ぼく牧師 〜聖書研究・礼拝メッセージ、ときどき雑談〜

*聖書の引用は特別記載がない限り、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 1987,1988 から引用しています。

『終末が来たら困ります』 イザヤ書2:1〜5、マタイによる福音書24:36〜44

日曜礼拝 2020年11月29日


『終末が来たら困ります』日曜礼拝 2020年11月29日

 

案 内

おはようございます。礼拝前に、感染症対策についてアナウンスがあります。寒くなってきたので、礼拝の中で3度、最初の讃美歌と、交読文と、メッセージ後の讃美歌の間、会堂の窓を開放し、換気の時間を作ります。後ろにいる方は窓の開閉にご協力ください。

 

また、室内の人数が16名を超えた場合は、体に無理のない方、目や耳が悪くない方に、ロビーや3階集会室、2階配信部屋への移動をお願いしています。ご協力どうぞよろしくお願いします。それでは前奏を聞いて、神様を礼拝する準備をしましょう。

 

招 詞

更に、あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。今や、わたしたちが信仰に入ったころよりも、救いは近づいているからです。(ローマへの手紙13:11)

 

讃美歌

会堂の窓を開放しましょう。マスクをしたままで、旧讃美歌521番「イェスよ 心に宿りて」の1、3節を歌います。諸事情でマスクを外しておられる方は、飛沫感染を避けるため歌うのをご遠慮いただき、心で賛美を味わいましょう。(*起立のジェスチャー)

 

お祈り

(*着席のジェスチャー)共に祈りを合わせましょう。

 

◆全ての者の救い主である私たちの神様。今日もまた、あなたによって守られて、日曜日の礼拝に集まることができ、感謝致します。どうか今、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を受けようとしている人を祝福してください。

◆私たちの神様。今日はアドヴェント第一週目の日曜日です。クリスマスまで、残り4週間となりました。どうか今、キリストが再び来られる準備をしながら、イエス様の誕生をお祝いすることができるように、一人一人を導いてください。

◆私たちの神様、新型コロナウイルスの第3波がいよいよ本格的になり、今日も迷いつつみんなで礼拝に集まっています。どうか今、ここに集まった人たちと、それぞれが帰る場所を守り、健康と安全を保ってください。

◆私たちの神様、今このときも、病のため、怪我のため、心や体の不調のため、生きるのが大変な人たちがいます。どうか今、その人たちの痛みを和らげ、不安を除き、安らぎのうちに、あなたの恵みを受け取らせてください。

◆癒しと正義と救いをもたらす、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

聖 書

聖書の言葉を聞きましょう。イザヤ書2:1〜5、マタイによる福音書24:36〜44(新共同訳より抜粋)

*当ブログ全体における聖書の引用を適切な範囲内で行うため、後ほど聖書箇所のみ記載し、本文をカットすることがあります。後からご覧になる方は、該当する聖書箇所を日本聖書協会の「聖書本文検索」か、手元に新共同訳聖書がある方はそちらからお読みください。

www.bible.or.jp

 

交読文

会堂の窓を開放して、詩編の言葉を読み交わしましょう。詩編24:1〜10

(*起立のジェスチャー)

(*新来者が来られたとき)讃美歌21の後ろの方をお開きください。司会と会衆で交互に読んでいきますので、会衆の方は、一段下がったところと太字のところをお読みください。(新共同訳交読詩編より)

 

f:id:bokushiblog:20201128172036p:plain

Capri23autoによるPixabayからの画像

メッセージ

キリストの誕生と再臨

クリスマスまで4週間、アドヴェントに入った今、多くの人は12月25日を心待ちにしているでしょう。早くその日が来てほしい。みんなで楽しく祝いたい。誰かにプレゼントを渡したり、もらったりするのが待ち遠しい。久しぶりに、家族や友達とテーブルを囲んで、豪華な食事を味わいたい。

 

そんな中、この時期に「世界の終わりを待ち望む」「終末が来るのを待っている」という人は、よっぽどこの世に期待が持てないか、もうこれ以上、生きているのがしんどくなった人でしょう。子どもたちはサンタが来るのを待っているけど、私は終わりが来るのを待っている。裁きの時を待っている……ちょっと危なっかしく聞こえます。

 

でも、キリスト教徒って、そんな危なっかしい人の集まりです。何せ、クリスマス前の4週間は、キリストの誕生を祝う準備期間であると共に、イエス様が再びこの世にやって来る「終わりの日」「審判の日」が来るように、みんなで祈る時期でもあるからです。皆さん、自覚はありますか?

 

私たちはこの時期、この世に終わりをもたらされる、イエス様の再臨を待っているんです。改めて考えると、ちょっと不思議な話ですよね? もし、本当に終末がやって来たら、クリスマスを祝うどころじゃなくなります。一生懸命用意した、ツリーやリースの飾り付けも、誰かに渡すつもりのプレゼントも、いったいどうなるんでしょう?

 

冷静に考えると困りますよね? まだ、子どもたちは洗礼を受けていないのに、自分の信仰にも自信がないのに、審判の日がやって来る。この世は終わり、神の国が到来し、連れて行かれる者と、取り残される者に分けられる。イエス様に「さあ、おいで」と呼んでもらえるか、呼んでもらえないかが決まる。素直にこの日を喜べるでしょうか?

 

たとえ、この世に期待できなくなって、神の国に入る日を心待ちにしていても、その日が来るのを喜べるかは、複雑なものがあるでしょう。自分が良い子と認められるか、プレゼントがもらえるか自信のない、クリスマス直前の子どもたちのように、私たちは緊張してしまいます。

 

良い子でなければ、サンタさんからプレゼントをもらえない。正しくなければ、イエス様から神の国へ呼ばれない。その日が早く来てほしいけど、その日が来るのは恐ろしい。朝起きたら、自分だけプレゼントがないかもしれない。その日が来たら、自分だけ置いていかれるかもしれない。先延ばしにしたい未来……それが、ある意味、終わりの日です。

 

備えて準備する人たち

この時期、教会で語られやすいのは「その日に備えて良い子にしましょう」というお決まりのメッセージかもしれません。クリスマスに備えて、親の前で良い子に振る舞う子どもたち。再臨に備えて、神様の前で悔い改める私たち。問題はクリスマスと違って、イエス様が再び訪れる日は、いつ来るか分からないということです。

 

「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存知である」……イエス様はそう言います。時折、キリスト教会でも「何年何月何日に世界の終わりが訪れる!」「審判の日はこの時期だ!」と声高に主張する人が出てきますが、聖書には、神の子であるイエス様さえ、その日は知らないと書かれています。

 

これってたいへん不都合ですよね? いつ来るか分かっていれば、その日までに準備ができるのに。何とか取り繕うことができるのに……仲良くしている友達が、あるいは付き合っている恋人が、「そのうち部屋へ遊びに行くから」と宣言してくるようなもの。自分の家へ来てくれるのは嬉しいけれど、いつ来るか分からないのは勘弁です。

 

たとえ、自分の大好きな人でも、突然「部屋へ入らせて」なんて言ってきたら、「いやいや、こんな部屋見せられない!」って慌てますよね? 下手すれば、強盗が入って来るより避けたい話かもしれません。ペットボトルが散乱し、洗い物はそのままで、脱ぎ散らかした服が、部屋のあちこちに置いてある。ここへ、あの人を迎えるなんて無理!

 

そう、イエス様が再びこの世に来られる日は、必ずしも歓迎できるタイミングとは限りません。あろうことか、泥棒がやって来る日にたとえられます。もしくは予想もしないタイミングで、自分の上司が帰ってきたとき……普段からちゃんとしていなければ、めちゃくちゃ慌てる瞬間です。

 

そう、こちらが動揺するのを分かった上で、イエス様は言うんです。「だから、目を覚ましていなさい」「人の子は思いがけない時に来る」……私は都合の悪いときに来るかもよ?……と。実際、友達から、恋人から、家族から、いつか再会する自分に、元気でいてもらおうと、私たちはしばしば、試すような呼びかけを喰らいます。

 

「そのうち、あなたの家へ行くからね」……こちらとしては、埃だらけの汚い部屋へ、ゴミや洗濯物が散らばった部屋へ、迎え入れるわけにはいきません。ちゃんと喜んでもらえるように、楽しい時間が過ごせるように、しっかりきれいにしておきたい。その日がいつか聞いておきたい。でも、自分の部屋へいつ来るかは、絶対教えてくれません。

 

分かっているんですよ、私たちが普段から綺麗にしていないのを……イエス様は、カーテンを締め切った部屋の中、埃だらけの家の中で、あなたが過ごすのを望みません。言ってもなかなか聞かないって分かっているけど、それでも、こう言わずにはいられない。「思いがけない時に行くからね」「いつ来ても良いようにしていてね」

 

この部屋に迎え入れる

もしも今、本当の終わりの日が来たら、再臨の日がやって来たら、自信を持ってイエス様を迎えられる人は、きっとほとんどいないでしょう。自分のやってきたこと、できなかったことを振り返られ、幻滅されてしまうかもしれない。神の国へ、呼んでもらえないかもしれない。

 

ちょうど、掃除が間に合わなくて、片付けが途中のままになっていて、きれいとは言い難い部屋に、親や友達や恋人を迎えた、バツの悪い誰かに似ています。ああ、やってしまった。どうして、もっとちゃんとしていなかったんだろう……後悔が波のように押し寄せる。部屋を見た瞬間、自分が捨てられてしまわないか怖くなる。

 

でも、本当は分かっています。今まで散々、情けないところやどうしようもないところを見られてきた。失敗するところも挫折するところも見られてきた。その度に、叱ったり、励ましたり、支えたりしながら、自分に付き合い続けてくれた。自分なりの努力や頑張りを見てくれた。

 

なんだかんだ言って、クリスマスの朝には、枕元にプレゼントを置いているサンタのように、この方は再会した私たちを「もう知らない」と置いていくような方ではありません。事実、十字架にかかったイエス様から、3日目に復活すると言われていた弟子たちも、閉じこもった家に鍵をかけ、再会する準備が全くできていませんでした。

 

イエス様を締め出してしまったんです。にもかかわらず、その日、イエス様は部屋に現れ、「あなたがたに平和があるように」と呼びかけます。何の用意もできていなかった弟子たちに、その場で魚を用意させ、目の前で食事を始めます。別の日には、イエス様自身が湖の岸で食事を用意し、一緒にごはんを食べられます。

 

この方は、迎え入れる用意がない者を、用意がある者へ変えてしまう、一緒に部屋を片づけ、神の国の到来をお祝いする準備をしてしまう方なんです。だから、毎年アドヴェントが来ると、私たちはイエス様が来られる用意をします。今度は、イエス様が来られたとき、喜んで迎えられるように。鍵をかけたドアを開け、いつでも迎えられるように。

 

アドヴェントクランツの蝋燭に、1本の火が灯されました。クリスマスまで、あと3回日曜日がやって来ます。この期間、イエス様に再会する日を待ち望み、私たちも自分の生き方を整えて、互いに呼びかけ合いましょう。「主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」

 

讃美歌

会堂の窓を開放しましょう。マスクをしたままで、(讃美歌21)231番「久しく待ちにし」の1、3節を歌います。諸事情でマスクを外しておられる方は、飛沫感染を避けるため歌うのをご遠慮いただき、心で賛美を味わいましょう。(*起立のジェスチャー)

 

使徒信条

教会の信仰を告白しましょう。使徒信条(讃美歌21の93-4Aです)。

 

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり、かしこより来りて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体のよみがへり、永遠の生命を信ず。アーメン。(*着席のジェスチャー)

 

紹 介

本日、初めて来られた方で、ご了承いただいた方のみ、案内した方と一緒にお立ちください。ようこそいらっしゃいました、神様の平和が皆さんと共にありますように(拍手)。配信に乗らないように、お名前は後ほど紹介させていただきます。

 

とりなし

本日、ここに招かれた人たちで、とりなしの務めを果たしましょう。お手元にあるとりなしの祈りの用紙をご覧ください(持っていない方がおられたら、近くの方と一緒にご覧ください)。

 

◆神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、わたしたちがささげる祈りをお聞きください。

◆世界の国民と政府のために祈ります。主よ、政治に携わる人々に、知恵と勇気と良心を与え、全ての場所に、自由と平和をもたらしてください。

◆世界に広がる全ての教会のために祈ります。主よ、教会を聖霊によって力づけ、その信仰を新たにし、私たちの一致と結びつきを強めてください。

◆教会員のために祈ります。主よ、私たち全てを、御言葉によって豊かに養い、あなたの愛と平和を伝える者として送り出してください。

◆一緒に礼拝できなかった人のために祈ります。主よ、病気や衰え、仕事や様々な事情のために、一緒に礼拝できない人たちを、あなたが癒し回復してください。

◆身近な人のために祈ります。主よ、私たちの家族や友人、仲間たちが、あなたの愛を知れますように、私自身を用いてください。

◆幼稚園、教会学校、地域の子どもたちを覚えて祈ります。主よ、子どもたちの健康と安全を守り、疲れを癒し、安らぎと成長をもたらしてください。

◆苦しんでいる人のために祈ります。主よ、病気や怪我、悩みや苦しみを抱える人たちに、あなたからの平安と、必要な助けを与えてください。

◆今も生きておられ、とりなしてくださる方、主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

 

主の祈り

共に、イエス様が教えられた最も基本的な祈り、『主の祈り』を祈りましょう。讃美歌21の93-5Aです(*起立のジェスチャー)……主の祈り。

 

天にまします我らの父よ。

願わくは御名をあがめさせたまえ。

御国を来たらせたまえ。

みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を今日も与えたまえ。

我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。

我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。

国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。

アーメン。(*着席のジェスチャー)

 

献 金

感謝の献げ物として献金をします。礼拝のライブ配信に参加されている方は、また後日、教会に来られたときにおささげください。

(*新来者が来られたとき)献金は神様の恵みに対する感謝の応答です。教会の維持や運営、地区や教区の働き、福祉や慈善活動への寄付に使われます。金額に定めはありません。持ち合わせのない方は、受付で配られた袋をそのままお入れください。

 

讃美歌

オンライン讃美歌『心騒ぎ不安になる夜に』(©柳本和良)を歌います。マスクを外しておられる方は、飛沫感染を避けるため歌うのをご遠慮いただき、心で賛美を味わいましょう。

(*起立のジェスチャー)

 

祝 福

共に、神様の祝福を受けましょう。

 

派遣の言葉

わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。(出エジプト記3:12)

 

祝福の宣言

平和と、信仰を伴う愛が、父である神と主イエス・キリストから、兄弟(姉妹)たちにあるように。恵みが、変わらぬ愛をもってわたしたちの主イエス・キリストを愛する、すべての人と共にあるように。(エフェソの信徒への手紙6:23〜24)