ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『招かれざる者』マタイによる福音書2:1〜12

日曜礼拝 2024年12月29日


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説 明

教会にお集まりの皆さん、おはようございます。オンラインで配信を見ている方も、おはようございます。まもなく、10:30から礼拝が始まります。礼拝の最中は、携帯をマナーモードにしていただき、後から来た人も座れるように、席の譲り合いをお願いします。

 

礼拝の中で、立ち上がって賛美歌を歌うところや、立ち上がって祈りを合わせるところもありますが、体が不自由な方やお疲れの方は、座ったままで大丈夫です。賛美歌、聖書、交読文は、備え付けの籠からお使いください。それでは、もうしばらくお待ちください。

 

案 内

華陽教会では、讃美歌委員会の著作物使用許諾を得て、日曜日の礼拝を、配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、神の招きにあずかりましょう。

 

前 奏

(*奏楽者は牧師の案内のあと、前奏を弾き始めます。司式者は前奏の終わり頃に講壇へ立ち、会衆を招く準備をします。招詞の聖書箇所は読み上げる必要はありません。網かけ部分は司会が読むところ、四角部分は会衆が立つところです。(かっこ)は会衆の様子を見て省けるときは省きます。)

 

招 詞

起きよ、光を放て。あなたを照らす光は昇り/主の栄光はあなたの上に輝く。(イザヤ書60:1)

 

讃美歌

旧讃美歌506番「たえなる愛かな」を歌いましょう。最後のアーメンはつけて歌います。(差し支えない方はお立ちください)

 

お祈り

ご着席ください。共に祈りを合わせましょう。

◆光と希望をもたらす神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の礼拝に集まることができ、感謝致します。どうか今、初めて来た人、久々に来た人、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。

◆私たちの神様。キリストの誕生を記念するクリスマスを迎え、22日、24日、25日とそれぞれの礼拝を導いてくださり感謝致します。どうか今、人々が救い主を初めて拝んだことを記念する1月6日の公現日までますます豊かに良い知らせを伝えられますように。

◆私たちの神様。2024年も終わりが近づき、今年最後の日曜日を迎えました。この一年も、あなたが最初から最後まで導いてくださったことを感謝致します。どうか今、新しい年も、あなたの恵みが豊かにあって、一人一人に新たな力が湧きますように。

◆私たちの神様。クリスマスに初めて教会へ来てくれた人、洗礼を受けて信仰を告白してくれた人、招かれた人たちを迎えてくれた会衆に、あなたの祝福がありますように。どうか今、これから訪れる人たちにも、あなたの慈しみが豊かに注がれますように。

◆全てのものを新たにされる、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖 書

聖書の言葉を聞きましょう。マタイによる福音書2:1〜12(新共同訳より抜粋)

*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。

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交読文

詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編27:1〜6(新共同訳交読詩編より抜粋)

『交読詩編』か『讃美歌21』の後ろの方をご覧ください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、皆さんは一段下がったところと太字のところをお読みください。(また、Aのところは牧師が、Bのところは会衆がお読みください。ご着席のままで大丈夫です。)

 

讃美歌

讃美歌21の278番「暗き闇に星光り」を歌いましょう。最後のアーメンはつけずに歌います。(差し支えない方はお立ちください)

 

RENE RAUSCHENBERGERによるPixabayからの画像

メッセージ

 12月25日を過ぎたのに、教会ではまだクリスマスツリーが飾ってある……なぜだか不思議に思った方もいるかもしれません。多くの教会では、キリストの誕生を記念するクリスマスが終わっても、しばらく電飾やツリーを残しています。それは、救い主が初めて公に拝まれたことを記念する1月6日の公現日までをクリスマスとして祝うからです。

 生まれたばかりのイエス様を最初に拝んだ人々と言えば、皆さんは誰が思い浮かぶでしょうか? ミッションスクールに居た人や、キリスト教主義の幼稚園で、救い主の降誕劇「ページェント」を見たことのある人は、ピンとくるかもしれません。それは、新しい王の誕生を祝うため、東の方からやってきた占星術の学者たちです。

 よく「東方の3博士」として、王様のような格好をした人たちが、生まれたばかりの救い主に、献げ物をしている絵画や人形を目にしますよね? まさに、その出来事について書かれているのが、先ほど読んだ、マタイによる福音書2:1〜12です。けれども、占星術の学者たちが、なぜ、王様のような姿で描かれるのか疑問に思うかもしれません。

 その理由は、彼らがイエス様に贈り物としてささげている「黄金」「乳香」「没薬」が、非常に高価なものだったので、地上の王たちが救い主を拝みにきた出来事のように受けとめられていったからです。「3人の博士」というイメージが定着したのも、贈り物が3種類であったことから来ています。

 しかし、実際のところ、はるばる東の方から貴重な贈り物を携えて、救い主を拝みにやってきた占星術の学者たちが、たった3人だけで訪れたということはなかったでしょう。「博士」や「学者」と訳されているギリシア語の「マゴイ」は、外国の祭司を表す言葉でもあり、天文学や占星術を通して、国の政治に関わった重要な役職です。

 しかも、国の要職が「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」への贈り物をささげに来たわけですから、国を代表してエルサレムを訪れた使節のようなものでしょう。彼らが王のように描かれるのも無理はありません。そして、そんな重要人物が、護衛もなしに数人だけで、荒れ野を超えてやってきたとは思えません。

 今のように、船や飛行機で移動するわけじゃありませんから、当然、目的地へ着くまでは何日もかかります。旅の間に必要な水や食料を運ぶだけでも大仕事です。おそらく、荷物を運ぶため、雇われた人たちもいたでしょう。また、東の方から、国を超えてエルサレムまでたどり着くには、強盗や盗賊の隠れている危険な荒れ野も通らなければなりません。

 国家の命運を占う祭司たちに何かあっては大変ですから、護衛やお付きの者が数人だけということもないでしょう。かなりの数の兵士たちが、博士と贈り物を守っていたと考えるのが自然です。そうなると、エルサレムの人々から見て、もはやこの一行は、外国から来た軍隊のように見えてしまったかもしれません。

 さらに、彼らは道行く人に「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」と言ってきます。これも、エルサレムの人々にとって寝耳に水でした。当時、ローマ帝国の傀儡として、ユダヤ人を治めていたヘロデ王に、新しく子どもができたという知らせはなかったからです。

 もし、この知らせが、ヘロデに代わって選ばれた、新しい王の誕生を意味するなら、神様が約束していた救い主の登場ですから、エルサレムの人々にとっても、良い知らせになるはずです。しかし、ヘロデ王は自分の地位を脅かす者なら、自分の妻や息子であっても、容赦無く処刑してしまうような暴君として有名でした。人々は皆、不安になります。

 けれども、博士たちに向かって、ヘロデを警戒するように忠告する者は誰もいません。なぜなら、「占星術の学者たち」というのは、天文学の専門家であると同時に、神の掟として授けられた律法で禁じられている「占い」を生業にする人たちでもあったからです。同時に、異教の国の祭司である「マゴイ」「マギ」でもありました。

 さらに、エルサレムから見て「東の方」と言えば、かつてイスラエルを滅ぼし、自分たちの国を支配してきたアッシリア、バビロニア、ペルシャのあった地域です。神の民イスラエルの母国を滅ぼした、異教の国の祭司たちが、ユダヤ人たちの待ち望んでいる新しい王、救い主の誕生を告げて拝みにくる……すんなり受け入れられる話じゃありません。

 本来、その役目は、ユダヤ人の中から選ばれた預言者に期待されるものでした。イスラエルの人々が敵視している外国の者から、異教の国の祭司から、聞きたい知らせじゃありません。まさに、「招かれざる者」です。たとえるなら、イスラエルにいるユダヤ人へ、パレスチナやイランの者から、救い主の誕生を聞かされるようなものでした。

 けっこう衝撃的な話です。「イスラエルの敵国であった」「異教の国の祭司であった」「禁じられている占いをしていた」東方から来た学者たちが、新しい王の誕生を告げ、一緒にお祝いするためやってくる……ヘロデ王は不安を抱き、エルサレムの人々も皆、不安を抱きます。

 博士たちについて行って、一緒に救い主を拝もうとする人はいませんでした。ついて行くなんてとんでもない! 彼らは異邦人だ、異教の国の祭司たちだ、交流を避けるべき人間だ。むしろ、神様に選ばれた新しい王が立てられたとき、真っ先に滅ぼされるべき敵じゃないか!

 そんなふうに思われていたかもしれません。けれども、聖書は彼らのことを、救い主によって滅ぼされるべき人間としては描きません。むしろ、救いの訪れを一緒に喜び、一緒に祝う存在として描きます。生まれてきた赤ん坊は、敵を葬る軍事的な王ではなく、和解をもたらす平和の王として描かれます。

 現在、中東では激しい戦闘が続いています。女も子どもも関係なく市民を巻き込む爆撃やテロの応酬が続いています。平和的な解決を望んでいた人たちも、相手が全滅しないと安心できないところまで追い詰められています。そんな状況だからこそ、暴力による軍事的な解決ではなく、和解を目指す平和的な解決がもたらされるよう、祈る時だと思います。

 かつて、敵対していた人たちが、滅んで当然と思われていた人たちが、星に導かれて、マリアとヨセフの家を訪れ、一緒に、救い主の誕生をお祝いする日が来たように、私たちが、期待さえできない和解と平和を、この方はもたらしてくださいます。異なる信仰、異なる立場、異なる国の人たちにも、神様の慈しみは等しく届きます。

 だから、私たちも敵意ではなく、贈り物を携えて、互いに訪れ、迎える者となれるよう祈りを合わせていきましょう。「招かれざる者」から「招きに応える者」として、「拒絶する者」から「迎え入れる者」として、私たちを新たに変えてくださる主イエス・キリストの訪れを、皆に伝えていきましょう。

 

讃美歌

オンライン賛美歌42番「はじめに言があった」(©️柳本和良)を歌います。(差し支えない方はお立ちください)

使徒信条

教会の信仰を告白しましょう。「使徒信条」讃美歌21の93-4Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の2頁をご覧ください。

紹 介

本日も、初めて礼拝に来られた方、初めて配信を見られた方、久しぶりに参加された方と一緒に礼拝にあずかれたことを感謝致します。受付でご了承いただいた方のみ、配信終了後にご紹介させていただきます。ぜひ、これからも一緒に礼拝へ出られると嬉しいです。

 

とりなし

共に、神様から委ねられた、とりなしの務めを果たしましょう。オンライン讃美歌の後ろの方の1頁をご覧ください。

主の祈り

イエス様が教えられた『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5A。オンライン讃美歌の後ろの方の4頁をご覧ください。差し支えない方は、お立ちください。

聖句と主題

御着席ください。新年度の年間聖句を心に留めて、今週も新しく遣わされましょう。

 

年間聖句

「父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を、彼らに見せるためです。」

 

年間主題

華陽教会では、「ここをみんなに知らせよう」というテーマで、ヨハネによる福音書17章18節を今年度の年間聖句にしています。

 

今週は、災害に見舞われた人、事故や事件の被害に遭った人、難民になった人たちのために祈りを合わせ、クリスマス献金の送り先へ、連帯と励ましを届けていきましょう。

 

献 金

感謝の献げ物として献金をします。クリアファイルに挟まれた封筒をご利用ください。献金に、金額に定めはありません。持ち合わせのない方は、空のまま封筒をお入れください。

 

献金の祈り(例)

私たちの神様。ここにささげた献金を、あなたの心に適う形で用いることができますように。教会の働きと私たち一人一人の良心をこれからも導いてください。そして、あなたの栄光が、ますます豊かに現され、神の国の平和が告げ知らされますように。アーメン。

 

讃美歌

献金の讃美歌512番「主よ、献げます」1節を歌いましょう。

 

讃美歌

讃美歌21の29番「天のみ民も」を歌いましょう。差し支えない方はお立ちください。

 

祝 福

共に、神様の祝福を受けましょう。

 

派 遣

見よ、闇は地を覆い/暗黒が国々を包んでいる。しかし、あなたの上には主が輝き出で/主の栄光があなたの上に現れる。(イザヤ書60:2)

 

祝 福

平和と、信仰を伴う愛が、父である神と主イエス・キリストから、兄弟たちにあるように。恵みが、変わらぬ愛をもってわたしたちの主イエス・キリストを愛する、すべての人と共にあるように。(エフェソの信徒への手紙6:23〜24)

 

報 告

本日も教会に集まって、また配信を通して礼拝にご参加くださり、ありがとうございます。先週のクリスマス礼拝は、教会に集まった30名、同時に視聴された23名、計53名が参加されました。後から動画や原稿を通して祈りを合わせてくださった方も感謝致します。

 

また、24日のクリスマス聖夜礼拝には、教会に集まった21名、同時に視聴された17名、計39名が参加され、25日のクリスマス祈祷会には、教会に集まった7名、同時に視聴された7名、計14名が参加されました。お集まりいただき、感謝致します。

 

今週、水曜日の1月1日は、午後2〜3時に元旦礼拝を行います。礼拝の中で、パンと水をいただいて、神の祝福を分かち合う愛餐式を行います。礼拝後、時間のある方は、牧師の作ったぜんざいを振る舞う予定なので、よかったらぜひ、お越しください。

 

それではまた、新しい年も、皆さん一人一人に、神様の平和がありますように。