聖書研究祈祷会 2025年9月17日
案 内
華陽教会では、讃美歌委員会と日本聖書協会の著作物使用許諾を得て、聖書研究祈祷会を配信と並行して行っています。共に今、教会にいる人も、配信を見ている人も、互いのために祈りを合わせ、聖書の言葉を味わいましょう。
讃美歌
讃美歌21の161番「見よ、主の家族が」を歌いしょう。最後の「アーメン」は、つけずに歌います。
お祈り
ひと言お祈りをします。共に心を合わせましょう。
◆平和の源である神様。今日もまた、あなたによって守られて、聖書研究祈祷会を始めることができ、感謝致します。どうか今、ここに集まった人たちと、自宅で、施設で、職場で、屋外で、あなたの言葉を求めている人に、祝福がありますように。
◆私たちの神様。再び流行っている感染症に苦しんでいる人たちに、あなたの癒しがありますように。どうか今、痛みが和らぎ、熱が引いて、後遺症から守られるよう、あなたの御手を伸ばしてください。
◆私たちの神様。戦争や紛争で苦しんでいる人たちに、あなたの助けがありますように。どうか今、攻撃が止み、支援が行き届き、復興へと導かれるよう、あなたの御手を伸ばしてください。
◆私たちの神様。差別や分断に苦しんでいる人たちに、あなたの慰めがありますように。どうか今、互いに理解がもたらされ、交わせる言葉が与えられ、和解の道が作られるよう、あなたの御手を伸ばしてください。
◆人と人との間におられる、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
聖書朗読
聖書の言葉を聞きましょう。マタイによる福音書4:1〜11の新共同訳を朗読します。会衆席にある新約聖書4頁です。本日は箇所が長いので、新共同訳のみ朗読します。
同じく、マタイによる福音書4:1〜11の聖書協会共同訳を朗読します。新しい翻訳の新約聖書4頁です。お持ちでない方は、新共同訳と読み比べながらお聞きください。
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*日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、配信終了後に聖書箇所のみ記載し、本文をカットしています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。 |

メッセージ
今年度の聖書研究祈祷会は「信仰継承を考える」という華陽教会の年間主題に沿って、「カルトの教えとキリスト教」というテーマで聖書を読むときの注意点について共有しています。今回は「サタンと闘う?」というトピックについて、悪魔の誘惑の話が出てくるマタイによる福音書4:1〜11に焦点を当てて話していこうと思います。
キリスト教系の破壊的カルトや、キリスト教の教えを一部取り込んだ宗教カルトでは、「サタンの働き」「悪魔の働き」を強調するところが多いです。病気の原因、障害の原因、悪行の要因、不幸の要因などに、サタンや悪魔が関係していると力説し、正しい対処法を教えられるのは、自分たちだけだとアピールします。
もちろん、「あなたはサタンに取り憑かれている」「このままじゃ悪魔に殺される」なんて、あからさまに不安や恐怖を煽られたら、多くの人は怪しい宗教だと思って、距離を取ろうとするでしょう。しかし、「サタンに勝利する方法がある」「悪魔に打ち勝てば色んな問題が解決する」と、ポジティブに堂々と語られると、私たちは隙ができてしまいます。
もしかして、目に見えないサタンや悪魔に対抗できれば、調子が良くなって、失敗が減って、理想的な人生を送れるようになるんだろうか? 自分の成長を邪魔するものがなくなって、霊的にも、精神的にも強くなって、幸せや成功を手に入れることができるんだろうか? そんなふうに、独特な教えへ引き込まれていくかもしれません。
しかし、目に見えないサタンや悪魔に関する話は、それらが「見える」「感知できる」という特別な人から語られると、それらが「見えない」「感知できない」人々には、検証する術がありません。「見える先生がこう言っているから、そういうものなのか」「もし本当だったら、従わないとまずいんじゃないか?」と感じやすいため、悪質な教祖や集団から、よく利用されてしまうんです。
中には、聖書に書いてあることを引用しつつ、後付けで色んな設定を足していき、もっともらしく、サタンや悪霊について、特殊な説明を展開しているところもあります。たとえば、「サタン」は「神様を信じる人たちを攻撃する霊」で、「悪霊」は「神様を信じない人たちに害を与える霊」だと説明し、信者を攻撃してくるサタンの方が、未信者を攻撃してくる悪霊よりも、高位の霊だと説明されることがあります。
確かに、新約聖書の中で、サタンは「悪霊を率いる統率者」と考えられている記述が出てきます。しかし、サタンは信仰者を攻撃し、悪霊は信者でない人を攻撃する、という考え方は、聖書の中にはありません。神様を信じている人が悪霊に攻撃される話も、信仰の有無に関係なくサタンが人々を襲う話も出てきます。
また、サタン(悪魔)はもともと肉体がなく、霊だけで存在していた元天使で、悪霊はもともと肉体を持っていた者で、生前に悪いことをして救われなかった霊だ……と言われることもありますが、悪魔と悪霊をそのように区別できる明確な根拠は、聖書の中に出てきません。
そもそも、サタンというのは、「誹謗する者」「訴える者」という意味のヘブライ語とギリシア語音訳です。サタンが出てくる話は、旧約聖書のヨブ記が有名で、人間が神に忠実でいられるかとことん試し、人間を誹謗し、「彼らは神の愛を受けるのにふさわしくない」と訴える存在として出てきます。
先ほど読んだ、マタイによる福音書4章では、イエス様が悪魔の誘惑を受けた話が出てきますが、同じ出来事を記している、マルコによる福音書1章では、イエス様がサタンから誘惑を受けたことになっています。そのため、サタンと悪魔は同一視されており、悪魔は「誘惑する者」「試みる者」「試す者」とも呼ばれています。
一方、「悪霊」と「汚れた霊」は、同じ意味で用いられ、病気や障害、悪行の要因としても描かれます。これらも、人間を困難な目に遭わせたり、誘惑を与えたりしても、神に忠実でいられるかどうかを「試す」「試みる」存在として出てきます。つまり、人間に対する「サタン」「悪魔」「悪霊」「汚れた霊」の役割は、特に違ったところはありません。
聖書を用いる破壊的カルトでは、霊的な存在の階級であったり、悪魔が人間に影響を与える方法であったり、具体的な設定を語ることで、「霊的な事情に詳しいところ」「霊的な知識が深いところ」をアピールしますが、どちらかというと、それらは聖書に基づく考えというより、オカルトや陰謀論に近い設定が使われています。
けれども、悪魔や悪霊の脅威を主張し過ぎると、「不安や恐怖をあおった霊感商法・霊視商法ではないか?」という警戒心が湧きやすいため、「サタンに勝利する!」「悪魔に打ち勝つ!」というポジティブな言葉を前面に出し、暗く怪しい雰囲気ではなく、明るく活力に満ちた雰囲気で、霊的な知識を学びなさいと、人々を誘導するところが多いです。
たとえ、組織の活動に時間を注いで、現実の生活が立ち行かなくなり、学業や仕事が疎かになっても、「あなたはサタンと闘っているんだ」「悪魔に勝利しようとしているんだ」という刷り込みによって、自分は最も優先すべきことをやっていると思わされ、元の生活に帰れなくなっていくんです。
しかし、そもそも、サタンや悪魔は、人間に対し、「あなたは神の愛を受けるのにふさわしくない」と誹謗し、「神に忠実なら、私の言うとおりにできるはずだ」というふうに、信仰を試そうとする姿で描かれていました。同じように「信じる気持ちが強いなら、本気で勝利しようとしているのなら、私たちの言うとおりできるはずだ」と、学びや奉仕を優先するよう迫る者こそ、実はサタンや悪魔になっていないか、注意する必要があります。
また、多くの破壊的カルトは、自分たちに従うことをためらわせる者、考え直してと諭す者を、サタンや悪魔の手先であると敵視させ、まともに話を聞かないように、メンバーをコントロールします。「テレビを見ると悪魔が入り込みやすい」「ネットを見ていると、サタンに隙を与えてしまう」といった言葉で、情報に触れさせようとしないのも、自分たちの団体の問題点や実態を、信者に悟らせないためです。
しかし、本当に「サタンと闘う」態度というのは、言われたことを鵜呑みにして、そのまま従う態度ではなく、「自分も、他者を誹謗する態度になっていないか?」「信仰を試すこと、試されることに無批判な態度に陥ってないか?」と見つめ直していく態度です。イエス様は、自分が奇跡を起こせるか試そうとする悪魔に対し、奇跡で勝とうとするのではなく、言葉を重ねて向き合いました。
「神に忠実なら、私の言うとおりにできるはずだ」と言う者に対し、「神様は本当にそれを望んでいるのか? あなたこそ、聖書の言葉を利用してないか?」と振り返る姿勢を示しました。サタンとの闘い、悪魔との闘いとは、そのようなキリストの姿勢にならうことです。特殊な儀式や呪文を身につけて、奇跡を起こそうとする態度ではありません。
改めて、神の言葉、聖書の言葉に向き合いながら、私たちも、イエス様の姿にならいましょう。平和の源である神が、あなたがた一同と共におられるように。アーメン。
とりなし
共に、神様から与えられたとりなしの務めを果たしましょう。本日は『信徒の友』の「日毎の糧」で紹介されている京都府舞鶴市の東舞鶴教会のために、会衆の家族のために、地域の人のために、諸外国のために、祈りを合わせましょう。
◆神様、あなたは祈りに応えて恵みを与えてくださいます。どうか今、私たちがささげる祈りをお聞きください。
◆京都府舞鶴市の東舞鶴教会のために祈ります。創立90周年を迎えるこの教会に、あなたの祝福が豊かにありますように。信仰告白へ導かれた小中学生に、あなたの恵みが注がれて、併設する朝日幼稚園も、その働きが、ますます豊かにされますように。
◆会衆の家族のために祈ります。教会に連なる一人一人に、あなたの導きが豊かにありますように。なかなか礼拝に来られない人も、自宅や施設、病院や派遣先から祈りを合わせている人も、共に恵みを受け取ることができますように。
◆地域の人のために祈ります。芽含幼稚園の子どもたち、保護者をはじめ、近隣の方々にあなたの慈しみがありますように。教会と地域の結びつきが、これからいっそう豊かになり、たくさんの人が、希望と喜びで満たされていきますように。
◆諸外国のために祈ります。政治的、経済的、宗教的な争いや混乱、対立に絡め取られている人たちへ、あなたの呼びかけが届きますように。一人一人の命と尊厳が守られて、傷ついた人々に癒しがもたらされますように。
◆今も生きておられ、私たちをとりなしてくださる方、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
讃美歌
オンライン賛美歌2番「あなたの内なる人を」(©️柳本和良)を歌います。

主の祈り
共に、イエス様が弟子たちに教えられた最も基本的な祈りを祈りましょう。讃美歌21の93-5Aです。オンライン賛美歌の後ろの方の4頁にも掲載しています。主の祈り……

報 告
本日も教会に集まって、また配信を通して、聖書研究祈祷会にご参加くださり、ありがとうございます。配信終了後、時間のある方は午後2時半まで、聖研の質問や感想、キリスト教について気になっていることなど自由に聞ける第二部「分かち合い」の時を開きます。
よかったらぜひ、ご参加ください。来週の水曜日は『悪い性格、良い性格?』と題して、創世記4:1〜12のお話をする予定です。それではまた、日曜日まで、皆さん一人一人に、神様の平和がありますように。