神と共に歩むこと、これである。(ミカ書6:8)

 

讃美歌

マスクをしたままで、讃美歌二編58番「いかなればきみはかく」を歌います。諸事情でマスクを外している方は、歌うのをご遠慮いただき、心で賛美を合わせましょう。

 

お祈り

(ご着席ください)共に祈りを合わせましょう。

 

◆愛と平和の源である、私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の礼拝を始めることができ、感謝いたします。どうか今、ここに集まった人たちと、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。

◆私たちの母なる神様。先週は、牧師休暇のため、教会にいなかった間も、鈴木先生をはじめ、信徒一人一人の奉仕によって礼拝を導いてくださり、感謝致します。どうか今、共に祈りを合わせてくださった全ての人に、あなたの恵みがありますように。

◆私たちの父なる神様。今月末まで、人数を制限する「調整型小規模礼拝」を続けてきましたが、今なお一日3千人を超える新規感者と5割を超える病床使用率が続いています。どうか今、近隣の家庭と幼稚園と教会の人たちみんなの健康と回復を導いてください。

◆私たちの友なる神様。この社会で生きづらさを覚えている、障害のある方、LGBTQの方、在日外国人の方、カルト2世の方、それぞれの上に、あなたの慈しみがありますように。どうか今、一人一人に必要な助けと理解が広がりますように。

◆人と人との間におられる、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖 書

聖書の言葉を聞きましょう。エフェソの信徒への手紙4:17〜32(新共同訳より抜粋)

*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。交読詩編も同様に後からカットしています。

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交読文

詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編8:2〜10(新共同訳交読詩編より抜粋)

『交読詩編』か『讃美歌21』の後ろの方をご覧ください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。(ご着席のままで大丈夫です)

 

讃美歌

マスクをしたままで、讃美歌21の478番「どんなものでも」を歌います。諸事情でマスクを外している方は、歌うのをご遠慮いただき、心で賛美を合わせましょう。

 

PublicDomainPicturesによるPixabayからの画像

メッセージ

「無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしりなどすべてを、一切の悪意と一緒に捨てなさい」……宣教者から、教会の信徒へ書かれたこの手紙は、なかなかパンチが効いています。一切の悪意を捨てるって、果たして人間にできるんだろうか? 信仰があれば、イエス様を信じていれば、怒りや憤りを捨て去ることができるんだろうか?

 

はっきり言って、そんなことできないだろうと思うんです。だって、この手紙を書いた著者自身も、異邦人のことを悪く言う、そしる態度を見せているじゃないですか? 「異邦人と同じように歩んではなりません。彼らは愚かな考えに従って歩み、知性は暗くなり、彼らの中にある無知とその心のかたくなさのために、神の命から遠く離れています」

 

これが、そしりでなくて、悪く言う言葉でなくて、いったい何だと言うんでしょう? 異邦人と同じように歩んでは行けない。彼らは無感覚で、勝手気ままな生活をし、ふしだらな行いにふけっている……キリスト教を信じていない、非ユダヤ人を、このように表現する言葉は、今だったら非常に差別的な、悪意ある発言に受け取られます。

 

しかも、エフェソの教会と、この手紙が回覧されたかもしれない、他の教会の人々も、もともと、その地方に住んでいる異邦人でした。同じ地域に住み、まだイエス様を信じていない、親戚や友人がいる人へ、「異邦人は愚かで、無知で、かたくなで、神の命から遠く離れ、情欲に迷わされて、滅びに向かっている者たちだ」なんて言ってくる。

 

友達や家族を、無慈悲に貶めるような言い方をされて、手紙を読んだ人たちは、どのように感じたんでしょう? 自分たちと同じ社会で暮らす人が、今まさに、そしりを受けながら、「(あなたは)怒り、わめき、そしりなどすべてを、一切の悪意と一緒に捨てなさい」と言われている……素直に聞けたのか、私は甚だ疑問です。

 

そもそも、私たちキリスト教徒が信じるイエス様だって、何度も憤りを見せてきました。ファリサイ派の人々や律法学者に向かって、手厳しい非難の言葉や怒る態度を見せました。また、「悪い言葉を一切口にしなかった」とも言えません。イエス様も人に向かって、「退け、サタン」と言ったり、「蝮の子らよ」と口にしたりしていました。

 

明らかに憤り、明らかに怒り、明らかに悪く言う姿が、聖書には、はっきり記されています。正直、つまずきは避けられません。確かに、ここであの方も憤りを見せ、ここであの方も怒りを見せた。それなのに、私には、怒りも憤りも、悪意と一緒に捨てなさいと言われるのか?

 

私たちは「腹を立ててはならない」という教えや「一切の悪意を捨てなさい」という教えを目にするとき、自動的に、怒りや憤りを覚えること、誰かをゆるせないと思うことが自分自身の信仰が弱っている証拠、イエス様から離れてしまっている証拠……と受けとめやすくなっています。

 

しかし、はじめから、怒りや憤りを抱かないで、無感覚になって人をゆるし、互いに愛し合うなんて、本当の和解にはなりません。むしろ、一切の悪意を捨て去って、互いに親切にし、赦し合う過程には、イエス様が愛する者たちへしたように、何に怒っているか、何に憤っているか、何を非難しているか、誠実にぶつかって伝える必要がありました。

 

だから、手紙の著者も、一切の悪意を捨てて、互いに赦し合うために、自分が何に憤り、何を非難しているか、仲間に向かって訴えます。隣人に対して、偽りではなく真実を語ってほしい。盗みを働いていた者はやめ、正当な収入を得て、困っている人を助けてほしい。互いに日が暮れるまで、怒ったままでいないでほしい。私はそれに憤っている。

 

その怒りやそしりを捨てるために、どうか一緒に向き合ってほしい。かつて、イエス様が人々の前で憤りを見せ、神様が何を悲しんでいるか語ったように、みんなを赦すためにどうしてほしいか訴えたように、私もあなたに語るべきことを語って、和解の道を進みたい。私たちが赦し合うための、愛し合うためのプロセスを離れない歩みたい。

 

イエス様が教え、弟子たちが伝えた「新しい生き方」は、怒りや憤りを忘れて、無感覚になって、赦し合えという教えではありません。むしろ、イエス様が私たちを赦すために何をどう訴えてきたか、弟子たちが教会の仲間と愛し合うために、どんなふうにぶつかってきたか、思い出しつつ、和解の道を歩くよう、促している教えです。

 

だから、改めて命じます。「無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしりなどすべてを、一切の悪意と一緒に捨てなさい。互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい」……今、自分のために、誰かのために、憤りを覚えている全ての者に、勇気と良心と聖霊の導きがありますように。

 

讃美歌

オンライン賛美歌25番「住む家のないわたしたちに」(©︎柳本和良)を歌います。オンライン賛美歌の楽譜は、著作者の許可を得て掲載しています。

 

 

使徒信条

教会の信仰を告白しましょう。「使徒信条」讃美歌21の93-4Aです。(オンライン賛美歌の後ろから2ページ目をご覧ください)

 

使徒信条93-4A

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり、かしこより来りて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体のよみがへり、永遠の生命を信ず。アーメン。(*着席のジェスチャー)


使徒信条93-4B

わたしは、天地の造り主、全能の父である神を信じます。わたしはそのひとり子、わたしたちの主、イエス・キリストを信じます。主は聖霊によってやどり、おとめマリヤから生まれ、ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、よみにくだり、三日目に死人のうちからよみがえり、天にのぼられました。そして全能の父である神の右に座しておられます。そこからこられて、生きている者と死んでいる者とをさばかれます。わたしは聖霊を信じます。きよい公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、からだのよみがえり、永遠のいのちを信じます。アーメン。

 

紹 介

本日も、初めて礼拝に来られた方、配信を見られた方、久しぶりに参加された方と、一緒に礼拝にあずかれたことを感謝致します。受付でご了承いただいた方のみ、配信終了後にご紹介させていただきます。ぜひ、これからも一緒に礼拝へ出られると嬉しいです。

 

とりなし

共に、神様から委ねられた、とりなしの務めを果たしましょう。オンライン讃美歌の後ろから2ページ目をご覧ください。

 

司会:神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、わたしたちがささげる祈りをお聞きください。

司会:世界の国民と政府のために祈ります。

会衆:主よ、政治に携わる人々に、知恵と勇気と良心を与え、全ての場所に、自由と平和をもたらしてください。

司会:世界に広がる全ての教会のために祈ります。

会衆:主よ、教会を聖霊によって力づけ、その信仰を新たにし、私たちの一致と結びつきを強めてください。

司会:教会員のために祈ります。

会衆:主よ、私たち全てを、御言葉によって豊かに養い、あなたの愛と平和を伝える者として送り出してください。

司会:今日ここに出席できなかった人のために祈ります。

会衆:主よ、病気や衰え、仕事や様々な事情のために、ここに見えない人たちを、あなたが癒し回復してください。

司会:身近な人のために祈ります。

会衆:主よ、私たちの家族や友人、仲間たちが、あなたの愛を知れますように、私自身を用いてください。

司会:幼稚園、教会学校、地域の子どもたちを覚えて祈ります。

会衆:主よ、子どもたちの健康と安全を守り、疲れを癒し、安らぎと成長をもたらしてください。

司会:苦しんでいる人のために祈ります。

会衆:主よ、病気や怪我、悩みや苦しみを抱える人たちに、あなたからの平安と、必要な助けを与えてください。

司会:今も生きておられ、私たちをとりなしてくださる方、イエス・キリストのお名前によって祈ります。

一同:アーメン。

 

主の祈り

イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5A。(オンライン讃美歌の裏面をご覧ください)

 

主の祈り93-5A

天にまします我らの父よ。
願わくは御名をあがめさせたまえ。
御国を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を今日も与えたまえ。
我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。
我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。
国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。
アーメン。


日本聖公会/ローマ・カトリック教会共通口語訳

天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を、今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。
国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。アーメン。

 

献 金

感謝の献げ物として献金をします。クリアファイルに挟まれた封筒をご利用ください。(初めての方は、金額に定めはありません。持ち合わせのない方は、空のまま封筒をお入れください)

 

献金の祈り(例)

愛と慈しみに満ちた私たちの神様。感謝と喜びをもって、ここに集めた献金と、私たちの生き方をおささげします。どうか、私たちの日々の生活によって、恵みの主である、あなたがあがめられますように。主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

讃美歌

マスクをしたままで、献金の讃美歌512番「主よ、献げます」の3節を歌いましょう。

 

讃美歌

マスクをしたままで、オンライン賛美歌15番「わたしたちは旅人」を3回繰り返して歌います。

 

 

祝 福

共に、神様の祝福を受けましょう。

 

派 遣

互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい。(エフェソの信徒への手紙4:32)

 

祝 福

父である神とわたしたちの主キリスト・イエスからの恵み、憐れみ、そして平和があるように。(テモテへの手紙二1:2)

 

報 告

本日も教会に集まって、また配信を通して礼拝にご参加くださり、ありがとうございます。先週の日曜礼拝は、教会に集まった19名、同時に視聴された10名、計29名が参加されました。後から動画や原稿を見て、祈りを合わせてくださった方も感謝いたします。

 

新来者の方もたくさん来られて感謝致します。華陽教会では、感染症対策のため、奉仕者6〜7名、教会員3〜4名、新来者1〜4名の計10〜15名で集まる『調整型小規模礼拝』を行ってきましたが、引き続き9月末まで、この形を延長したいと思います。

 

教会員の方は礼拝出席希望表や牧師とのメール、電話で、出席する日を調整していきます。新来者の方も、毎週一家族分、出席できるように枠を用意しています。始めて教会に来る方は、日曜日は問い合わせなしで参加できるので、ぜひお越しください。

 

一回目の参加以降は、他の教会員と同様、ご希望を聞きながら、出席する日を調整させていただきます。それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に、神様の平和がありますように。